リュウビルの定理と代数学の基本定理

この記事では,以下の2つの定理を紹介します。

Liouville の定理(リュウビル・リウビルの定理)

複素平面 C\mathbb{C} 全体で正則な関数を整関数という。有界な整関数は定数関数のみである。

代数学の基本定理

複素数係数の nn 次方程式は複素数の範囲で(重複度も含めて)nn 個の解を持つ。

リウビルの定理は整関数に対する非常に強力な定理です。リウビルの定理によって代数学の基本定理の美しい証明が得られます。

リウビルの定理は,定理自体も重要ですが,証明の過程で登場する不等式も複素解析において重要です。

表記ゆれについて

Liouville には,これといったカタカナの読みが定まっていません。そのため文献や記事によっては,リュービル・リウヴィル・リウビユ・リウヴィリなどの表記がされます。

整関数

複素平面 C\mathbb{C} 全体で正則な関数を整関数といいます。

  • 定数関数は整関数です。

  • nn を整数とすると znz^n は整関数です。実際,(zn)=nzn1(z^n)' = n z^{n-1} と微分可能です。さらに,これにより多項式は整関数です。

  • eze^z は各点で (ez)=ez(e^z)' = e^z と微分可能であるため整関数です。さらに,これにより sinz=eizeiz2i,cosz=eiz+eiz2\sin z=\dfrac{e^{iz}-e^{-iz}}{2i}, \cos z=\dfrac{e^{iz}+e^{-iz}}{2} も整関数です。

  • 一方で tanz\tan zz=π2z = \dfrac{\pi}{2} で正則ではないため,整関数ではありません。

整関数の逆数

整関数の逆数は整関数でしょうか。答えは No です。zz は整関数ですが,1z\dfrac{1}{z}z=0z=0 で正則ではありません。

しかし,整関数 ff が零点を持たない場合,1/f1/f もまた整関数となります。なぜなら,ffz0z_000 でなければ ddz1f(z)z=z0=f(z){f(z)}2z=z0\left. \dfrac{d}{dz} \dfrac{1}{f(z)} \right|_{z=z_0} = \left. -\dfrac{f'(z)}{\{f(z)\}^2} \right|_{z=z_0} となるためです。

Liouville の定理を用いた代数学の基本定理の証明

前述した Liouville の定理を用いた 代数学の基本定理 の証明を紹介します。

代数学の基本定理

複素数係数の nn 次方程式は複素数の範囲で(重複度も含めて)nn 個の解を持つ。

代数学の基本定理を示すためには,nn 次方程式が解を持つことを示せ十分です。

実際,nn 次方程式 zn+a1zn1++an=0 z^n + a_1 z^{n-1} + \cdots + a_{n} = 0 z=αz=\alpha を解に持てば,因数定理より 左辺を (zα)(z-\alpha) で割ることができ,新たに n1n-1 次方程式が得られます。この新たに得られた n1n-1 次方程式もまた解を持ちます。以下を繰り返せば nn 個の解が得られます。

nn 次方程式が解を持つことの証明の流れは,

  1. nn 次多項式 ff が零点を持たないと仮定
  2. 1/f1/f が有界な整関数になる
  3. Liouville の定理より 1/f1/f が定数関数→矛盾

です。シンプルで美しい証明です。

証明

nn 次関数 f(z)=zn+a1zn1++an f(z) = z^n + a_1 z^{n-1} + \cdots + a_n が零点を持たないと仮定する。ff は多項式であるため整関数である。g(z)=1f(z)g(z) = \dfrac{1}{f(z)} とすると,ff は零点を持たないため,gg は整関数となる。一方,g(z)g(z) は有界である。

実際,次のように示される。

  • ステップ1:z|z| が十分に大きい範囲
    三角不等式より得られる不等式 α+βαβ|\alpha + \beta|\geqq |\alpha| - |\beta| を繰り返し用いると, g(z)1zn(1a1zanzn) |g(z)| \leqq \dfrac{1}{|z|^n \left(1 - \dfrac{|a_1|}{|z|} - \cdots - \dfrac{|a_n|}{|z|^n} \right)} となり, limz1zn(1a1zanzn)=0 \lim_{|z| \to \infty} \dfrac{1}{|z|^n \left(1 - \dfrac{|a_1|}{|z|} - \cdots - \dfrac{|a_n|}{|z|^n} \right)} = 0 から limzg(z)=0\displaystyle \lim_{|z| \to \infty} |g(z)| = 0 となる。
    イプシロンデルタ論法 から十分大きい正の実数 R0R_0 を取ると,z>R0|z| > R_0 ならば,g(z)<ε|g(z)| < \varepsilon である。

  \;

  • ステップ2:z|z| が小さい範囲
    zR0|z| \leqq R_0 は有界であるため,f(z)f(z)zR0|z| \leqq R_0 で有界となる。f(z)f(z) は零点を持たないため,0<f(z)<+0 < |f(z)| < +\infty である。よって g(z)=1f(z)|g(z)| = \dfrac{1}{|f(z)|} は有界である。

よって g(z)g(z)C\mathbb{C} 全体で正則かつ有界なので,Liouville の定理より定数となる。このとき f(z)f(z) もまた定数関数となるが,これは ffnn 次である仮定に反する。

証明のポイント

  1. g(z)0|g(z)| \to 0 からイプシロンデルタ論法で g(z)<ε|g(z)| < \varepsilon と評価する手法は頻繁に用いられます。ぜひ身に付けましょう。

  2. ステップ2では f(z)0f(z) \neq 0 であることが効いてきます。単に f(z)|f(z)| が有界なだけでは 1f(z)\dfrac{1}{|f(z)|} の有界性は言えません。(f(z)=0f(z) = 0 となる zz の付近で 1f(z)\dfrac{1}{|f(z)|} はいくらでも大きくなります。)そのために「零点を持たない」仮定が必要です。

Liouville の定理の証明

Liouville の定理の証明を紹介します。整関数は,その正則性から複素平面全体でローラン展開をすることができます。ローラン展開 の記事を振り返ると,このときの級数展開はテイラー展開と一致するのでした。

証明の流れは,

  1. 有界性を使ってテイラー展開の係数を評価する(コーシーの不等式)
  2. 定数以外の係数が0であることを示す

コーシーの不等式(コーシーの係数評価)

コーシーの不等式(コーシーの係数評価)

複素関数 ffΔ(a,R)\Delta (a , R) 内で正則で有界とする。すなわち,ある実数 MM があって za<R|z-a| < R なら f(z)M|f(z)| \leqq M である。このとき,任意の zΔ(a,R)z\in\Delta (a , R) に対して,

f(n)(z)n!MRn |f^{(n)} (z)| \leqq \dfrac{n! M}{R^n} である。

また,ff の級数展開を f(z)=n=0cn(za)n\displaystyle f(z) = \sum_{n=0}^{\infty} c_n (z-a)^n とするとき,各係数に対して cnMRn |c_n| \leqq \dfrac{M}{R^n} が成立する。

コーシーの積分公式 を思い出すと,正則関数の nn 次導関数は元の関数の積分で表されるのでした。よって元の関数の有界性がそのまま導関数に継承されます。

証明

コーシーの積分公式 から,0<r<R0 < r < R なる任意の rr に対して f(n)(z)=n!2πiΔ(a,r)f(ζ)(zζ)n+1dζ f^{(n)} (z) = \dfrac{n!}{2\pi i} \oint_{\partial \Delta (a,r)} \dfrac{f(\zeta)}{(z-\zeta)^{n+1}} d\zeta である。

有界性より f(n)(z)=n!2πiΔ(a,r)f(ζ)(zζ)n+1dζn!2πΔ(a,r)f(ζ)zζn+1dζn!2πΔ(a,r)Mzζn+1dζ\begin{aligned} |f^{(n)} (z)| &= \left| \dfrac{n!}{2\pi i} \oint_{\partial \Delta (a,r)} \dfrac{f(\zeta)}{(z-\zeta)^{n+1}} d\zeta \right|\\ &\leqq \dfrac{n!}{2\pi} \oint_{\partial \Delta (a,r)} \dfrac{|f(\zeta)|}{|z-\zeta|^{n+1}} |d\zeta|\\ &\leqq \dfrac{n!}{2\pi} \oint_{\partial \Delta (a,r)} \dfrac{M}{|z-\zeta|^{n+1}} |d\zeta| \end{aligned} である。ζ=a+reiθ\zeta = a + re^{i\theta} と変数変換することで f(n)(z)n!2π02πMrn+1rdθ=n!Mrn f^{(n)} (z) \leqq \dfrac{n!}{2\pi} \int_{0}^{2\pi} \dfrac{M}{r^{n+1}} r d\theta = \dfrac{n! M}{r^n} を得る。よって,f(n)(z)n!MRnf^{(n)}(z)\leqq\dfrac{n!M}{R^n}(もしこれが不成立なら,RR に十分近い rr に対しても f(n)(z)>n!Mrnf^{(n)}(z)>\dfrac{n!M}{r^n}なので矛盾)

これにより cn=f(n)(z)n!MRn |c_n| = \dfrac{|f^{(n)} (z)|}{n!} \leqq \dfrac{M}{R^n} を得る。

Liouville の定理の証明

係数評価を踏まえて Liouville の定理の証明を見ていきましょう。

証明

ff は整関数,すなわちの複素平面上で正則な関数である。よって,ff の原点を中心とし,複素平面上全体で収束するローラン展開(テイラー展開) n=0cnzn\displaystyle \sum_{n=0}^{\infty} c_n z^n を得る。

ff は複素平面全体で正則であるため,コーシーの係数評価より任意の実数 RR に対して cnMR |c_n| \leqq \dfrac{M}{R} となる。RR \to \infty とすることで cn0|c_n| \to 0 を得る。よって級数展開は f(z)=c0f(z) = c_0 となり,定数関数であることが従う。

代数学の基本定理を複素解析の力で証明できることは興味深いですね。