ベクトル空間と次元

足し算とスカラー倍ができるような代数系をベクトル空間(線型空間)という。

高校までの「ベクトル」の概念を一般化した代数的構造がベクトル空間(線型空間)です。これにより,数列や関数なども「ベクトル」だと考えられるようになります。

ベクトル空間の定義

条件が多く,定義が長いですが,要は高校で習う平面ベクトルや空間ベクトルの満たす性質を抜き出したものです。

(実数体 R\mathbb{R} 上の)ベクトル空間(線型空間)とは,集合 VV

  • v,wVv, w \in V に対し v+wVv + w \in V を定める演算(和)

  • rRr \in \mathbb{R}vVv \in V に対し rvVr \cdot v \in V を定める演算(スカラー倍)

の組 (V,+,)(V, + ,\cdot) であって,以下の条件を満たすもののことである。

  • (V,+)(V, +) はアーベル群である。つまり,
  1. 任意の u,v,wVu, v, w \in V に対して (u+v)+w=u+(v+w)(u + v) + w = u + (v + w)

  2. ある元 0V0 \in V が存在して,任意の vVv \in V に対して v+0=0+v=vv + 0 = 0 + v = v を満たす。

  3. 任意の vVv \in V に対して w+v=v+w=0w + v = v + w = 0 を満たす wVw \in V が存在する。

  4. 任意の v,wVv, w \in V に対して v+w=w+vv + w = w + v

  • スカラー倍は結合的である。つまり,
  1. 任意の r,sR,vVr, s \in \mathbb{R}, v \in V に対して (rs)v=r(sv)(rs) \cdot v = r \cdot (s \cdot v)
  • 分配法則を満たす。つまり,
  1. 任意の rR,v,wVr \in \mathbb{R}, v, w \in V に対して r(v+w)=(rv)+(rw)r \cdot (v + w) = (r \cdot v) + (r \cdot w)

  2. 任意の r,sR,vVr, s \in \mathbb{R}, v \in V に対して (r+s)v=(rv)+(sv) (r + s) \cdot v = (r \cdot v) + (s \cdot v)

  • 11 倍 は恒等変換である。つまり,
  1. 任意の vVv \in V に対して 1v=v1 \cdot v = v

ベクトル空間を考えることで,高校で習うベクトルの計算と同じようなことを,より広いものに対して適用できるようになります。

具体例

ベクトル空間は馴染みのあるものから意外なものまで,いろいろなところから現れます。

n次元ベクトルの空間

例:平面(空間)ベクトルの空間
  • 平面ベクトルの全体はベクトル空間になります。これらは実数を2つ並べたものの集合 R2={(a,b)a,bR}\mathbb{R}^2 = \{(a, b) \mid a, b \in \mathbb{R}\} に,成分ごとの和とスカラー倍を入れたようなベクトル空間だと思えます。

  • 空間ベクトルについても同様に,実数を3つ並べた R3\mathbb{R}^3 というベクトル空間だと思えます。

これを一般化したものが「nn 次元ベクトル」の空間です。

例:n次元ベクトルの空間

nn 個の実数の組 (a1,,an)(a_1, \dots, a_n) の集合 Rn\mathbb{R}^n に,成分ごとの和とスカラー倍を入れたものはベクトル空間になります。 n=2,3n = 2, 3 の場合が平面(空間)ベクトルです。

気持ちとしては「高次元の矢印」の集まりのようなものです(想像するのは難しいですが)。

4次元以上は一見考える意味がなさそうに見えますが,実は多くのところで使われています。例えば 1920×10801920 \times 1080 ピクセルの白黒デジタル画像は,各ピクセルの明るさの数値を並べたデータ,つまり 1920×10801920 \times 1080 次元のベクトルだと考えられます。

行列の集合

n×mn \times m 行列全体の集合は,自然に Rnm\mathbb{R}^{nm} と見なせるためベクトル空間になります。

数列,関数の空間

nn 個並べるのと同じように,実数を無限個並べてみましょう。数を(無限個)並べたものは,数列と呼ぶのでした。

例:数列の空間

実数の数列 (an)n=(a1,a2,a3,)(a_n)_n = (a_1, a_2, a_3, \dots) 全体の集合 RN\mathbb{R}^\mathbb{N} に,和とスカラー倍を次のように定めるとベクトル空間になります。

(a1,a2,a3,)+(b1,b2,b3,)=(a1+b1,a2+b2,a3+b3,)r(a1,a2,a3,)=(ra1,ra2,ra3,) (a_1, a_2, a_3, \dots) + (b_1, b_2, b_3, \dots) = (a_1 + b_1, a_2 + b_2, a_3 + b_3, \dots) \\ r \cdot (a_1, a_2, a_3, \dots) = (ra_1, ra_2, ra_3, \dots)

これはいわば「無限次元のベクトル」の空間です(実際に後でみる「ベクトル空間の次元」を計算すると,無限次元になります)。

そしてイメージするのは難しいですが,ある空間上の関数全体もベクトル空間とみなせます。

例:関数の空間

区間 [0,1][0,1] 上の実数値関数 f(x)f(x) 全体の集合 R[0,1]\mathbb{R}^{[0,1]} に,和とスカラー倍を次のように定めるとベクトル空間になります。

(f+g)(x)=f(x)+g(x)(rg)(x)=rg(x) (f + g)(x) = f(x) + g(x) \\ (r \cdot g)(x) = rg(x)

「添字が実数である数列 (fx)x(f_x)_x」や「x[0,1]x \in [0,1] ごとに xx 成分として f(x)f(x) を持つベクトル」のように考えるとわかりやすいかもしれません。

双対空間

ベクトル空間 VV 上の関数 f ⁣:VRf \colon V \to \mathbb{R}線形性を満たすとき,VV 上の線形形式といいます。少しイメージしにくいですが,「ベクトルを入力とし実数を出力する関数」です。線形形式を集めたものもまたベクトル空間になります。

ベクトル空間 VV に対し,VV 上の線形形式全体の集合 VV^*(f+g)(v)=f(v)+g(v)(rg)(v)=rg(v) (f + g)(v) = f(v) + g(v) \\ (r \cdot g)(v) = rg(v) で和とスカラー倍を定めるとベクトル空間になります。これを VV の双対空間といいます。

このように,与えられたベクトル空間から新しいベクトル空間を作ることもできます。

より詳しくは 線型汎関数と双対ベクトル空間 をご覧ください。

2つのベクトル空間を「掛け合わせた」ものもまたベクトル空間になります。

ベクトル空間 VVWW に対して,直積 V×WV \times W

V×W={(v,w)vV,wW} V \times W = \{ (v,w) \mid v \in V , w \in W \} と定めます。

V×WV \times W の和を (v,w)+(v,w)=(v+v,w+w) (v,w) + (v',w') = (v+v' , w+w') と定め,スカラー倍を a(v,w)=(av,aw) a (v,w) = (av,aw) と定めると,V×WV \times W はベクトル空間になります。

部分空間

定義

ベクトル空間 VV の部分集合 WW が部分ベクトル空間(部分空間)であるとは,VV における和とスカラー倍で WW が閉じていることを意味する。

部分空間の例

nn 次元ベクトル空間

簡単のため n=3n = 3 としましょう。

V=RnV = \mathbb{R}^n とします。

W1={(x,y,0)x,yR} W_1 = \{ (x,y,0) \mid x,y \in \mathbb{R} \} とすると,これは部分空間になります。このように m<nm < n とすると,Rm\mathbb{R}^m は自然に Rn\mathbb{R}^n の部分空間になります。

他にも W2={(t,2t,3t)tR} W_2 = \{ (t,2t,3t) \mid t \in \mathbb{R} \} とすると,これも部分空間になります。

対称行列

n×nn \times n 行列の集合を Mn(R)M_n (\mathbb{R}) とおきます。これはベクトル空間になるのでした。

Symn={AMn(R)aij=aji} \mathrm{Sym}_n = \{ A \in M_n (\mathbb{R}) \mid a_{ij} = a_{ji} \} と定めると,これは部分空間になります。

Symn\mathrm{Sym}_n の元は対称行列といいます。

関数

VV[0,2][0,2] 上の実数値関数とします。これはベクトル空間になるのでした。

WW[0,1][ 0,1 ] 上の実数値関数とします。

gWg \in W に対して g~(x)={g(x)(0x1)0(1<x2) \tilde{g} (x) = \begin{cases} g(x) &( 0\leqq x \leqq 1 )\\ 0 &( 1 < x \leqq 2 ) \end{cases} と定めると g~V\tilde{g} \in V となります。

このようにして WWVV の部分空間と見なせます。

部分空間の和・直和

W,WW,W'VV の部分空間とします。 W+W={w+wwW,wW} W + W' = \{ w+w' \mid w \in W , w' \in W' \} とすると,これもまた VV の部分空間です。これを部分空間の和といいます。

特に WW=W \cap W' = \emptyset であるとき,W+WW + W'WWW \oplus W' と書き,部分空間の直和といいます。

ベクトル空間の次元,基底

平面ベクトルの場合,一次独立な2つのベクトル v,wv, w があれば,他のベクトルは v,wv,w の一次結合 av+bwav + bw の形に表すことができました。同じことが一般のベクトル空間 VV で成り立ちます。つまり,VV の一次独立ないくつかの元によって他の元を全て表すことができます。そしていくつの元が必要かという値VV ごとに決まっており, VV次元といいます(無限個必要なときは無限次元です)。

そして次元の数だけ一次独立な元が集まったものを基底といいます。

Rn\mathbb{R}^n の元たち e1=(1,0,,0),e2=(0,1,,0),en=(0,0,,1)e_1 = (1, 0, \dots , 0), \\ e_2 = (0, 1, \dots , 0), \\ \vdots \\ e_n = (0, 0, \dots ,1) は一次独立で,他の元はこれらの一次結合で表せる。よって Rn\mathbb{R}^nnn 次元のベクトル空間であリ,e1,,ene_1, \dots, e_n という組は Rn\mathbb{R}^n の基底の1つである。

この「次元の数だけ一次独立な元があれば,それですべてを表せる」という性質を使うと,例えば次のようなことがわかります。

微分方程式 d2dx2f(x)=f(x)\dfrac{d^2}{dx^2}f(x) = -f(x) の解をすべて求めたい。例えば sinx,cosx\sin x , \cos x が解になるが,他にはどういうものがあるだろうか?

もし f(x),g(x)f(x), g(x) が方程式の解なら d2dx2(f(x)+g(x))=d2dx2f(x)+d2dx2g(x)=f(x)g(x)=(f(x)+g(x))\begin{aligned} \dfrac{d^2}{dx^2}(f(x)+g(x)) &= \dfrac{d^2}{dx^2}f(x)+\dfrac{d^2}{dx^2}g(x) \\ &=-f(x)-g(x) \\ &=-(f(x)+g(x)) \end{aligned} となりそれらの和もまた方程式の解である。スカラー倍についても同様である。この和とスカラー倍によって解全体の集合 VV はベクトル空間となる(定義を満たすことの証明は略,かんたんなのでやってみましょう)。

そして微分方程式の理論によってこのベクトル空間は 22 次元である。つまり一次独立な2つの解によって他の解はすべて表せる。 → n階斉次線形微分方程式の解空間

いま sinx,cosx\sin x , \cos x は一次独立だから,解は A,BRA, B \in \mathbb{R} によって

Asinx+BcosxA \sin x + B \cos x

と表せるものですべてである。

複素ベクトル空間

冒頭の定義の R\mathbb{R}C\mathbb{C} に変えたものを(複素)ベクトル空間という。

複素ベクトル空間のことを単に「ベクトル空間」と書くこともあります。

Cn\mathbb{C}^n や複素数値連続関数の集合は複素ベクトル空間になります。

「無限次元空間」ってかっこいいですね。