リー環入門~線型リー環・リー群との関係
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(複素)線型空間 がリー環(リー代数)であるとは,次の3条件を満たす が定義されることをいう。
- は双線型である。つまり , に対して が成り立つ。
- 任意の に対して が成り立つ。(交代律)
- 任意の に対して が成り立つ。(ヤコビ恒等式)
また,この括弧積をリー括弧積という。
この記事ではリー環の定義や例を紹介します。
リー環は表現論の他に量子力学などでも登場する重要な概念です。
係数体の補足
この記事では線型空間というと複素ベクトル空間を指すことにします。
もちろん実線型空間でもリー環を定めることはできます。そのような場合も多いため,実リー環/複素リー環というように係数体を明記して表現する場合もあります。
線型リー環
線型リー環
リー環の例として線型リー環を紹介します。 線型リー環は行列の形で書かれるリー環のことを指します。
非常に基本的なリー環で,リー環論の理論構築の中心にあるといっても過言ではありません。
~行列全体の集合
行列 は,リー括弧積を と定めることによりリー環になる。
は(リー群との関係から)しばしば と表すこともある。
-
双線型
, について である。2行目からこれらは と一致する。 -
交代律
とする。 -
ヤコビ恒等式 とする。
※ 係数体が ではなくとも同じ計算ができる。
はリー理論の中心的存在です。
は によりリー環になる。
例えば は を基底とする3次元線型空間です。括弧積の関係は となります。
その他行列のリー環
以下に示す例は全て をリー括弧積とするリー環になります。どれも数学・物理の各分野で登場する重要なリー環です。
は線型リー環である。
このような行列のことを歪対称行列といいます。
括弧積について閉じていることを確認すれば,残りの確認は と同じようにすればよい。 であることに注意して, と計算される。
は線型リー環である。
証明は同様にできます。
ハイゼンベルク代数
を基底とする3次元ベクトル空間で,リー括弧積が となるものをハイゼンベルク代数という。
と実現することができる。
線型リー群に付随する線型リー環
線型リー群に付随する線型リー環
リー群とリー環は非常に近い概念です。
線型リー群 のリー環 を と定める。これは によりリー環になる。
例
これまで紹介してきた線型リー環は,リー群入門~定義と線型リー群の例 に現れる種々の線型リー群に対応します。
を任意にとる。このとき,任意の について である。
前述の通り である。十分小さい で は全単射を与えることが知られている。(証明略)
よって, である。一方 より, である。
を任意にとる。このとき,任意の について である。よって, である。
よって, である。
を任意に取る。このとき,任意の について である。特に が成立する。
指数関数の成立から となる。よって である。辺々を で微分すると つまり, である。辺々に を代入して を得る。
と の次元をそれぞれ計算する。
一般にリー群 の次元と付随するりー環 の次元は一致することに注意すると, と計算される。
を仮定する。
このとき,ある が取れる。 特に であるため, である。
ゆえに であるが,これは矛盾である。
前段の と合わせて である。
後半,「次元が同じ部分空間は元のベクトル空間と一致する」ということを示しています。これは一般的なベクトル空間でも成り立つ議論です。
証明は のときと同様にできます。
リー環に関する諸定義
リー環に関する諸定義
部分リー環
リー環 の部分線型空間 が を満たすとき,部分リー環であるという。
※ について, は と定めている。
は の部分リー環である。
リー環の直和
リー環 について はリー環になる。
実際,リー括弧積を と定めるとよい。
リー環のイデアル
リー環は厳密には環ではありませんが,イデアルを似たように定義できます。
リー環 の部分線型空間 が を満たすとき,イデアルであるという。
( の和の単位元からなる集合)はイデアルになる。
はイデアルになる。
リー環 に対して,中心を と定める。
より,これはイデアルになる。
リー環 に対して,導来イデアルを と定める。
これはイデアルになる。
例えば である。
証明
をリー環, をそのイデアルとしたとき, はリー環になる。これを 商リー環 という。
について,括弧積を と定めると, にはリー環の構造が入る。
リー環の準同型
リー環の間の線型写像で,リー括弧を保つものを準同型といいます。
リー環 の間の線型写像 が を満たすとき, をリー環の準同型という。
を で定める。
これはリー環の準同型になる。
次回予告
次回予告
次回はリー環の随伴表現を紹介します。これはリー環論で非常に本質的な道具です。
様々なリー環を計算してみましょう。