ポアンカレ予想の主張の解説

ポアンカレ予想

単連結な3次元閉多様体は3次元球面に同相である。

ポアンカレ「予想」という名前ですが,すでに正しいことが証明されている定理です。

このページでは,ポアンカレ予想についてざっくりと説明します。

なお,ポアンカレ予想はミレニアム懸賞問題の1つです。ミレニアム懸賞問題とは,100万ドルの懸賞金がかけられている,数学における重要な7つの難問です。ポアンカレ予想は,7つのうち唯一解決されている問題です。
ミレニアム懸賞問題の概要と大雑把な説明

同相とは

ポアンカレ予想とは,位相幾何学における定理の1つです。

位相幾何学(トポロジー)とは,幾何学の分野の1つで,図形を構成する要素の「繋がり方」に着目する分野のことを指します。

位相幾何学の世界においては,「繋がり方」が同じ図形はすべて「同じ形」(=“同相”)であると考えます。

例をいくつか見てみます。

  • 2次元の世界で考えると,三角形と円は同相です。これは,伸縮自在なゴムのような素材でできた図形を考えると,両者が変形によって移り変わることから容易にイメージできるかと思います。
  • 同様に,3次元の世界で考えると,球体や立方体,三角錐,円錐などはすべて同相です。一方,ドーナツのような穴の空いた図形(トーラスと呼びます)を考えると,これは球体などとは「繋がり方」が異なっており,同相ではありません。

このように,位相幾何学においては,長さや角度といった性質ではなく,要素の「繋がり方」によって図形を特徴づけます。

多様体とは

nn 次元多様体とは,大雑把に言うと、その図形上のどの点についてもその点の十分近くにおいては局所的に nn 次元ユークリッド空間( =n=n 次元直交座標空間)と「似ている」ような図形のことを指します。厳密な定義は専門書を参照してください。

例として,地球の表面について考えてみましょう。我々は,地球上のどこに立っていても,そのまわりには平らな大地が広がっているように見えます。この平らな大地こそが2次元ユークリッド空間,すなわち直交座標平面と「似ている」ので地球の表面は2次元の多様体であると考えられます。

昔の人が,地球の形が球体であることを知らなかったのと同じように,多様体上の各点における情報のみからその多様体の形を決定することは必ずしも簡単ではありません。

宇宙の各点においては普通の3次元ユークリッド空間が広がっているように見えても,宇宙という3次元多様体全体の形は簡単に把握できるものではないのです。

定理の内容

ポアンカレ予想の主張を理解するために,もう少しだけ言葉の説明をします。

  • 多様体が単連結であるとは,簡単に言えば,その多様体に穴がないことを指します。
  • もう少し正しく言うと,その図形に沿って一周させた紐が,必ず図形に沿った変形で一点に収縮させられることを指します。
  • 例えば,球面は単連結ですが,トーラスの場合は(穴に引っかかるような紐のかけかたを考えると)単連結でないことがわかります。
  • また,閉多様体とは,境界を持たずコンパクトな多様体を指します。簡単に言えば、有限だが果てがないということです。

以上を踏まえ,ポアンカレ予想の主張を噛み砕いて書くと 「有限だが果てがなく,穴のない3次元多様体は,必ず3次元球面(=4次元球の表面)に同相である」となります。

先ほどの「宇宙のたとえ」を用いるならば,「地球に長いロープで結ばれたロケットが宇宙を一周して戻って来るとき,ロケットがどんな軌道を描いた場合でもロープを手繰り寄せて回収できるのであれば,宇宙の形は概ね球体である」と説明することができます。

ここで説明した限りではたとえの域を出ませんが,数学が宇宙の形に結びついているというのはロマンがありますね。

余談

ポアンカレ予想は,次のような形で nn 次元に一般化できます。

定理

単連結な nn 次元ホモトピー球面は nn 次元球面に同相である。

実は,,n4n \geq 4 の場合については n=3n = 3 の場合より前に証明が得られていました。

まず n5n \geq 5 の場合が解決され,次いで n=4n = 4,最後に n=3n = 3 の場合が解決されたそうです。

ポアンカレ予想は,ロシアの数学者グリゴリー・ペレルマンによって解決されました。のちにこの業績に対してフィールズ賞,ミレニアム賞が授与されることとなりましたが,彼はいずれの受賞も断ったそうです。