同時対角化可能⇔交換可能の意味と証明

2つの対角化可能な行列 A,BA,B について,

AB=BA    AB=BA\iffAABB は同時対角化可能

線形代数の重要な定理です。この定理の証明および量子力学における意味を解説します。

同時対角化可能とは

  • ある正則行列 PP が存在して P1APP^{-1}AP が対角行列になるとき,行列 AA は対角化可能であると言います。
  • ある正則行列 PP が存在して P1APP^{-1}APP1BPP^{-1}BP がともに対角行列になるとき,行列 AABB は同時対角化可能であると言います。

定理のバリエーション

  • 物理においては,上記の定理で「対称行列」や「エルミート行列」の場合を考えることが多いです。(量子力学で使うのはエルミートのとき)。
  • 特に対称行列は常に対角化可能(→対称行列の固有値と固有ベクトルの性質の証明)であることに注意しましょう。

「同時対角化可能なら可換」の証明

こちらは簡単です。

証明

\Leftarrow の証明

AABB が同時対角化可能なとき,ある正則行列 PP が存在して P1APP^{-1}APP1BPP^{-1}BP がともに対角行列となる。

対角行列どうしは交換可能なので,

(P1AP)(P1BP)=(P1BP)(P1AP)(P^{-1}AP)(P^{-1}BP)=(P^{-1}BP)(P^{-1}AP)

整理する:

P1ABP=P1BAPP^{-1}ABP=P^{-1}BAP

AB=BAAB=BA

「交換可能なら同時対角化可能」の証明

A,BA,B のサイズを nn とします。

方針

AA を対角化する行列 PP をもとに,AABB を同時対角化する行列 PQPQ を構成します。

AABB が対称行列の場合の証明

対象行列の場合は簡単に証明ができます。

証明

AA の固有値 λ\lambda に対応する固有ベクトルの一つを uu とおくと,

Au=λuBAu=λBuA(Bu)=λ(Bu)\begin{aligned} Au&=\lambda u\\ BAu&=\lambda Bu\\ A(Bu)&=\lambda (Bu)\\ \end{aligned}

つまり BuBuAA の固有値 λ\lambda に対応する固有ベクトルである。

次に,AA の固有値 λ1\lambda_1 に対応する固有空間の正規直交基底を u1,,uku_1,\cdots,u_k とすると,上の議論により Bui(1ik)Bu_i\:(1\leq i\leq k)u1,,uku_1,\cdots,u_k の線形結合で表せるので,

B(u1,,uk)=(u1,,uk)C1B(u_1,\cdots,u_k)=(u_1,\cdots,u_k)C_1 と書ける(C1C_1k×kk\times k の行列)。

この議論は他の固有値 λ2,,λN\lambda_2,\cdots,\lambda_N についても成立する。

よって,AA の線形独立な固有ベクトルを(同じ固有値に対応する固有ベクトルは隣り合うような順番で)並べた行列を P=(u1,,un)P=(u_1,\cdots,u_n) とおくと,PP は直交行列であり,

BP=P(C1CN)BP=P\begin{pmatrix}C_1&&\\&\ddots&\\&&C_N\end{pmatrix} となる。

つまり P1BPP^{-1}BP はブロック対角行列になる。

また,P1BPP^{-1}BP は対称行列(→補足)なので,各 CiC_i も対称行列となり,対角化可能である: Qi1CiQi=DiQ_i^{-1}C_iQ_i=D_i

よって, Q=(Q1QN)Q=\begin{pmatrix}Q_1&&\\&\ddots&\\&&Q_N\end{pmatrix} とおくと,

Q1P1BPQQ^{-1}P^{-1}BPQ は対角行列になる。つまり PQPQBB を対角化する。

一方,PQPQAA の固有ベクトルを並べた行列 PP を「ブロック対角行列 QQ で混ぜたもの(各固有空間内で混ぜるだけ)」であり,PQPQ の列ベクトルたちも AA の線形独立な固有ベクトルである。つまり PQPQAA も対角化する。

補足:

PP は直交行列,BB は対称行列なので, (P1BP)=PB(P1)=P1BP\begin{aligned} (P^{-1}BP)^{\top} &= P^{\top}B^{\top}(P^{-1})^{\top}\\ &=P^{-1}BP \end{aligned}

一般的な場合

一般的なケースの証明では,ベクトル空間が固有空間の直和によって分解されることを用います。

準備の定理

AA を対角化可能な n×nn \times n 行列として,λ1,,λk\lambda_1 , \cdots, \lambda_k をその固有値とする。

V(λi)={vAv=λiv} V(\lambda_i) = \{ v \mid Av = \lambda_i v \} とおく。

このとき,任意のベクトル vv に対して v1V(λ1),,vkV(λk)v_1 \in V(\lambda_1) , \cdots , v_k \in V(\lambda_k) が存在して v=v1++vk v = v_1 + \cdots + v_k と表される。またこの表示は一意である。

この定理の証明は飛ばします。

「交換可能なら同時対角化可能」の証明

前述の通り,vvAA の固有値 λ\lambda に対する固有ベクトルとすると BvBv もまた λ\lambda に対する固有ベクトルである。

AA の固有値 λ\lambda である固有ベクトルによる部分空間を V(λ)V(\lambda) で表す。

AA の固有値を λ1,,λk\lambda_1 , \cdots , \lambda_k とする。(knk \leq n

任意の vv

vvBB の固有ベクトルであるとする。

ここで viV(λi)v_i \in V(\lambda_i) が存在して v=v1++vk v = v_1 + \cdots + v_k と表すことができるのであった。

vv を固有値 μ\muBB の固有ベクトルとしたとき(つまり Bv=μvBv = \mu v)各 viv_i もまた固有値 μ\muBB の固有ベクトルとなる。

実際, Bv=Bv1++Bvk=μv1++μvk\begin{aligned} Bv &= Bv_1 + \cdots + Bv_k\\ &= \mu v_1 + \cdots + \mu v_k \end{aligned} と2通りで表される。各 ii について μviV(λi)\mu v_i \in V(\lambda_i)BvV(λi)Bv \in V(\lambda_i) である。 ここで,iji \neq j について V(λi)V(λj)V(\lambda_i) \cap V(\lambda_j) に注意すると Bvi=μviBv_i = \mu v_i である。

この議論により wiw_{i}Awi=λiwiAw_i = \lambda'_i w_iBwi=μiwiBw_i = \mu'_i w_i を満たすベクトルであるように取ることができ,こうしたベクトルを並べた行列を PP とすると AP=P(λ1λn)BP=P(μ1μn) AP = P \begin{pmatrix} \lambda'_1 \\ & \ddots \\ && \lambda'_n \end{pmatrix}\\ BP = P \begin{pmatrix} \mu'_1 \\ & \ddots \\ && \mu'_n \end{pmatrix} とでき,この PP によって AABB は対角化されることが分かった。

この定理および証明を知っていれば解ける大学院入試の問題として,同時対角化の練習問題~院試の問題を通してもどうぞ。

量子力学における意味

量子力学では物理量はエルミート行列(演算子)に対応します。

また,AABB が同時対角化可能というのは,AA に対応する物理量と BB に対応する物理量が同時観測可能(一回の測定で両方分かる)であることを表しています。

つまりこの記事で紹介した定理は同時観測可能かどうかを判定するには ABBAAB-BA00 かどうかを確認すればよいことを表しています。

量子力学では無限次元の行列が登場します。