リーマン球面と無限遠点

リーマン球面

リーマン球面とは,複素平面 C\mathbb{C} に無限遠点 \infty を追加したものである。リーマン球面を C^,C\hat{\mathbb{C}} , \overline{\mathbb{C}} などと書く。

リーマン球面とは,複素数に一点を追加することでより便利に複素数を扱えるようにした集合です。

無限遠点

無限遠点については 射影平面の3通りの定義 も参考にしてください。

無限遠点の演算

limz01z=\displaystyle \lim_{z \to 0} \dfrac{1}{z} = \infty であったことを思い出しましょう。ここで登場した \infty発散することを意味する記号でした。

リーマン球面では,\infty を数の1つと解釈し,次のように足し算・掛け算・割り算を定めます。

無限遠点の演算
  • a+=+a=a+ \infty = \infty + a = \inftyaa は任意の複素数)
  • a=a=a \cdot \infty = \infty \cdot a = \inftya0a \neq 0
  • a/0=a/0 = \inftya0a \neq 0
  • a/=0a/\infty = 0aa \neq \infty

無限遠点の近傍

この後,特異点や留数の概念を無限遠点まで拡張するため,無限遠点の近傍を導入します。

通常の複素数の近傍 Δ(a,R)\Delta (a,R){zza<R}\{z \mid |z-a| < R\} と定義されました。無限遠点に対しても同様に考えましょう。複素数 zz\infty に十分近いとは,zz が十分に大きいことだと解釈します:

Δ(,R)={zCz>R}{}=C^\Δ(0,R)\begin{aligned} \Delta (\infty ,R) &= \{z \in \mathbb{C} \mid |z| > R\} \cup \{ \infty \}\\ &= \hat{\mathbb{C}} \backslash \overline{\Delta (0,R)} \end{aligned}

なお,近傍の境界 Δ(,R)\partial \Delta (\infty ,R){zCz=R}\{z \in \mathbb{C} \mid |z| = R\} であるため,Δ(0,R)\partial \Delta (0,R) と一致します。ただし,複素積分の経路を考えるとき,向きは Δ(0,R)\Delta (0,R) と逆向きになります。

球面としての解釈

リーマン球面(複素平面+無限遠点)がなぜ球面と呼ばれるのか説明します。

xyzxyz 空間内に中心 (0,0,0)(0,0,0),半径 11 の球面を用意しましょう。

北極にあたる点 N(0,0,1)\mathrm{N} (0,0,1) をとります。

球面上の点 P(N)\mathrm{P} (\neq \mathrm{N}) を任意にとり,P\mathrm{P}N\mathrm{N} を結ぶ直線 \ell をとります。\ellxyxy 平面の交点を Q\mathrm{Q} とします。

xyxy 平面を複素平面とみなすことで,N\mathrm{N} を除く)球面上の点 PP と複素平面上の点 QQ が1対1に対応します。N\mathrm{N} を無限遠点に対応させることで,「複素平面+無限遠点」が「球面」に対応します。

リーマン球面

数式で対応を見る

数式を用いて球面と複素平面の対応を見てみましょう。

計算

P(x,y,z)\mathrm{P} (x,y,z) とおく。

z=0z=0 のときは,P=Q\mathrm{P} = \mathrm{Q} である。

z>0z > 0 のとき,P(x,y,1x2y2)\mathrm{P} (x,y,\sqrt{1-x^2-y^2}) とおける。

NPundefined=(x,y,1x2y21) \overrightarrow{\mathrm{NP}} = (x,y,\sqrt{1-x^2-y^2}-1)

N,P,Q\mathrm{N},\mathrm{P},\mathrm{Q} は同一直線上にあるため,kRk \in \mathbb{R} が存在して NQundefined=kNPundefined\overrightarrow{\mathrm{NQ}} = k\overrightarrow{\mathrm{NP}} である。

OQundefined=ONundefined+NQundefined\overrightarrow{\mathrm{OQ}} = \overrightarrow{\mathrm{ON}} + \overrightarrow{\mathrm{NQ}} より OQundefined=(kx,ky,(1k)+k1x2y2) \overrightarrow{\mathrm{OQ}} = (kx,ky,(1-k) + k\sqrt{1-x^2-y^2}) である。Q\mathrm{Q}xyxy 平面上にあるため (1k)+k1x2y2=0(1-k) + k \sqrt{1-x^2-y^2} = 0 である。kk について解くと k=111x2y2 k = \dfrac{1}{1-\sqrt{1-x^2-y^2}} であるため, Q(x11x2y2,y11x2y2,0) \mathrm{Q} \left( \dfrac{x}{1-\sqrt{1-x^2-y^2}},\dfrac{y}{1-\sqrt{1-x^2-y^2}},0 \right) となる。また,このとき OQ>1\mathrm{OQ} > 1 となる。

z<0z < 0 のとき,P(x,y,1x2y2)\mathrm{P} (x,y,-\sqrt{1-x^2-y^2}) であり同様に計算をすると Q(x1+1x2y2,y1+1x2y2,0) \mathrm{Q} \left( \dfrac{x}{1+\sqrt{1-x^2-y^2}},\dfrac{y}{1+\sqrt{1-x^2-y^2}},0 \right) が得られる。このとき OQ<1\mathrm{OQ} < 1 となる。

無限遠点における関数の計算

無限遠点における関数の計算を考えます。f()f(\infty) をどのように定義すればよいでしょうか?

w:C^C^w : \hat{\mathbb{C}} \to \hat{\mathbb{C}}w(z)=1zw (z) = \dfrac{1}{z} と定義しましょう。このとき 00\infty に,\infty00 に移されます。先ほどの球面の図を思い出すと,球全体を逆さまにすることに対応します。また逆さまの写像全単射を与えます。

以上を参考に,f()f(\infty) は以下のように定めます。

無限遠点での値

zz 変数の複素関数 ff に対して,f()f(\infty)f(1/w)w=0f(1/w) |_{w=0} と定める。

無限遠点における微分

ff における無限遠点での微分係数は f(1/w)f(1/w) における 00 での微分係数として表されます。具体的には ddzf(z)z==ddzf(1w)w=0=dwdzddwf(1w)w=0=w2ddwf(1w)w=0\begin{aligned} \left.\dfrac{d}{dz} f(z) \right|_{z=\infty} &= \left. \dfrac{d}{dz} f \left( \dfrac{1}{w} \right) \right|_{w=0}\\ &= \left. \dfrac{dw}{dz} \dfrac{d}{dw} f \left( \dfrac{1}{w} \right) \right|_{w=0}\\ &= \left. -w^2 \dfrac{d}{dw} f \left( \dfrac{1}{w} \right) \right|_{w=0}\\ \end{aligned} と計算されます。

なお,途中で dwdz=ddz1z=1z2=w2\dfrac{dw}{dz} = \dfrac{d}{dz} \dfrac{1}{z} = -\dfrac{1}{z^2} = -w^2 と計算しました。

例題

いくつか例を計算してみましょう。

例題

次の関数の z=z=\infty での値と微分係数を求めよ。

  1. f(z)=z2+12z2zf(z) = \dfrac{z^2+1}{2z^2-z}
  2. g(z)=e1zg(z) = e^{\frac{1}{z}}

1

まずは値の計算です。 f()=f(1w)w=0=1w2+12w21ww=0=1+w22ww=0=12\begin{aligned} f(\infty) &= \left. f \left( \dfrac{1}{w} \right) \right|_{w=0}\\ &= \left. \dfrac{\frac{1}{w^2} + 1}{\frac{2}{w^2} - \frac{1}{w}} \right|_{w = 0}\\ &= \left. \dfrac{1 + w^2}{2-w} \right|_{w = 0}\\ &= \dfrac{1}{2} \end{aligned}

次に微分係数を計算しましょう。 ddwf(1w)=ddw1+w22w=1+4ww2(2w)2f()=w2ddwf(1w)w=0=w21+4ww2(2w)2w=0=0\begin{aligned} \dfrac{d}{dw} f \left( \dfrac{1}{w} \right) &= \dfrac{d}{dw} \dfrac{1 + w^2}{2-w}\\ &= \dfrac{1+4w-w^2}{(2-w)^2}\\ f'(\infty) &= \left. -w^2 \dfrac{d}{dw} f \left( \dfrac{1}{w} \right) \right|_{w=0}\\ &= \left. -w^2 \dfrac{1+4w-w^2}{(2-w)^2} \right|_{w=0}\\ &= 0 \end{aligned}

2

同様に計算をします。

g()=g(1w)w=0=eww=0=1g()=w2ddwg(1w)w=0=w2eww=0=0\begin{aligned} g(\infty) &= g\left(\dfrac{1}{w}\right) |_{w = 0}\\ &= e^{w}|_{w = 0}\\ &= 1\\ g' (\infty) &= \left. -w^2 \dfrac{d}{dw} g \left( \dfrac{1}{w} \right) \right|_{w=0}\\ &= -w^2 e^w |_{w=0}\\ &= 0 \end{aligned}

無限遠点における留数

無限遠点におけるローラン展開

無限遠点の近傍での ローラン展開 を考えます。

無限遠点の近傍で正則な関数 f(z)f(z) に対して,f(1/w)f(1/w)w=0w=0 の近傍で正則な関数となります。

簡単のため g(w)=f(1/w)g(w) = f(1/w) とおきます。g(w)g(w)w=0w=0 近傍のローラン展開は(適切に正数 rr を与えることで) g(w)=n=anwnan=12πiΔ(0,r)g(w)wn+1dw\begin{aligned} g(w) &= \sum_{n=-\infty}^{\infty} a_n w^n\\ a_n &= \dfrac{1}{2 \pi i} \oint_{\partial \Delta (0,r)} \dfrac{g(w)}{w^{n+1}} dw\\ \end{aligned} で与えられるのでした。

ここで w1/zw \to 1/z とすることで ff の無限遠点近傍でのローラン展開が定まります。

係数の計算を zz 変数で行えるようにしましょう。

まず,変数を ww から zz に変換する上で積分経路がどのようになるのかを見ます。rr を十分小さく取ります(Δ(0,r)\Delta (0,r) 内の特異点が 00 のみになるように取ります)。

Δ(0,r)\Delta (0,r) 上で w=reitw = r e^{it} と置くと,z=1reitz = \dfrac{1}{r} e^{-it} となります。よって変数変換後の積分経路は (0,1/r)-\partial (0,1/r) と考えることができます。以下 R=1/rR=1/r とおきます。

an=12πiΔ(0,r)g(w)wn+1dw=12πiΔ(0,R)f(z)zn1dzz2=12πiΔ(0,R)f(z)zn+1dz\begin{aligned} a_n &= \dfrac{1}{2 \pi i} \oint_{\partial \Delta (0,r)} \dfrac{g(w)}{w^{n+1}} dw\\ &= \dfrac{1}{2 \pi i} \oint_{-\partial \Delta (0,R)} \dfrac{f(z)}{z^{-n-1}} \dfrac{-dz}{z^2}\\ &= \dfrac{1}{2 \pi i} \oint_{\partial \Delta (0,R)} \dfrac{f(z)}{z^{-n+1}} dz \end{aligned}

こうして無限遠点でのローラン展開の級数公式が得られました。

無限遠点における留数

ローラン展開が与えられたため,留数を求めることもできます。既に得た公式から a1=12πiΔ(0,R)f(z)dz a_{-1} = \dfrac{1}{2 \pi i} \oint_{\partial \Delta (0,R)} f(z) dz が得られます。\infty の近傍 Δ(,R)\Delta (\infty , R) の向きは,無限遠点から見て左回りであるため,原点から見て右回りとなります。よって積分経路としては Δ(0,)=Δ(0,R)\Delta (0,\infty) = - \Delta (0,R) となります。ゆえに Res  (,f)=12πiΔ(,R)f(z)  dz=12πiΔ(0,R)f(z)dz=a1\begin{aligned} \mathrm{Res} \; (\infty , f) &= \dfrac{1}{2 \pi i} \oint_{\partial \Delta (\infty , R)} f(z) \; dz\\ &= - \dfrac{1}{2 \pi i} \oint_{\partial \Delta (0,R)} f(z) dz\\ &= - a_{-1} \end{aligned} が得られます。

留数定理の帰結として次の定理が成り立ちます。

定理

C\mathbb{C} から有限個の点 a1,a2,,ana_1 , a_2 , \cdots , a_n を取り除いた領域で正則な関数 ff に対して i=1nRes  (f,ai)+Res  (f,)=0 \sum_{i=1}^n \mathrm{Res} \; (f,a_i) + \mathrm{Res} \; (f,\infty) = 0 となる。

証明

Δ(0,R)\Delta (0,R)a1,a2,,ana_1 , a_2 , \cdots , a_n を全て含むように RR を取る。このとき留数定理から 12πiΔ(0,R)f(z)dz=i=1nRes  (f,ai) \dfrac{1}{2 \pi i} \oint_{\partial \Delta (0,R)} f(z) dz = \sum_{i=1}^n \mathrm{Res} \; (f,a_i) である。一方 Res  (,f)=12πiΔ(0,R)f(z)dz \mathrm{Res} \; (\infty , f) = -\dfrac{1}{2 \pi i} \oint_{\partial \Delta (0,R)} f(z) dz であった。これらを合わせて主張を得る。

上記の定理から全ての特異点にわたって留数を足すと 00 になることがわかります。

位相空間論からの話題:一点コンパクト化

リーマン球面の考え方は一点コンパクト化というトピックに関連します。

有界な閉集合コンパクト集合です(コンパクト集合の定義は →コンパクト・点列コンパクトの意味を参照)。

複素平面全体は無限に広がっているため,コンパクトではありません

既に見た通り,リーマン球面は三次元単位球面と見なすことができます。三次元単位球面は,有界で閉なのでコンパクト集合となります

コンパクトではない複素平面無限遠点を追加することでコンパクト集合が得られるのです。

このようにコンパクトではない集合に一点を追加してコンパクト集合を得ることを一点コンパクト化といいます。無限に広がるものに一点追加することで有限のものとして解釈できることは非常に興味深いことです。

実積分を複素積分から見たほうが簡単に計算できるように,複素数も一段階広いリーマン球面から見つめることでシンプルに見えてくることが多いです。