体の基礎用語~拡大体と拡大次数

足し算・引き算・掛け算・割り算ができるような代数系を体(たい)という。

和と積が計算できる対象のことをというのでした。

この記事では,実数や複素数のように,商も計算できる対象「」について解説します。

定義

体とは大雑把に言うと「割り算が計算できる環」です。つまり「逆数が存在する環」です。もう少し厳密に定義します。

定義(可逆元)

RR の元 xx可逆元であるとは,乗法についての逆元 x1x^{-1}(すなわち x1x=xx1=1x^{-1} x = x x^{-1} = 1 となる元)が存在することを意味する。

  • Z\mathbb{Z} の可逆元は ±1\pm 1 のみです。
  • Q\mathbb{Q}00 以外の全ての元が可逆元です。
  • Z(2)={m+n2m,nZ}\mathbb{Z} (\sqrt{2}) = \{ m + n\sqrt{2} \mid m,n \in \mathbb{Z} \} の可逆元は (1±2)n(1 \pm \sqrt{2})^n と表される元となります。
    実際 (1+2)n(21)n=(21)n=1(1+\sqrt{2})^n (\sqrt{2}-1)^n = (2 - 1)^n = 1 となります。
定義(体)

FF が次の2つの条件を満たすとき,と呼ぶ。

  • FF は環である。
  • FF00 を除く全ての元が可逆元である。

具体例

身近な例

体として身近なものに 有理数実数複素数 があります。それぞれ Q\mathbb{Q}R\mathbb{R}C\mathbb{C} と表記します。

Q\mathbb{Q}2\sqrt{2} を添加した体:M={p+q2p,qQ}M = \{ p+q\sqrt{2} \mid p,q \in \mathbb{Q} \} もまた体になります。

割り算できることの確認

MM00 でない元 p+q2p+q\sqrt{2} の逆元を探してみましょう。

1p+q2\dfrac{1}{p+q\sqrt{2}} を有理化すると pq2p2+2q2\dfrac{p - q\sqrt{2}}{p^2+2q^2} となります。

pp2+2q2,qp2+2q2Q\dfrac{p}{p^2+2q^2} , \dfrac{q}{p^2+2q^2} \in \mathbb{Q} なのでこれは MM の元です。

商体

(整域である)環 RR について {mnm,nR,n0}\left\{ \dfrac{m}{n} \mid m,n \in R , n \neq 0 \right\} によって定まる集合は体になります。これをRR の商体といいます。

Q\mathbb{Q}Z\mathbb{Z} の商体です。

整域とは

RR の元 x,yx,y に対して xy=0xy = 0 であれば,xxyy00 となるとき,RR を整域といいます。

Z\mathbb{Z} は整域です。一方,Z/6Z\mathbb{Z} / 6\mathbb{Z}2×3=02 \times 3 = 0 なので整域ではありません。

有理式の集合

多項式の集合は環を成します。→ 環の定義とその具体例

実数変数の多項式環を R[x]\mathbb{R} [x] と書くのでした。

R(x)\mathbb{R} (x) を有理式の集合,すなわち R(x)={f(x)g(x)f,gR[x],g0} \mathbb{R} (x) = \left\{ \dfrac{f(x)}{g(x)} \mid f,g \in \mathbb{R} [x] , g \neq 0 \right\} を表します。

これは多項式環の商体です。

非可換体

環と同様に非可換な体を考えることができます。斜体ということもあります。

有限体

元の個数が有限である体を有限体といいます。

特に重要なものとして,元の個数が素数 pp である Fp\mathbb{F}_p があります。

Fp\mathbb{F}_p での演算は,mod\mathrm{mod} での演算となります。→ 合同式(mod)の意味とよく使う6つの性質

より詳しくは 有限体(ガロア体)の基本的な話 も参照してください。

拡大体と拡大次数

以下,この記事では可換体について考えます。可換体に対する部分体・拡大体・拡大次数について説明します。

拡大体

可換体においては,拡大体の考えが重要です。

定義(拡大体・部分体)

LL の部分集合 KK が次の条件を満たすとき,KKLL の部分体 という。

  1. KKLL の加法・乗法で体となる。
  2. KKLL の乗法の単位元を含む。

また,このとき LLKK の拡大体 といい L/KL / K と書く。

MMKK の拡大体であり,LL の部分体であるとき,MML/KL/K の中間体 という。

例えば R\mathbb{R}Q\mathbb{Q} の拡大体であり,さきほど登場した M={p+q2p,qQ}M = \{ p+q\sqrt{2} \mid p,q \in \mathbb{Q} \} は,R/Q\mathbb{R} / \mathbb{Q} の中間体です。

中間体のなかでも特に重要なものが「元を添加した体」です。

定義(添加した体)

LL を体 KK の拡大体とする。

L\KL \backslash K の部分集合 AA に対して,AA を含む最小の中間体AA を添加した体 といい,K(A)K(A) と表す。

AA が有限集合 {α1,,αn}\{ \alpha_1 , \cdots , \alpha_n \} であるとき,単に K(α1,,αn)K (\alpha_1 , \cdots , \alpha_n) と書く。

例えば,M={p+q2p,qQ}M = \{ p+q\sqrt{2} \mid p,q \in \mathbb{Q} \}Q\mathbb{Q}2\sqrt{2} を添加した体 Q(2)\mathbb{Q} (\sqrt{2}) です。なぜなら,

  • MMQ\mathbb{Q} の拡大体で R\mathbb{R} の部分体です。つまり,2\sqrt{2} を含む中間体です。
  • また,MM2\sqrt{2} を含む中間体の中で最小です(p+q2p+q\sqrt{2} という形のすべての元を入れないと 2\sqrt{2} を含む体にはならない)。

では Q\mathbb{Q}23\sqrt[3]{2} を添加した体 Q(23)\mathbb{Q} (\sqrt[3]{2}) はどのようになるのでしょうか。

Q(2)\mathbb{Q} (\sqrt{2}) と同様に Q(23)={p+q23p,qQ}\mathbb{Q} (\sqrt[3]{2}) = \{ p+q\sqrt[3]{2} \mid p,q \in \mathbb{Q}\} となりそうですが,実は不十分です。(23)2=43(\sqrt[3]{2})^2 = \sqrt[3]{4} という元も含める必要があります。

実は, Q(23)={p+q23+r43p,q,rQ} \mathbb{Q} (\sqrt[3]{2}) = \{ p + q \sqrt[3]{2} + r \sqrt[3]{4} \mid p,q,r \in \mathbb{Q} \} となります。

拡大次数

定義(拡大次数)

拡大体 L/KL/K に対して 拡大次数 とは,LLKKベクトル空間 と見たときの次元を指す。

これを [L:K][L:K] で表す。

例:実数と複素数

C\mathbb{C}R\mathbb{R} の拡大体です。

C={x+yix,yR}\mathbb{C} = \{ x+yi \mid x,y \in \mathbb{R} \} であることから,C\mathbb{C}2次元実ベクトル空間です。

つまり [C:R]=2[\mathbb{C}:\mathbb{R}] = 2 です。

例:有理数と添加した体

先ほど紹介したように

  • Q(2)\mathbb{Q} (\sqrt{2})Q\mathbb{Q} の拡大体です。また [Q(2):Q]=2[\mathbb{Q}(\sqrt{2}) : \mathbb{Q}] = 2 です。

  • Q(23)={p+q23+r43p,q,rQ}\mathbb{Q} (\sqrt[3]{2}) = \{ p + q \sqrt[3]{2} + r \sqrt[3]{4} \mid p,q,r \in \mathbb{Q} \} より,[Q(23):Q]=3[\mathbb{Q} (\sqrt[3]{2}) : \mathbb{Q}] = 3 です。

有限次拡大と無限次拡大

拡大次数が有限である拡大を 有限次拡大\infty である拡大を 無限次拡大 といいます。

これまで紹介してきた拡大はどれも有限次拡大でした。

例:無限次拡大

Q\mathbb{Q}R\mathbb{R} に拡大することを考えます。

任意の素数 pp について pR\Q\sqrt{p} \in \mathbb{R} \backslash \mathbb{Q} です。

Q\mathbb{Q}p\sqrt{p} をすべて添加しても R\mathbb{R} にはなりません。(23\sqrt[3]{2} などが溢れます)

このことから Q(2,3,)R\mathbb{Q} (\sqrt{2} , \sqrt{3}, \cdots) \subset \mathbb{R} です。

Q(2,3,)\mathbb{Q} (\sqrt{2} , \sqrt{3}, \cdots)Q\mathbb{Q} の無限次拡大です。これを含む R\mathbb{R} もまた Q\mathbb{Q} の無限次拡大です。

拡大次数の応用

拡大次数は作図問題で活躍します。

定理

α\alpha を実数とする。

α\alpha は作図可能数     \iff 拡大体 Q(α)\mathbb{Q} (\alpha) について,拡大次数 [Q(α),Q][\mathbb{Q} (\alpha) , \mathbb{Q}] が2のべき乗になる

詳しくは ギリシアの三大作図問題 を読んでみてください。

拡大にも様々な種類があります。例えば, R\mathbb{R} から C\mathbb{C} に拡大するとき,代数閉体になります。代数閉になる拡大は1つの重要な拡大です。