エルミート行列とその性質,ユニタリ対角化の証明

n×nn \times n 複素行列 HH が H=HH^* = H を満たすとき,(nn次の)エルミート行列(Hermitian matrix)という。ただし H=HTH^* = \overline{H^T} は転置して複素共役をとった行列。

エルミート行列は対称行列の複素数バージョンです。エルミート行列の具体例と性質を紹介します。

例えばH=(1ii1)H = \begin{pmatrix}1&i\\-i&1\end{pmatrix}はエルミート行列です。実際に転置して共役をとってみるとH=(1ii1)=(1ii1)H^* = \overline{\begin{pmatrix}1&-i\\i&1\end{pmatrix}}=\begin{pmatrix}1&i\\-i&1\end{pmatrix}となり,HH 自身に一致します。他にも実対称行列,つまり ST=SS^T=S を満たす実行列は常にエルミート行列となることがわかります。(実行列なので複素共役をとっても変わらないから。)

練習問題

H=(12i3+2ix35iyz4)H = \begin{pmatrix}1&2i&3+2i\\x&3 &5-i\\y & z & 4\end{pmatrix}がエルミート行列になるような x,y,zx, y, z の値を求めよ。

解答

共役転置はH=(1xy2i3z3+2i5i4)=(1xy2i3z32i5+i4)H^* = \overline{\begin{pmatrix}1&x&y\\2i&3 &z\\3+2i & 5-i & 4\end{pmatrix}} = \begin{pmatrix}1&\overline{x}&\overline{y}\\-2i&3 &\overline{z}\\3-2i & 5+i & 4\end{pmatrix}となる。これが HH と一致する条件は x=2i,y=32i,z=5+ix = -2i, y = 3-2i, z = 5+i である。

性質1:自由度は n2n^2

具体例や練習問題の解答を見ると,エルミート行列は

  • 対角成分は全て実数
  • 右上の成分によって左下の成分が決まる

という性質を持っていることがわかります。nn 次正方行列なら対角成分は nn 個,右上の成分は (n2n)/2(n^2-n)/2 個あるため、エルミート行列は nn 個の実数と (n2n)/2(n^2-n)/2 個の複素数で決まることになります。複素数は 22 個の実数で決まるため、結局 n2n^2 個の実数によって決まることがわかります。

性質1

nn 次エルミート行列の自由度(次元)は n2n^2 である。

性質2:固有値は実数

実対称行列の場合と同様に,エルミート行列の固有値は必ず実数になります。

性質2

エルミート行列の固有値は実数である。

証明

エルミート行列 HH について,その固有値 λ\lambda と、λ\lambda に対する固有ベクトル x0x \neq 0 をとる。

  • 固有値の定義より Hx=λxHx = \lambda x
  • 共役転置をとって xH=λxx^* H^* = \overline{\lambda}x^*H=HH^*=H より xH=λxx^* H = \overline{\lambda}x^*

これらを使って複素数 xHxx^* H x を次のように変形する。

  • xHx=xλx=λ(xx)x^* H x = x^* \lambda x = \lambda (x^* x)
  • xHx=xλx=λ(xx)x^* H x = x^* \overline{\lambda} x = \overline{\lambda} (x^* x)

ここで xx=x1x1++xnxnx^*x = \overline{x_1}x_1 + \cdots +\overline{x_n}x_n は x0x \neq 0 のとき正の値だから,λ=λ\lambda = \overline{\lambda} となる。

性質3:固有ベクトルは直交

次の性質も実対称行列の場合と同様です。

性質3

エルミート行列の異なる固有値 λ1λ2\lambda_1 \neq \lambda_2 に対応する固有ベクトル x1,x2x_1, x_2 は直交する。

証明

実対称行列の場合と全く同様である。

この性質は次のように解釈することもできます。

性質3'

エルミート行列の異なる固有値 λ1λ2\lambda_1 \neq \lambda_2 に対応する固有空間 Wλ1,Wλ2W_{\lambda_1}, W_{\lambda_2} は直交する。

これだけでも面白い性質ですが,より強く「任意のエルミート行列 HH について,その固有ベクトルたちからなる Cn\mathbb{C}^n の正規直交基底をとる」ことができます。それが次に紹介するユニタリ対角化です。

性質4:ユニタリ対角化可能

性質4

エルミート行列 HH に対して,適切なユニタリ行列 UU をとることで U1HU=UHUU^{-1}HU=U^* H U を対角行列にできる。

実際にエルミート行列を対角化してみましょう。

A=(01i100i00)A = \begin{pmatrix} 0&1&i\\ 1&0&0\\ -i &0&0 \end{pmatrix} がユニタリ行列で対角化できることを確かめよ。

計算

固有多項式を計算する。 AtI=t1i1t0i0t=t3+2t\begin{aligned} \left| A - t I \right| &= \begin{vmatrix} -t & 1 & i\\ 1 & - t & 0\\ -i & 0 & -t \end{vmatrix}\\ &= -t^3 + 2t \end{aligned}

これより固有値は 0,±20 , \pm \sqrt{2} である。それぞれの固有ベクトルとしてノルムが 11 のものを取る。

v=(xyz)v = \begin{pmatrix} x\\ y \\ z \end{pmatrix}00 の固有ベクトルとすると, {y+iz=0x=0ix=0\begin{cases} y+iz = 0\\ x = 0\\ -ix = 0 \end{cases} より 00 の固有ベクトルとして (012i2)\begin{pmatrix} 0\\ \frac{1}{\sqrt{2}} \\ \frac{i}{\sqrt{2}} \end{pmatrix} を取ることができる。

同様に計算すると,2\sqrt{2} の固有ベクトルとして (1212i2)\begin{pmatrix} \frac{1}{\sqrt{2}} \\ \frac{1}{2} \\ -\frac{i}{2} \end{pmatrix}2-\sqrt{2} の固有ベクトルとして (1212i2)\begin{pmatrix} \frac{1}{\sqrt{2}} \\ - \frac{1}{2} \\\frac{i}{2} \end{pmatrix} が得られる。

この3つを並べた U=(01212121212i2i2i2) U = \begin{pmatrix} 0 & \frac{1}{\sqrt{2}} & \frac{1}{\sqrt{2}}\\ \frac{1}{\sqrt{2}} & \frac{1}{2} & - \frac{1}{2}\\ \frac{i}{\sqrt{2}} & -\frac{i}{2} & \frac{i}{2} \end{pmatrix} によって AA を対角化できる。

U=(012i21212i21212i2)U^{\ast} = \begin{pmatrix} 0 & \frac{1}{\sqrt{2}} & -\frac{i}{\sqrt{2}}\\ \frac{1}{\sqrt{2}} & \frac{1}{2} & \frac{i}{2}\\ \frac{1}{\sqrt{2}} & -\frac{1}{2} & -\frac{i}{2} \end{pmatrix} となるため,UU=IU^{\ast} U = I である。よって UU はユニタリ行列である。

証明

証明の前に,HH がエルミート,UU がユニタリなら U1HU=UHUU^{-1}HU=U^*HU もエルミートになることを注意しておきます。これは例えば (UHU)=UH(U)=UHU \begin{aligned} (U^*HU)^*&=U^*H^*(U^*)^*\\ &=U^*HU \end{aligned} という計算からわかります。(1つ目の変形は (AB)=BA(AB)^*=B^*A^* という性質を,2つ目の変形は HH がエルミートだという仮定 H=HH^*=H(A)=A(A^*)^*=A という性質を使った。UU がユニタリであることは U1HU=UHUU^{-1}HU=U^*HUU1=UU^{-1}=U^* の部分で使っている。)

さて,証明の方針ですが基本的なアイデアは分割して帰納法です。n×nn \times n 行列 HH をより小さい行列 H1H_1H2H_2 に分解して数学的帰納法を適用します。

証明

HHn×nn \times n のエルミート行列とする。HH の固有値 λ\lambda を1つとり,その固有空間を WW とする。つまりW={xCnHx=λx}W=\{x \in \mathbb{C}^n \mid Hx = \lambda x\}とする。もし W=CnW=\mathbb{C}^n なら HHλ\lambda によるスカラー倍に等しいから,既に対角行列である。よって以下では WCnW \subsetneq{\mathbb{C}^n} だとする。また WW の直交補空間をW={xCnxWの元すべてと直交する}W^{\perp}=\{x \in \mathbb{C}^n \mid x\text{は}W\text{の元すべてと直交する}\} とする。このときCn=WW\mathbb{C}^n = W \oplus W^{\perp}つまり WW の基底と WW^{\perp} の基底を合わせたものが Cn\mathbb{C}^n の基底をなす。そこで u1,,ukWu_1,\dots, u_k \in WWW の正規直交基底とし,uk+1,,unu_{k+1},\dots,u_nWW^\perp の正規直交基底とすれば,これらを合わせた u1,,unu_1,\dots,u_nCn\mathbb{C}^n の正規直交基底となる。

さらに,H(W)W,H(W)WH(W) \subseteq W, H(W^\perp) \subseteq W^\perpが成り立つ。なぜなら xWx \in W のとき H(Hx)=H(λx)=λ(Hx)H(Hx)=H(\lambda x)=\lambda(Hx) より HxHx も固有値 λ\lambda の固有ベクトル(or 00)であり、xWx \in W^\perp のときは yWy \in W について(Hx,y)=(x,Hy)=(x,Hy)=(x,λy)=λ(x,y)=0(Hx, y) = (x, H^*y)=(x, Hy)=(x, \lambda y)=\lambda(x, y)=0より HxHxWW と直交するからである。

よって,Hu1,,HukHu_1,\dots,Hu_kWW の元だから u1,,uku_1,\dots,u_k の線型結合で表せ,同様に Huk+1,,HunHu_{k+1},\dots,Hu_nuk+1,,unu_{k+1},\dots,u_n の線型結合で表せる。そこで u1,,unu_1, \dots, u_n を縦ベクトルと見て横に並べた行列 U=(u1,,un)U=(u_1,\dots, u_n)を考えると,U1HUU^{-1}HUk×kk \times k 行列 H1H_1(nk)×(nk)(n-k) \times (n-k) 行列 H2H_2 により U1HU=(H100H2) U^{-1}HU = \begin{pmatrix} H_1& 0 \\ 0 &H_2\\ \end{pmatrix} という形に表せる。(これは次のようにしてわかる。例えば HUe1=Hu1HUe_1 = Hu_1u1,,uku_1, \dots,u_k の線型結合として HUe1=a1u1++akukHUe_1 = a_1u_1 + \cdots +a_ku_kのように書けるはずであり,Uei=uiUe_i = u_i より U1ui=eiU^{-1}u_i = e_i となることを使うと U1HUe1=U1(a1u1++akuk)=a1e1++akek \begin{aligned} U^{-1}HUe_1 &= U^{-1}(a_1u_1 + \cdots +a_ku_k)\\ &=a_1e_1 + \cdots +a_k e_k \end{aligned} となるから,U1HUU^{-1}HU の第 11 列は上 kk 個の成分しか持たない。他の列も同様。)

さらに UU がユニタリ行列であることから U1HUU^{-1}HU はエルミート行列であり,特に H1H_1H2H_2 もエルミート行列である。WCnW \neq \mathbb{C}^n より k,nk<nk, n- k< n だから,数学的帰納法により H1,H2H_1, H_2k×kk\times k および (nk)×(nk)(n-k)\times(n-k) の ユニタリ行列 U1,U2U_1, U_2 によって対角化できるとしてよい。そこで n×nn \times n のユニタリ行列 UU'U=(U100U2) U' = \begin{pmatrix} U_1& 0 \\ 0 &U_2\\ \end{pmatrix} により定義すると, (UU)1H(UU)=(U)1(U1HU)U=(U1100U21)(H100H2)(U100U2)=(U11H1U100U21H2U2) \begin{aligned} (UU')^{-1}H(UU')&=(U')^{-1}(U^{-1}HU)U'\\ &=\begin{pmatrix} U_1^{-1}& 0 \\ 0 &U_2^{-1}\\ \end{pmatrix} \begin{pmatrix} H_1& 0 \\ 0 &H_2\\ \end{pmatrix} \begin{pmatrix} U_1& 0 \\ 0 &U_2\\ \end{pmatrix}\\ &=\begin{pmatrix} U_1^{-1}H_1U_1& 0 \\ 0 &U_2^{-1}H_2U_2\\ \end{pmatrix} \end{aligned} となり,U1,U2U_1,U_2 の取り方からこれは対角行列である。よって HH はユニタリ行列 UUUU' によって対角化できた。

行列の対角化の意味(→行列の対角化の意味と具体的な計算方法)を考えることで,この性質は次のようにも言い表せます。

性質4'

エルミート行列 HH について、HH の固有ベクトルたちからなる Cn\mathbb{C^n} の正規直交基底が存在する。

量子力学における物理量は,(無限次元の)エルミート行列を使って表現されます。