二項係数の上界・下界を与える4つの不等式

二項係数の上界・下界
  • (nk)knCk(nke)k\left(\dfrac{n}{k}\right)^k\leqq {}_n\mathrm{C}_k\leqq\left( \dfrac{n}{k}e\right)^k

  • 1n+12nH(kn)nCk2nH(kn)\dfrac{1}{n+1}2^{nH(\frac{k}{n})}\leqq{}_n\mathrm{C}_k\leqq2^{nH(\frac{k}{n})}

ただし,H(x)=xlog2x(1x)log2(1x)H(x)=-x\log_2 x-(1-x)\log_2(1-x) です。H(x)H(x) はバイナリークロスエントロピーと呼ばれる有名な関数です。

すべて高校数学の範囲で証明できます。

2つめの式の証明は,2023年京大理学部特色入試で出題されています。

1つめの下界の証明

(nk)knCk\left(\dfrac{n}{k}\right)^k\leqq {}_n\mathrm{C}_k を証明します。これは思いつきやすいです。

証明

nCk=n(n1)(n2)(nk+1)k(k1)(k2)(kk+1)=nk×n1k1×n2k2××nk+1kk+1{}_n\mathrm{C}_k=\dfrac{n(n-1)(n-2)\cdots(n-k+1)}{k(k-1)(k-2)\cdots(k-k+1)}\\ =\dfrac{n}{k}\times\dfrac{n-1}{k-1}\times\dfrac{n-2}{k-2}\times\cdots\times\dfrac{n-k+1}{k-k+1}

よって,nikink\dfrac{n-i}{k-i}\geqq\dfrac{n}{k}i=1,2,...,k1i=1,2,...,k-1 に対して成立することを示せば十分。これは分母を払うと

kini-ki\geqq -ni となり成立する。

1つめの上界の証明

nCk(nke)k{}_n\mathrm{C}_k\leqq\left( \dfrac{n}{k}e\right)^k を証明します。下界より難しいですが,スターリングの公式を知っていれば思いつきやすいです。

証明

nCk=n(n1)(n2)(nk+1)k!nkk!{}_n\mathrm{C}_k=\dfrac{n(n-1)(n-2)\cdots(n-k+1)}{k!}\\\leqq\dfrac{n^k}{k!}

である。目標の式と比較すると,あとは 1k!ekkk\dfrac{1}{k!}\leqq\dfrac{e^k}{k^k} を示せばよい。これは階乗を近似するスターリングの公式(の粗いバージョン): k!(ke)kk!\fallingdotseq\left(\dfrac{k}{e}\right)^k と似ている。そこで,スターリングの公式とその証明 の記事を見ると,記事末の左側の不等式より k!(ke)kk!\geqq\left(\dfrac{k}{e}\right)^k がわかる。

2つめの上界の証明

nCk2nH(kn){}_n\mathrm{C}_k\leqq2^{nH(\frac{k}{n})} を証明します。難しそうですが,実は右辺を計算すると簡単になります。

証明

nH(kn)=klog2kn(nk)log2(1kn)=log2(kn)k(1kn)nknH\left(\dfrac{k}{n}\right)=-k\log_2\dfrac{k}{n}-(n-k)\log_2\left(1-\dfrac{k}{n}\right)\\ =-\log_2\left(\dfrac{k}{n}\right)^k\left(1-\dfrac{k}{n}\right)^{n-k}

より,不等式の右辺は {(kn)k(1kn)nk}1\left\{\left(\dfrac{k}{n}\right)^k\left(1-\dfrac{k}{n}\right)^{n-k}\right\}^{-1} となる。

この形から二項定理を思いつきたい:

1={kn+(1kn)}nnCk(kn)k(1kn)nk1=\left\{\dfrac{k}{n}+\left(1-\dfrac{k}{n}\right)\right\}^n\\ \geqq{}_n\mathrm C_k\left(\dfrac{k}{n}\right)^k\left(1-\dfrac{k}{n}\right)^{n-k}

(二項定理で展開したときの1つの項のみを取り出した)

両辺に {(kn)k(1kn)nk}1\left\{\left(\dfrac{k}{n}\right)^k\left(1-\dfrac{k}{n}\right)^{n-k}\right\}^{-1} をかけると目標の不等式を得る。

2つめの下界の証明

1n+12nH(kn)nCk\dfrac{1}{n+1}2^{nH(\frac{k}{n})}\leqq{}_n\mathrm{C}_k を証明します。一番むずかしいです。「2つめの上界」の証明とかなり似ていますが,1つ追加で工夫が必要です。

証明

2つめの上界と同じように HH を計算すると,示すべき不等式は

1n+1nCk(kn)k(1kn)nk\dfrac{1}{n+1}\leqq{}_n\mathrm C_k\left(\dfrac{k}{n}\right)^k\left(1-\dfrac{k}{n}\right)^{n-k} である。一方,

1={kn+(1kn)}n=t=0nnCt(kn)t(1kn)nt1=\left\{\dfrac{k}{n}+\left(1-\dfrac{k}{n}\right)\right\}^n\\=\displaystyle\sum_{t=0}^n{}_n\mathrm C_t\left(\dfrac{k}{n}\right)^t\left(1-\dfrac{k}{n}\right)^{n-t}

であり,上記の不等式の右辺は t=kt=k の項から出てくる。ここで, t=0nnCt(kn)t(1kn)nt\displaystyle\sum_{t=0}^n{}_n\mathrm C_t\left(\dfrac{k}{n}\right)^t\left(1-\dfrac{k}{n}\right)^{n-t}n+1n+1 項からなるが,実は t=kt=k の項が一番大きい(→補足)。つまり,この項は 1n+1\dfrac{1}{n+1} 以上である。

補足:tt 番目の項を ata_t とおいて ata_t が最大となる tt を探します。これは,at+1at\dfrac{a_{t+1}}{a_t}11 の大小関係を調べることで解けます。「二項定理の展開式の最大項を求める」という有名問題です。隣どうしの比と1を比較する(展開式の係数の最大・確率の最大値) で詳しく解説しています。

なお,2つめの上界と下界は Elements of Information Theory という本の Example 11.1.3 を参照しました。

4つともおもしろいです!

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