正規行列の意味と3つの代表例

正規行列の定義

正方行列 AAAA=AAAA^{\ast}=A^{\ast}A を満たすとき,AA正規行列(normal matrix)と言う。

ただし,AA^{\ast}AA の随伴行列(共役転置)を表します。

正則行列(逆行列が存在する行列)とはまったくの別物です。

正規行列の例

正規行列の中でも,以下の3つが重要です。

正規行列の例

1. エルミート行列(対称行列)

2. 歪エルミート行列(交代行列)

  • A=AA=-A^{*} を満たす行列のことを歪エルミート行列と言います。
  • 成分が実数の場合は交代行列です。→交代行列の定義と性質
  • 歪エルミート行列は正規行列です。AA=AAAA^{\ast}=A^{\ast}A が簡単に確認できます。

3. ユニタリ行列(直交行列)

  • A1=AA^{-1}=A^{*} を満たす行列のことをユニタリ行列と言います。→ユニタリ行列の定義と性質の証明
  • 成分が実数の場合は直交行列です。
  • ユニタリ行列は正規行列です。AA=AAAA^{\ast}=A^{\ast}A が簡単に確認できます。

正規行列の意味

定義式 AA=AAAA^{\ast}=A^{\ast}A だけを見ていても「正規」っぽさがわからないですね。

正規行列の意味を理解するためには,以下の定理が重要です。

定理1

AA が正規行列     \iff AA はユニタリ行列で対角化可能(※)

※「あるユニタリ行列 UU と対角行列 DD が存在して A=U1DUA=U^{-1}DU と表せる」という意味です。

つまり,正規行列は「固有ベクトルたちで直交基底が作れる行列」と言えます。

では定理1を証明します。

「ユニタリ対角化可能」なら「正規」の証明

こちらは簡単。A=UDUA=U^{*}DU なら A=UDUA^{*}=U^{*}D^{*}U であり

AA=UDDUAA^{*}=U^{*}DD^{*}U

AA=UDDUA^{*}A=U^{*}D^{*}DU

対角行列は正規行列(DD=DDDD^{*}=D^{*}D)なので AA=AAAA^{*}=A^{*}A

「正規」なら「ユニタリ対角化可能」の証明

任意の正方行列はユニタリ三角化できる(有名な定理。行列のサイズに関する帰納法で証明できる):

A=URUA=U^{*}RU

ただし UU はユニタリ行列で RR は上三角行列。

AA が正規行列なら,AA=AAAA^{*}=A^{*}A より RR=RRRR^{*}=R^{*}R を得る。つまり RR は正規行列。正規かつ上三角なら対角行列(→後述の補題)なので RR は対角行列。つまり A=URUA=U^{*}RU はユニタリ対角化になっている。

補題

正規行列かつ上三角行列なら,対角行列。

証明

成分計算すればわかる。例えば 3×33\times 3 行列の場合は

A=(a11a12a130a22a2300a33)A=\begin{pmatrix}a_{11}&a_{12}&a_{13}\\0&a_{22}&a_{23}\\0&0&a_{33}\end{pmatrix} に対して A=(a1100a12a220a13a23a33)A^{*}=\begin{pmatrix}\overline{a}_{11}&0&0\\\overline{a}_{12}&\overline{a}_{22}&0\\\overline{a}_{13}&\overline{a}_{23}&\overline{a}_{33}\end{pmatrix}

  • AAA^{*}AAAAA^{*}1111 成分が等しいなら a112=a112+a122+a132|a_{11}|^2=|a_{11}|^2+|a_{12}|^2+|a_{13}|^2
    よって a12=a13=0a_{12}=a_{13}=0

  • さらにこの結果を使って,AAA^{*}AAAAA^{*}2222 成分が等しいなら
    a222=a222+a232|a_{22}|^2=|a_{22}|^2+|a_{23}|^2
    よって a23=0a_{23}=0

n×nn\times n 行列の場合も iiii 成分を i=1i=1 から n1n-1 まで順番に計算していけばよい。

正規行列と固有値

正規行列において,固有値分布が特殊な場合がさきほど紹介した3つの行列になります。

定理2

正規行列 AA について,

  1. AA のすべての固有値が実数     \iff AA はエルミート行列
  2. AA のすべての固有値が純虚数(または 00)     \iff AA は歪エルミート行列
  3. AA のすべての固有値が絶対値 11     \iff AA はユニタリ行列

複素数平面で図示するとおもしろいです。 正規行列と固有値

証明

定理の \Leftarrow 向きは「エルミート行列」「歪エルミート行列」「ユニタリ行列」の有名な性質である。それぞれ以下の記事で証明している:

以下,\Rightarrow を証明する。

AA が正規行列なら,定理1よりユニタリ対角化可能: A=UDUA=U^{*}DU

よって,A=UDUA^{*}=U^{*}D^{*}U

  • AA の固有値が実数なら D=DD^{*}=D より A=AA^{*}=A となり AA はエルミート行列
  • AA の固有値の実部が 00 なら D=DD^{*}=-D より A=AA^{*}=-A となり AA は歪エルミート行列
  • AA の固有値の絶対値が 11 なら D1=DD^{-1}=D^{*} より A1=AA^{-1}=A^{*} となり AA はユニタリ行列

「重要な3つの行列を含む」という意味でおもしろいですが,一般の正規行列が活躍する応用を私は知りません。誰か教えてください!