行列のトレースのいろいろな性質とその証明

行列のトレースとは,対角成分の和のことです。

トレースの定義

n×nn\times n 正方行列 AA に対して,対角成分の和 k=1nakk\displaystyle\sum_{k=1}^na_{kk}AA のトレース(跡)と言い,trA\mathrm{tr}\:A と書く。 トレース

行列のトレースについて,覚えておくべき公式を整理しました。

トレースの具体例

トレースは正方行列に対して定まる実数です。

A=(2413)A=\begin{pmatrix}2&4\\-1&3\end{pmatrix} に対して,そのトレースは trA=2+3=5\mathrm{tr}\:A=2+3=5

トレースは,行列式と並ぶ重要な量です。ただし,行列式と違って定義は非常に単純ですね。

トレースの性質

以下,rr は任意の実数,A,BA,B はサイズが同じ正方行列とします。

トレースの線形性

1. tr(rA)=rtrA\mathrm{tr}\:(rA)=r\:\mathrm{tr}\:A

2. tr(A+B)=trA+trB\mathrm{tr}\:(A+B)=\mathrm{tr}\:A+\mathrm{tr}\:B

トレースは転置しても変わらない

3. trA=trA\mathrm{tr}\:A^{\top}=\mathrm{tr}\:A

性質1〜3は,いずれもトレースの定義より明らかです。

トレースと行列の内積

4. trAB=i=1nj=1naijbij\mathrm{tr}\:AB^{\top}=\displaystyle\sum_{i=1}^n\sum_{j=1}^na_{ij}b_{ij}

右辺は「対応する成分のかけ算の総和」です。ベクトルの内積と似ています。実は,この値は「行列 AA と行列 BB の内積」であり,頻出です。

4の右辺は,行列 AABB の内積であり,しばしばお目にかかります。サイズ2の場合に確認してみます(一般のサイズの証明も同様)。

4の証明,サイズ2の場合

A=(a11a12a21a22)A=\begin{pmatrix}a_{11}&a_{12}\\a_{21}&a_{22}\end{pmatrix}B=(b11b21b12b22)B^{\top}=\begin{pmatrix}b_{11}&b_{21}\\b_{12}&b_{22}\end{pmatrix} に対して

AB=(a11b11+a12b12a11b21+a12b22a21b11+a22b12a21b21+a22b22)AB^{\top}=\begin{pmatrix}a_{11}b_{11}+a_{12}b_{12}&a_{11}b_{21}+a_{12}b_{22}\\a_{21}b_{11}+a_{22}b_{12}&a_{21}b_{21}+a_{22}b_{22}\end{pmatrix}

である。対角成分の和は a11b11+a12b12+a21b21+a22b22a_{11}b_{11}+a_{12}b_{12}+a_{21}b_{21}+a_{22}b_{22} となり「対応する成分のかけ算の総和」になる。

トレースと積

5. trAB=trBA\mathrm{tr}\:AB=\mathrm{tr}\:BA

これも重要です!4から証明できます。

5の証明

4より,trAB=i=1nj=1naijbji=i=1nj=1nbijaji=trBA\mathrm{tr}\:AB=\displaystyle\sum_{i=1}^n\sum_{j=1}^na_{ij}b_{ji}=\sum_{i=1}^n\sum_{j=1}^nb_{ij}a_{ji}=\mathrm{tr}\:BA

補足

  • この性質は正方行列でなくても成立します。つまり,任意の m×nm\times n 行列 AAn×mn\times m 行列 BB に対して trAB=trBA\mathrm{tr}\:AB=\mathrm{tr}\:BA です。簡単な成分計算で確認できます。

  • 3つの積について, trABC=trCAB=trBCA\mathrm{tr}\:ABC=\mathrm{tr}\:CAB=\mathrm{tr}\:BCA は成立しますが, trABC=trACB\mathrm{tr}\:ABC=\mathrm{tr}\:ACB などは成立するとは限りません。2つの積は交換できますが,3つ以上の積を自由に並べ替えることはできません。

トレースは固有値の和

行列のトレースは「固有値の和」という重要な意味を持っています!

6. AA の固有値を λ1,,λn\lambda_1,\cdots,\lambda_n とおくと,trA=i=1nλi\mathrm{tr}\:A=\displaystyle\sum_{i=1}^n\lambda_i

証明には,特性方程式&解と係数の関係を使います。

6の証明

特性方程式 det(λIA)=0\det(\lambda I-A)=0 について考える。

この左辺を展開したときの先頭の二項は,λn(trA)λn1\lambda^n-(\mathrm{tr}\:A)\lambda^{n-1} となる(分かりにくければ3×3の場合くらいでやってみるとよい)。

特性方程式の解が AA の固有値なので,解と係数の関係より6が示される。

ジョルダン標準形(対角化みたいなもの)を使って証明することもできます。

6の証明その2

AA のジョルダン標準形を JJ とおくと,正則行列 PP が存在して P1AP=JP^{-1}AP=J となる。

  • JJ の対角成分には AA の固有値が並ぶので,trJ\mathrm{tr}\:JAA の固有値の和。

  • 5より,trP1AP=trAPP1=trA\mathrm{tr}\:P^{-1}AP=\mathrm{tr}\:APP^{-1}=\mathrm{tr}\:A

以上よりOK。

※この証明中の議論からわかるように,トレースは相似変換に関して不変です。つまり,trP1AP=trA\mathrm{tr}\:P^{-1}AP=\mathrm{tr}\:A です。

なんでトレースと言うのかはよく分かりません!