逆写像定理

逆写像定理(大雑把な説明)

CrC^{r} 級関数 ff について,ある点 x0x_0 で微分が 00 でない(ヤコビアンが 00 でない)なら,x0x_0 の付近で逆関数 f1f^{-1} が存在して f1f^{-1}CrC^{r}

C1C^1 級とは,微分可能かつ導関数が連続であることを表します。→C1級関数,Cn級関数などの意味と具体例

イメージ図

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  • 赤い点では微分係数が 00 でないため,UU をうまくとれば fUf\mid_UffUU に制限したもの)の逆写像が取れます。
  • 青い点では微分係数が 00 であり,どのように UU を取っても fUf \mid_U は逆写像を持ちません。

1次元の逆写像定理の意味と例

逆写像定理(1次元版)

OO を(R\mathbb{R} の)開集合とする。

C1C^1 級写像 f:ORf : O \to \mathbb{R}xOx \in Of(x)0f'(x) \neq 0 を満たすとする。

このとき,xx の開近傍 UOU \subset O があって,fUf \mid_U(は CrC^{r} 級の逆写像を持つ。

例:三角関数

f:RRf : \mathbb{R} \to \mathbb{R}f(x)=sinxf(x) = \sin x とします。

f(0)=10f'(0) = 1 \neq 0 より,x=0x = 0 に逆写像定理を適用でき,U=(π2,π2)U = \left( -\dfrac{\pi}{2} , \dfrac{\pi}{2} \right) とすると fUf \mid_U は逆写像 g(y)=arcsinyg(y) = \arcsin y を持ちます。

例:指数関数

f:RRf: \mathbb{R} \to \mathbb{R}f(x)=exf(x) = e^x とします。

f(0)=10f'(0) = 1 \neq 0 より逆写像定理を用いると,ある URU \subset \mathbb{R} があって,fUf\mid_U が逆写像を持ちます。

特に U=RU = \mathbb{R} とでき,このとき逆写像 g(y)=logyg(y) = \log y が得られます。

逆写像定理

次は,多次元版です。まずは,定理の主張を述べます。

逆写像定理

OORn\mathbb{R}^n の開集合とする。

ffOO から Rn\mathbb{R}^n への C1C^1 級写像とする。

xOx \in O に対してヤコビアン det(Jf)p0\det (Jf)_{p} \neq 0 とする(ヤコビアンが可逆とする)。

このとき,ある pp の開近傍 UUf(p)f(p) の開近傍 VV があって, FU:UV F \mid_U : U \to V CrC^{r} 級微分同相写像となる。

逆写像定理の主張を理解するために,以下の1~3を説明します。

  1. 多変数関数が C1C^1 級とは
  2. ヤコビアンとは
  3. 微分同相写像とは

1. 多変数関数が CrC^r 級とは

定義

O1RnO_1 \subset \mathbb{R}^nO2RmO_2 \subset \mathbb{R}^m をそれぞれ開集合とする。

F:O1O2F : O_1 \to O_2CrC^{r} 級であるとは,

F=(f1(x1,x2,,xn)f2(x1,x2,,xn)fm(x1,x2,,xn)) F = \begin{pmatrix} f_1 (x_1, x_2, \cdots , x_n)\\ f_2 (x_1, x_2, \cdots , x_n)\\ \vdots\\ f_m (x_1, x_2, \cdots , x_n) \end{pmatrix} と成分ごとに書いたときに,各成分 fif_iO1O_1 上で CrC^r 級であること(rr 階の全ての種類の偏導関数が存在してそれらが連続)と定義する。

F(r,θ)=(rcosθ,rsinθ)F(r,\theta) = (r \cos \theta , r \sin \theta) は,(0,)×(π,π)(0, \infty) \times (-\pi , \pi) から (0,)×R(0,\infty) \times \mathbb{R} への CC^{\infty} 級写像です。

2. ヤコビアンとは

ヤコビアンは,微分係数の多変数関数バージョンです。

偏微分を並べた行列(ヤコビ行列)の行列式です。詳しくはヤコビ行列,ヤコビアンの定義と極座標の例を参照してください。

3. 微分同相写像とは?

定義

CrC^r 級写像 F:O1O2F : O_1 \to O_2CrC^r 級微分同相写像であるとは,G:O2O1G : O_2 \to O_1

  1. GGCrC^r 級である。
  2. GFG \circ FFGF \circ G はそれぞれ O1O_1O2O_2 上の恒等写像である。

の2つを満たすものが存在することと定義する。

つまり CrC^r 級の逆写像 F1F^{-1} が存在することを意味する。

また,このとき O1O_1O2O_2 は微分同相であるという。

先ほど紹介した F(r,θ)=(rcosθ,rsinθ)F(r,\theta) = (r \cos \theta , r \sin \theta)CC^{\infty} 級微分同相です。

逆写像として G(x,y)=(x2+y2,arctanyx)G(x,y) = \left( \sqrt{x^2 + y^2} , \arctan \dfrac{y}{x} \right) と取ることができます。

しかし,FF(0,)×R(0, \infty) \times \mathbb{R} 上で定義すると,これは微分同相ではありません。cos\cossin\sin の周期性より,F(r,0)=F(r,2nπ)F (r,0) = F(r,2n\pi) となるため,逆写像が取れません。

このように微分同相は,写像のみならず定義域・値域も含めて考えることで定まります。

ここまでで,逆写像定理の主張が理解できると思います。証明は非常に長いので割愛します。

逆写像とヤコビアン

逆写像定理と関連して,「逆関数の微分公式」の多変数バージョンを紹介します。

逆関数の微分公式は「逆関数の微分はもとの関数の微分の逆数」というものです。 →逆関数の微分公式を例題と図で理解する

定理

O1RnO_1 \subset \mathbb{R}^nO2RmO_2 \subset \mathbb{R}^m を開集合とする。

F:O1O2F: O_1 \to O_2 を微分同相写像として,GG をその逆写像とする。

pO1p \in O_1 を任意に取る。q=f(p)q = f(p) とする。

JFpJF_{p}JGqJG_q を逆行列に持つ。特に(O1O_1 が空集合でないとき) n=mn = m となる。

証明

連鎖律(Chain rule)より, (GF)jxi=k=1nGjykFkxi \dfrac{\partial (G \circ F)_j}{\partial x_i} = \sum_{k=1}^n \dfrac{\partial G_j}{\partial y_k} \dfrac{\partial F_k}{\partial x_i} となる。

上式は JGJG(j,k)(j,k) 成分と JFJF(k,i)(k,i) 成分の積を足したものなので,まさしく行列 JGJFJG \cdot JF(j,i)(j,i) 成分である。

GJG \circ J は恒等写像であるため,そのヤコビアンは InI_n である。

こうして JGqJFp=(GF)p=InJG_q JF_p = (G \circ F)_p = I_n となる。

同様に JFpJGq=ImJF_p JG_q = I_m である。

よって JFpJF_pJGqJG_q を逆行列に持つ。

特にトレースを見ると n=trace (In)=trace (JGqJFp)=trace (JFpJGq)=trace (Im)=m\begin{aligned} n &= \mathrm{trace} \ (I_n)\\ &= \mathrm{trace} \ (JG_q JF_p)\\ &= \mathrm{trace} \ (JF_p JG_q)\\ &= \mathrm{trace} \ (I_m)\\ &= m \end{aligned} である。

次回予告

x2+2xyy=0x^2 + 2xy - y = 0 のような x,y の式=0x,y \ \text{の式} = 0 と表示された関数を陰関数といい,y=x2+3xy = x^2 + 3x のような y=x の式y= x \ \text{の式} と表示された関数を陽関数というのでした。 →陰関数と陽関数の意味と違いについて

陽関数を陰関数に変換する「陰関数定理」という定理があります。これは逆関数定理を用いて証明できます。

そしてこの定理が「多様体」の概念の扉になるのです。

ヤコビアンが多変数版の微分係数であることがよくわかりますね。