環の基礎用語~素イデアル・極大イデアル~

この記事では環論の重要な概念素イデアル極大イデアルについて解説します。

前提知識

環論についてはこれらをご覧ください。

今回は特に可換環を考えます。

整域

定義

AA整域 であるとは,次の条件を満たすことをいう。

  • x,yAx,y \in Axy=0Axy = 0_A を満たすのならば,x=0Ax = 0_A もしくは y=0Ay = 0_A である。

整数環 Z\mathbb{Z} は整域である。他にも Q,R,C\mathbb{Q}, \mathbb{R}, \mathbb{C} もまた整域である。

一般に体は整域である。体 kk の元 x,yx,y について xy=0xy = 0 であったとする。今 x0x \neq 0 であれば,辺々に x1x^{-1} を掛けることで y=0y = 0 を得る。

整域 AA の部分環 BB も整域である。

x,yBx,y \in Bxy=0xy=0 を満たすとする。x,yAx,y \in A でもあることと,AA の整域であることから xx または yy00 になるためである。

次の定理は可換環論において重要な定理です。証明には一旦触れません。

定理

整域 AA に対して,AA 変数の一変数多項式環 A[x]A[x] は整域である。

より一般に AA 変数の多変数多項式環 A[x1,x2,,xn]A[x_1,x_2, \cdots , x_n] は整域である。

証明

f,gA[x]f,g \in A[x]fg=0fg = 0 を満たしているとする。

f,gf,g はどちらも 00 ではないと仮定する。

このときの f,gf,g の最高次の項をそれぞれ anxn,bmxma_n x^n,b_m x^m とおくことができる。(n,m>0n,m > 0, an,bm0a_n,b_m \neq 0, an,bmAa_n,b_m \in A

このとき fgfg の最高次の項は anbmxn+ma_nb_m x^{n+m} である。今 fg=0fg = 0 より anbm=0a_n b_m = 0 である。

ここで AA は整域であるため an,bma_n,b_m のいずれかは 00 である。これは an,bma_n,b_m の定め方と矛盾する。よって f,gf,g のいずれかは 00 になる。

後半は A[x1,,xn1,xn]=(A[x1,xn1])[xn]A[x_1,\cdots,x_{n-1},x_n] = (A[x_1,\cdots x_{n-1}])[x_n] と見なすことで帰納的に従う。

一変数複素数変数多項式環 C[x]\mathbb{C}[x] は整域である。他にも Z[x],Q[x],R[x]\mathbb{Z}[x], \mathbb{Q}[x], \mathbb{R}[x] もまた整域である。

素イデアル

素イデアルとは,環における素数の一般化です。

定義

nn の倍数によるイデアル nZn\mathbb{Z} を考えたとき,イデアルの性質から nn が素数であるか調べることができます。

定義

イデアル p\mathfrak{p}素イデアル であるとは,次の条件を満たすことをいう。

  • x,yAx,y \in Axypxy \in \mathfrak{p} を満たすのならば,xpx \in \mathfrak{p} もしくは ypy \in \mathfrak{p} である。

6Z6 \mathbb{Z} について考える。

2,36Z2,3 \notin 6\mathbb{Z} にも関わらず 2×3=66Z2 \times 3 = 6 \in 6\mathbb{Z} であるため,6Z6\mathbb{Z} は素イデアルではない。

このように nn が素数であることと nZn\mathbb{Z} が素イデアルであることは同値です。

多項式環の場合は因数分解できるかどうかで素イデアルかどうかが分かります。そのため,ほとんど同じイデアルでも元の環次第で素イデアルになる場合ならない場合があります。

A=R[x]A = \mathbb{R}[x] とおく。

I=x2+x+1I = x^2+x+1AA の素イデアルである。

実際,x2+x+1x^2+x+1実数の範囲ではこれ以上因数分解できないため, fg=h(x2+x+1) fg = h (x^2+x+1) と表される場合,ffggx2+x+1x^2+x+1 で割り切れる。すなわち ffggII の元になる。

A=R[x]A = \mathbb{R}[x] とおく。

I=x2+x+1I = x^2+x+1AA の素イデアルではない。

実際, x2+x+1=(x1+3i2)(x13i2) x^2+x+1 = \left( x - \dfrac{-1+\sqrt{3}i}{2} \right)\left( x - \dfrac{-1-\sqrt{3}i}{2} \right) と因数分解されるため,f=x1+3i2f = x - \dfrac{-1+\sqrt{3}i}{2}g=x13i2g = x - \dfrac{-1-\sqrt{3}i}{2} とすると,f,gIf,g \notin I だが fgIfg \in I になる。

このように A[x]A [x] において f\langle f \rangle が素イデアルになるには,ffAA 変数多項式として既約である必要があります。

アイゼンシュタインの判定法 から x3+3x2+3x+6x^3+3x^2+3x+6 は既約になるため,x3+3x2+3x+6\langle x^3+3x^2+3x+6 \rangleZ[x]\mathbb{Z} [x] の素イデアルである。

二変数多項式環でも考えてみます。

A=C[x,y]A = \mathbb{C} [x,y] とおく。

  • I1=x+yI_1 = \langle x+y \rangleAA の素イデアルである。
  • I2=x,yI_2 = \langle x,y \rangleAA の素イデアルである。
  • I3=xyI_3 = \langle xy \rangleAA の素イデアルではない。

整域との関係

素イデアルによる剰余環は特別な性質を持ちます。その前にまずは Z/6Z\mathbb{Z}/6\mathbb{Z} を観察しましょう。

2+6Z2 + 6 \mathbb{Z}3+6Z3 + 6 \mathbb{Z} の積を計算する。 (2+6Z)(3+6Z)=6+6Z=0+6Z\begin{aligned} &(2+6\mathbb{Z})(3+6\mathbb{Z})\\ &= 6+6\mathbb{Z}\\ &= 0 + 6\mathbb{Z} \end{aligned} となる。

このように 00(和の単位元)ではない2元の積が 00 になる場合がある。

定義から次が成立します。

定理

AA のイデアル II に対して次の2条件は同値である。

  • II は素イデアルである。
  • A/IA/I は整域である。

y2x3\langle y^2-x^3 \rangleC[x,y]\mathbb{C}[x,y] の素イデアルである。

準同型 ϕ:C[x,y]C[t]\phi : \mathbb{C} [x,y] \to \mathbb{C}[t]ϕ(x)=t2,ϕ(y)=t3\phi (x) = t^2 , \phi (y) = t^3 により定めると kerϕ=y2x3\ker \phi = \langle y^2-x^3 \rangleIm ϕ=C[t2,t3]\mathrm{Im} \ \phi = \mathbb{C} [t^2,t^3] であるため,準同型定理から C[x,y]/y2x3C[t] \mathbb{C}[x,y] / \langle y^2-x^3 \rangle \simeq \mathbb{C} [t] を得る。

C[t2,t3]\mathbb{C}[t^2,t^3]C[t]\mathbb{C}[t] の部分環より整域である。よって C[x,y]/y2x3\mathbb{C}[x,y]/\langle y^2-x^3 \rangle も整域であるため,y2x3\langle y^2 - x^3 \rangle は素イデアルである。

極大イデアル

イデアルにの包含関係を見てみます。

例えば A=ZA = \mathbb{Z} においては 18Z6Z2Z 18 \mathbb{Z} \subset 6 \mathbb{Z} \subset 2 \mathbb{Z} というような包含列があります。このとき 2Z2\mathbb{Z} が一番大きなイデアルになりますが,これよりさらに大きなイデアルには何があるでしょう?

2Z2\mathbb{Z} を真に含むイデアルを II としましょう。

nI\2Zn \in I \backslash 2 \mathbb{Z}2Z2\mathbb{Z} には含まれないが II には含まれる元 nn)は奇数になります。よってある偶数 2m (mZ)2m\ (m \in \mathbb{Z}) があって n2m=1n-2m = 1 となりますね。

nIn \in I2m2ZI2m \in 2\mathbb{Z} \subset I より 1I1 \in I です。このようなイデアルは元の環と一致するのでした。よって 2Z2\mathbb{Z} を真に含むイデアルは Z\mathbb{Z} そのものしかありません。

このようなイデアルのことを極大イデアルといいます。

定義

AA のイデアル m\mathfrak{m}極大イデアルであるとは,m\mathfrak{m} を真に含むイデアルが環 AA のみであることをいう。

A=ZA = \mathbb{Z} の極大イデアルは,素数 pp を用いて pZp \mathbb{Z} と表される。

mpZm \notin p \mathbb{Z} を任意に取ったとき,mmpp の任意の元と互いに素であるため,ある整数 a,ba,b により am+bp=1am+bp=1 とできる。よって,pZp\mathbb{Z} を真に含むイデアルは 11 を含むため Z\mathbb{Z} そのものになる。

一般に極大イデアルは素イデアルになります。(証明は後述)

逆に極大イデアルにならない素イデアルの例もあります。

A=C[x,y]A = \mathbb{C}[x,y] とする。

x\langle x \rangleC[x,y]\mathbb{C}[x,y] の素イデアルである。

しかし xx,y\langle x \rangle \subset \langle x,y \rangle であるため極大イデアルではない。

極大イデアルの剰余環の条件

極大イデアルによる剰余環は重要な性質を持ちます。

定義

AA のイデアル II に対して次の2条件は同値である。

  • II は極大イデアルである。
  • A/IA/I は体である。

体の基礎用語~拡大体と拡大次数

証明

II が極大 \Rightarrow A/IA/I が体

x+I(0A/I)x + I (\neq 0_{A/I}) に逆元があることを示す。

特に代表元 xxII に含まれないものとして考えてよい。

イデアル II'{ax+bma,bA,mI} \{ ax+bm \mid a,b \in A, m \in I \} により定める。(実際にイデアルであることの確認は省く)

定義より II'II を真に含むイデアルなので AA そのものである。つまり 1AI1_A \in I' である。

よって,ある a,bA,mIa,b \in A, m \in I が存在して ax+ym=1Aax+ym = 1_A である。これより (a+I)(x+I)=1A+I=1A/I (a+I)(x+I) = 1_A + I = 1_{A/I} である。こうして任意の零ではない元 x+Ix+I は積について逆元を持つため A/IA/I は体である。

II が極大 \Leftarrow A/IA/I が体

II を真に含むイデアル II' を任意に取る。

xI\Ix \in I' \backslash I を任意に取る。x+IA/Ix + I \in A/I は零ではない元であるため,積についての逆元 y+Iy + I が存在する。 xy+I=(x+I)(y+I)=1A+I\begin{aligned} xy+I &= (x+I)(y+I)\\ &= 1_A + I \end{aligned} であるため xy1AIxy-1_A \in I を得る。

xIx \in I'III \subset I' より 1AI1_A \in I' を得る。よって I=AI' = A であるため II は極大イデアルである。

A=ZA = \mathbb{Z}m=pZ\mathfrak{m} = p\mathbb{Z} のとき A/m=Z/pZ=FpA/\mathfrak{m} = \mathbb{Z}/p\mathbb{Z} = \mathbb{F}_p である。

A=C[x]A = \mathbb{C}[x]m=x\mathfrak{m} = \langle x \rangle のとき A/I=CA/I = \mathbb{C} である。

極大イデアルは素イデアルである

定理より次が従います。

定理

極大イデアルは素イデアルである。

証明

m\mathfrak{m} を極大イデアルとする。このとき A/mA/ \mathfrak{m} は体である。体は整域であるため m\mathfrak{m} は素イデアルである。

素イデアルの集合

環のスペクトル

定義

AA の素イデアルの集合を Spec A\mathrm{Spec} \ A で表す。これをAA のスペクトルという。

Spec Z={pZp は素数}\mathrm{Spec} \ \mathbb{Z} = \{ p \mathbb{Z} \mid p \ \text{は素数} \} である。

Spec C[x]={ff は既約多項式}\mathrm{Spec} \ \mathbb{C} [x] = \{ \langle f \rangle \mid f\ \text{は既約多項式} \} である。特に C[x]\mathbb{C} [x] の既約多項式は xα (αC)x - \alpha \ (\alpha \in \mathbb{C}) と表されるため, Spec C[x]={xααC} \mathrm{Spec} \ \mathbb{C} [x] = \{ \langle x- \alpha \rangle \mid \alpha \in \mathbb{C} \} と表される。

定理

II を環 AA のイデアルとする。

V(I)={pSpec AIp} V(I) = \{ \mathfrak{p} \in \mathrm{Spec} \ A \mid I \subset \mathfrak{p} \} と定める。{V(I)}\{ V(I) \}Spec A\mathrm{Spec} \ A の閉集合系を定める。

証明は 位相空間論への第一歩~開集合・閉集合について例8ご覧ください。

xα\langle x-\alpha \rangleα\alpha を同一視することで,位相空間 Spec C[x]\mathrm{Spec}\ \mathbb{C}[x]C\mathbb{C} と見なすことができる。この場合,VV により定まる位相は,通常考える C\mathbb{C} の位相よりも弱い。

準同型から得られる Spec 間の写像

定理

ϕ:AB\phi : A \to B を環準同型とする。q\mathfrak{q}BB の素イデアルとする。このとき ϕ1(q)={xAϕ(x)q} \phi^{-1} (\mathfrak{q}) = \{ x \in A \mid \phi (x) \in \mathfrak{q} \} AA の素イデアルである。

証明

x,yAx,y \in Axyϕ1(q)xy \in \phi^{-1} (\mathfrak{q}) とする。

定義より ϕ(xy)q\phi (xy) \in \mathfrak{q} である。

ϕ\phi は準同型であるため ϕ(x)ϕ(y)=ϕ(xy)q\phi (x) \phi (y) = \phi (xy) \in \mathfrak{q} である。q\mathfrak{q} は素イデアルであるため ϕ(x)\phi (x)ϕ(y)\phi (y)q\mathfrak{q} の元である。

よって xxyyϕ1(q)\phi^{-1} (\mathfrak{q}) に含まれる。こうして ϕ1(q)\phi^{-1} (\mathfrak{q}) は素イデアルである。

上の定理より写像 ϕ:Spec BSpec A\phi^{\ast} : \mathrm{Spec} \ B \to \mathrm{Spec} \ A が誘導されます。特にこれは連続写像になります。

剰余環の Spec

定理

AA を環,II をイデアルとする。

p\mathfrak{p}II を含む AA の素イデアルとする。このとき p/I\mathfrak{p}/IA/IA/I の素イデアルである。逆に A/IA/I の素イデアルは II を含む素イデアル p\mathfrak{p} により p/I\mathfrak{p}/I と表される。

つまり,Spec A/I\mathrm{Spec} \ A/IV(I)V(I) と同一視できる。

証明
  1. p/I\mathfrak{p}/IA/IA/I の素イデアルであること

同型定理より (A/I)/(p/I)A/p(A/I)/(\mathfrak{p}/I) \simeq A/\mathfrak{p} である。p\mathfrak{p}AA の素イデアルであるため A/pA/\mathfrak{p} は整域である。

よって (A/I)/(p/I)A/p(A/I)/(\mathfrak{p}/I) \simeq A/\mathfrak{p} は整域である。ゆえに p/I\mathfrak{p}/IA/IA/I の素イデアルである。

  1. A/IA/I の素イデアルが p/I\mathfrak{p}/I の形で書けること

対応定理 (環の基礎用語~剰余環・準同型定理~) より,A/IA/I のイデアルは II を含む AA のイデアル JJ により J/IJ/I と表される。

同型定理より (A/I)/(J/I)A/J(A/I)/(J/I) \simeq A/J である。J/IJ/I が素イデアルになるためには A/JA/J が整域であることが必要十分である。これは JJAA の素イデアルであることと同値である。

こうして命題が従う。

今後の展望

ここまでは mod を考える剰余環を考えてきました。次回は実際に環を「分数」にする局所化を取り扱います。

Z\mathbb{Z} の場合,素イデアルと極大イデアルは一致します。Z\mathbb{Z} に潜む環論的性質についてはまた別の機会に。