ABC予想の主張の解説

このページでは,ABC予想についてざっくりと説明します。

ABC予想

a+b=ca+b=c を満たす互いに素な自然数の組 (a,b,c)(a, b, c) であって,任意の ϵ>0\epsilon > 0 に対して, c>rad(abc)1+ϵ c > \text{rad} (abc)^{1+\epsilon} を満たすものは有限個しか存在しない。

ただし,自然数 nn に対して,nn の互いに異なる素因数の積を rad(n)\text{rad} (n) と書きます。

ABC予想とは,1985年にジョゼフ・オステルレとデイヴィッド・マッサーによって提起された,整数論における予想です。 2012年に,京都大学の望月新一教授によって,この予想を証明したとする論文がインターネット上に公開されました。その後たびたび話題となっていましたが,2020年に京都大学数理解析研究所の編集する専門誌「Publications of the Research Institute for Mathematical Sciences」の査読を通過したそうです。

ABC予想の主張の意味

rad(n)\text{rad} (n) は,nn の互いに異なる素因数の積を表します。例えば, rad(36)=rad(2232)=23=6rad(150)=rad(2352)=235=30rad(97)=rad(97)=97 \begin{aligned} \text{rad} (36) &= \text{rad} (2^2 \cdot 3^2) = 2 \cdot 3 = 6\\ \text{rad} (150) &= \text{rad} (2 \cdot 3 \cdot 5^2) = 2 \cdot 3 \cdot 5 = 30\\ \text{rad} (97) &= \text{rad} (97) = 97\\ \end{aligned}

以下,ABC予想に登場する rad(abc)\text{rad} (abc)dd とおきます。いくつかの (a,b,c)(a, b, c) について,d=rad(abc)d = \text{rad} (abc) を計算してみましょう。 (a,b,c)=(1,2,3)d=rad(23)=6(a,b,c)=(3,5,7)d=rad(357)=105(a,b,c)=(5,27,32)d=rad(25335)=30(a,b,c)=(1,63,64)d=rad(26327)=42 \begin{aligned} (a, b, c) &= (1, 2, 3) \Longrightarrow d = \text{rad} (2 \cdot 3) = 6 \\ (a, b, c) &= (3, 5, 7) \Longrightarrow d = \text{rad} (3 \cdot 5 \cdot 7) = 105 \\ (a, b, c) &= (5, 27, 32) \Longrightarrow d = \text{rad} (2^5 \cdot 3^3 \cdot 5) = 30 \\ (a, b, c) &= (1, 63, 64) \Longrightarrow d = \text{rad} (2^6 \cdot 3^2 \cdot 7) = 42 \end{aligned}

このように計算される dd について,どんなに小さい ϵ>0\epsilon > 0 をとってきたとしても,c>d1+ϵc > d^{1+\epsilon} をみたすような (a,b,c)(a, b, c) の組はたかだか有限個しか存在しない,というのがABC予想です。

主張の意味は高校レベルの知識で理解できますが,とても強い命題であり,ここから多くの重要な結果が得られることが知られています。この記事の最後に述べるフェルマーの最終定理はその一例です。

ϵ=0\epsilon = 0 の場合

ϵ=0\epsilon = 0 の場合は,ABC予想の不等式は成立しません。すなわち,c>dc > d を満たすような (a,b,c)(a, b, c) の組は無限個存在します。これを証明してみます。

証明

任意の自然数 nn について,a=1,b=32n1,c=32na = 1, b = 3^{2^n} - 1, c = 3^{2^n} なる (a,b,c)(a, b, c) に対して c>dc > d が成り立つことを数学的帰納法によって示す。

n=1n = 1 の場合は,a=1,b=8,c=9a = 1, b = 8, c = 9 より d=rad(72)=6d = \text{rad}(72) = 6 ,これより c>dc > d が成り立つ。

n=kn = k の場合に c>dc > d が成り立つと仮定して,n=k+1n = k + 1 の場合にもこれが成り立つことを示す。いま, d=rad(32k+1(32k+11))=3rad(32k+11) d = \text{rad}(3^{2^{k+1}}(3^{2^{k+1}}-1)) = 3 \text{rad}(3^{2^{k+1}}-1) である。ここで,一般に,共通の素因数 pp をもつ自然数 s,ts, t について rad(s)rad(t)prad(st) \frac{\text{rad}(s) \text{rad}(t)}{p} \geqq \text{rad}(st) が成り立つ(→注)ので,32k1,32k+13^{2^k} - 1, 3^{2^k} + 1がいずれも偶数であることから rad(32k1)rad(32k+1)2rad(32k+11) \frac{\text{rad}(3^{2^k} - 1) \text{rad}(3^{2^k} + 1)}{2} \geqq \text{rad}(3^{2^{k+1}}-1) とわかる。また,帰納法の仮定より rad(32k1)<32k1\text{rad}(3^{2^k} - 1) < 3^{2^k-1} であり,rad\text{rad} の定義より明らかに rad(32k+1)<32k+1\text{rad}(3^{2^k} + 1) < 3^{2^k} + 1 である。

以上より d=3rad(32k+11)32rad(32k1)rad(32k+1)<3232k1(32k+1)=12(32k+1+32k)<32k+1=c \begin{aligned} d &= 3\text{rad}(3^{2^{k+1}}-1) \\ &\leqq \frac{3}{2} \text{rad}(3^{2^k} - 1) \text{rad}(3^{2^k} + 1) \\ &< \frac{3}{2} \cdot 3^{2^k-1} (3^{2^k} + 1) \\ &= \frac{1}{2}(3^{2^{k+1}} + 3^{2^k}) \\ &< 3^{2^{k+1}} \\ &= c \end{aligned} となり,n=k+1n = k + 1 の場合に c>dc > d は確かに成り立つ。

注:途中で用いた不等式 rad(s)rad(t)prad(st) \frac{\text{rad}(s) \text{rad}(t)}{p} \geqq \text{rad}(st) の理由を述べます。これは rad(s)rad(t),rad(st)\text{rad}(s)\text{rad}(t), \text{rad}(st) を計算する際,前者において pp は2回掛けられていますが,後者においては1回しか掛けられていないことからわかります。

ABC予想は,c>dc > d となるような (a,b,c)(a, b, c) の組は無限に存在するにも関わらず,どんなに小さい ϵ>0\epsilon > 0 に対しても c>d1+ϵc > d^{1+\epsilon} となるような (a,b,c)(a, b, c) の組はたかだか有限個しか存在しない,ということを主張しているわけです。

強いABC予想

ABC予想の ϵ=1\epsilon = 1 の場合については,より強い以下の命題が真となることが予想されています。

強いABC予想

a+b=ca+b=c を満たす互いに素な自然数の組 (a,b,c)(a, b, c) について,d=rad(abc)d = \text{rad} (abc) とするとき,不等式 c<d2 c < d^2 が成立する。

フェルマーの最終定理との関係

上記の強いABC予想が正しいと仮定すると,フェルマーの最終定理の n6n \geqq 6 の場合を簡単に証明できます。 フェルマーの最終定理については,こちらの記事もご覧ください。→フェルマーの最終定理

フェルマーの最終定理

nn33 以上の整数とするとき,xn+yn=znx^n+y^n=z^n を満たす正の整数 (x,y,z)(x, y, z) の組は存在しない。

証明

ある 66 以上の整数 nn について,xn+yn=znx^n+y^n=z^n を満たす正の整数 (x,y,z)(x, y, z) が存在すると仮定する。このとき,最大公約数で割ることで,x,y,zx, y, z は互いに素であるとしてよい。

このとき,xn,yn,znx^n, y^n, z^n は互いに素であるので,強いABC予想が正しければ zn<{rad(xnynzn)}2 z^n < \{\text{rad}(x^n y^n z^n)\}^2 となる。rad\text{rad} の定義より rad(xnynzn)=rad(xyz)\text{rad}(x^n y^n z^n) = \text{rad}(xyz) であり,x,yzx, y \leqq z より rad(xyz)xyzz3\text{rad}(xyz) \leqq xyz \leqq z^3 となるので zn<{rad(xnynzn)}2={rad(xyz)}2z6 z^n < \{\text{rad}(x^n y^n z^n)\}^2 = \{\text{rad}(xyz)\}^2 \leqq z^6 が成り立つ。これは n6n \geqq 6 と矛盾する。

したがって,n6n \geqq 6 の場合にフェルマーの最終定理が正しい。

余談

冒頭で説明した望月教授の論文は,宇宙際タイヒミュラー理論(IUT理論)と呼ばれる全く新しい理論を考案し,それを用いて証明を行っているそうです。しかしながら,論文が査読された今でもなお,一部の数学者は否定的な見解を示しているようです。