行列の固有空間とその性質

定理

n×nn \times n 行列 AA に対して,固有値 λ\lambda の固有ベクトル全体(に 00 ベクトルを加えたもの)の集合はベクトル空間になる。これを λ\lambda に対する固有空間 という。

この記事では線型代数において極めて重要な概念である固有空間について解説します。

この記事では λ\lambda に対する固有空間を W(λ)W(\lambda) と書くことにします。

※ この記事ではベクトル空間というと,複素ベクトル空間であることにします。よく分からない人は,単に成分が複素数になると考えてもらってよいです。

ベクトル空間については ベクトル空間と次元 をご覧ください。

ベクトル空間になること

まずは実際に固有空間がベクトル空間になることを確認してみましょう。

証明
  • 和に閉じること
    v,wW(λ)v,w \in W(\lambda) とする。

A(v+w)=Av+Aw=λv+λw=λ(v+w)\begin{aligned} A(v+w) &= Av + Aw\\ &= \lambda v + \lambda w\\ &= \lambda (v+w) \end{aligned}

  • スカラー倍に閉じること
    vW(λ)v \in W(\lambda)cCc \in \mathbb{C} とする。 A(cv)=c(Av)=c(λv)=λ(cv)\begin{aligned} A (cv) &= c (Av)\\ &= c (\lambda v)\\ &= \lambda (cv) \end{aligned}

固有空間の例

次は実際に行列を決めてその固有空間を計算してみます。

A=(2134)A = \begin{pmatrix} 2&1\\3&4 \end{pmatrix} の固有空間を調べてみよう。

まず固有値を計算する。固有方程式(特性方程式)は 2t134t=t26t+5=0 \begin{vmatrix} 2-t&1\\ 3&4-t \end{vmatrix} = t^2 - 6t + 5 = 0 より固有値は 1,51,5 である。

  • 固有値 11 の固有空間

固有値 11 の固有ベクトルを求める。(xy)W(1)\begin{pmatrix} x\\y \end{pmatrix} \in W(1) とすると, {2x+y=x3x+4y=y \begin{cases} 2x+y=x\\ 3x+4y=y \end{cases} を満たす。よって (tt) (tC)\begin{pmatrix} t\\-t \end{pmatrix} \ (t \in \mathbb{C}) が固有ベクトルであり,固有空間は W(1)={(tt)tC} W(1) = \left\{ \begin{pmatrix} t\\ - t \end{pmatrix} \mid t \in \mathbb{C} \right\} である。

  • 固有値 55 の固有空間

同様に計算すると W(5)={(3tt)tC} W(5) = \left\{ \begin{pmatrix} 3t\\t \end{pmatrix} \mid t \in \mathbb{C} \right\} となる。

ここで次の事実に注目しましょう。

  • 2次元ベクトルは W(1)W(1)W(5)W(5) の元の和で表される。

例えば,(12)\begin{pmatrix} 1\\2 \end{pmatrix}(31)=(22)+(13) \begin{pmatrix} 3\\1 \end{pmatrix} = \begin{pmatrix} 2\\-2 \end{pmatrix} + \begin{pmatrix} 1\\3 \end{pmatrix} と表されます。

固有空間の性質

定理

正方行列 AA の固有値 λ1,λ2\lambda_1, \lambda_2λ1λ2\lambda_1 \neq \lambda_2 を満たすものとする。

このとき W(λ1)W(λ2)=0W(\lambda_1) \cap W(\lambda_2) = 0 である.

証明

vW(λ1)W(λ2)v \in W(\lambda_1) \cap W(\lambda_2) を取る。

このとき λ1v=Av=λ2v \lambda_1 v = Av = \lambda_2 v より (λ1λ2)v=0(\lambda_1 - \lambda_2) v = 0 である。今,λ1λ2\lambda_1 \neq \lambda_2 より v=0v = 0 を得る。

上の定理より固有空間の和は直和になることが分かります。

そうして固有空間すべての直和を取った W(λ1)W(λ2)W(λk) W(\lambda_1) \oplus W(\lambda_2) \oplus \cdots \oplus W(\lambda_k) が元の nn 次元ベクトル空間と一致するのはどのようなときなのでしょうか?

固有空間による分解

上の観察を一般化すると次の定理が得られます。

定理

AAn×nn \times n 行列とする。AA は対角化可能であるとする。(→ ※)

nn 次元ベクトルは,AA の固有空間の元の和で表される。またその表示は一意である。

AA の固有値を λ1,,λk\lambda_1 , \cdots, \lambda_k としたとき, Cn=W(λ1)W(λk) \mathbb{C}^n= W(\lambda_1) \oplus \cdots \oplus W(\lambda_k) と表現することもできる。

※ 対角化可能の条件は

  • 固有値がすべて異なる。
  • 最小多項式が重解を持たない。

などがあります。詳しくは 行列の対角化の意味と具体的な計算方法 をご覧ください。

固有空間による分解の例

例1

A=(121010200)A = \begin{pmatrix} 1&2&1\\0&1&0\\ 2&0&0 \end{pmatrix} の固有空間による分解を調べていく。

固有多項式を計算する。 1t2101t020t=(1t)2(t)2(1t)=(1t)(t2t2)=(1t)(t2)(t+1)\begin{aligned} &\begin{vmatrix} 1-t&2&1\\ 0&1-t&0\\ 2&0&-t \end{vmatrix}\\ &= (1-t)^2 (-t) - 2 (1-t)\\ &= (1-t) (t^2-t-2)\\ &= (1-t)(t-2)(t+1) \end{aligned} より固有値は 1,2,11,2,-1 である。

それぞれの固有空間を計算しよう。

  • W(1)W(1) {x+2y+z=xy=y2x=z \begin{cases} x+2y+z=x\\ y=y\\ 2x = z \end{cases} を解くことで W(1)={(tt2t)tC} W(1) = \left\{ \begin{pmatrix} t\\-t\\2t \end{pmatrix} \mid t \in \mathbb{C} \right\} を得る。

  • W(2)W(2) {x+2y+z=2xy=2y2x=2z \begin{cases} x+2y+z = 2x\\ y = 2y\\ 2x = 2z \end{cases} を解くことで W(2)={(t0t)tC} W(2) = \left\{ \begin{pmatrix} t\\0\\t \end{pmatrix} \mid t \in \mathbb{C} \right\} を得る。

  • W(1)W(-1) {x+2y+z=xy=y2x=z \begin{cases} x+2y+z = -x\\ y = -y\\ 2x = -z \end{cases} を解くことで W(1)={(t02t)tC} W(-1) = \left\{ \begin{pmatrix} t\\0\\-2t \end{pmatrix} \mid t \in \mathbb{C} \right\} を得る。

それでは実際に3次元ベクトルの分解を見よう。

(214)\begin{pmatrix} 2\\1\\4 \end{pmatrix}(214)=(112)+(404)+(102) \begin{pmatrix} 2\\1\\4 \end{pmatrix} = \begin{pmatrix} -1\\1\\-2 \end{pmatrix} + \begin{pmatrix} 4\\0\\4 \end{pmatrix} + \begin{pmatrix} -1\\0\\2 \end{pmatrix} と分解される。

今回の行列は固有値がすべて異なっていたため対角化可能です。よって,固有空間で分解することができたのです。

例2

次は固有値に重複がある場合を見てみましょう。

A=(226046011)A = \begin{pmatrix} 2&-2&6\\ 0&4&-6\\ 0&1&-1 \end{pmatrix} の固有空間による分解を調べていく。

固有方程式を計算する。

2t2604t6011t=(2t)(4t)(1t)+6(2t)=(2t){(4t)(1t)+6}=(2t)(t23t+2)=(2t)(2t)(1t)\begin{aligned} &\begin{vmatrix} 2-t &-2&6\\ 0&4-t&-6\\ 0&1&-1-t \end{vmatrix}\\ &= (2-t)(4-t)(-1-t)\\ &\qquad + 6 (2-t)\\ &= (2-t) \{ (4-t)(-1-t) + 6 \}\\ &= (2-t)(t^2-3t+2)\\ &= (2-t)(2-t)(1-t) \end{aligned} よって固有値は t=1,2t=1,2 である。

それぞれの固有値の固有空間を計算する。

  • W(1)W(1) {2x2y+6z=x4y6z=yyz=z \begin{cases} 2x-2y+6z = x\\ 4y-6z = y\\ y - z = z \end{cases} を解くと y=2zy=2zx=2zx=-2z を得るため W(1)={(2t2tt)tC} W(1) = \left\{ \begin{pmatrix} -2t\\2t\\t \end{pmatrix} \mid t \in \mathbb{C} \right\} となる。

  • W(2)W(2) {2x2y+6z=2x4y6z=2yyz=2z \begin{cases} 2x-2y+6z = 2x\\ 4y-6z = 2y\\ y - z = 2z \end{cases} を解くと y=3zy=3zxx は任意)を得るため W(2)={(s3tt)s,tC} W(2) = \left\{ \begin{pmatrix} s\\3t\\t \end{pmatrix} \mid s,t \in \mathbb{C} \right\} となる。

前と同じベクトル (214)\begin{pmatrix} 2\\1\\4 \end{pmatrix} の分解を見る。 (214)=(222211)+(24217) \begin{pmatrix} 2\\1\\4 \end{pmatrix} = \begin{pmatrix} -22\\22\\11 \end{pmatrix} + \begin{pmatrix} 24\\-21\\-7 \end{pmatrix} と分解される。

AA の最小多項式は (t1)(t2)(t-1)(t-2) です。

実際, A23A+2I=(226046011)23(226046011)+2I=(461801018035)3(226046011)+2I=O\begin{aligned} &A^2 - 3A + 2I\\ &= \begin{pmatrix} 2&-2&6\\ 0&4&-6\\ 0&1&-1 \end{pmatrix}^2 -3 \begin{pmatrix} 2&-2&6\\ 0&4&-6\\ 0&1&-1 \end{pmatrix} + 2I\\ &= \begin{pmatrix} 4&-6&18\\ 0&10&-18\\ 0&3&-5 \end{pmatrix} - 3 \begin{pmatrix} 2&-2&6\\ 0&4&-6\\ 0&1&-1 \end{pmatrix} + 2I\\ &= O \end{aligned} であり,最小多項式が1次でないことは明らかなので,これが最小多項式となります。

例3

最後に固有空間で分解できない例を見て終わりにします。

対角化可能ではない行列の場合は分解ができるとは限りません。

A=(101121110)A = \begin{pmatrix} 1&0&-1\\ 1&-2&1\\ 1&-1&0 \end{pmatrix} の固有空間を調べる。

固有方程式は 1t0112t111t=(1t)(2t)(t)(1t)1(1)+(1)1(1)(1)1(2t)=t3t2+2t+1t+12t=t3t2=t2(t+1)\begin{aligned} &\begin{vmatrix} 1-t & 0 & -1\\ 1 & -2-t & 1\\ 1 & -1 & -t \end{vmatrix}\\ &= (1-t)(-2-t)(-t) - (1-t) \cdot 1 \cdot (-1)\\ &\quad +(-1) \cdot 1 \cdot (-1) - (-1) \cdot 1 \cdot (-2-t)\\ &= -t^3 - t^2 + 2t + 1-t + 1 -2-t\\ &= -t^3 -t^2 \\ &= -t^2 (t+1) \end{aligned} であるため,固有値は 0,10,-1 である。

  • W(1)W(-1) {xz=xx2y+z=yxy=z \begin{cases} x-z = -x\\ x-2y+z=-y\\ x-y=-z \end{cases} を解くと z=2xz = 2xy=3xy = 3x より W(1)={(t3t2t)tC} W(1) = \left\{ \begin{pmatrix} t\\3t\\2t \end{pmatrix} \mid t \in \mathbb{C}\right\}

  • W(0)W(0) {xz=0x2y+z=0xy=0 \begin{cases} x-z = 0\\ x-2y+z=0\\ x-y=0 \end{cases} を解くと x=y=zx=y=z より W(0)={(ttt)tC} W(0) = \left\{ \begin{pmatrix} t\\t\\t \end{pmatrix} \mid t \in \mathbb{C} \right\} である。

よって W(1)W(0)C3W(-1) \oplus W(0) \subsetneq \mathbb{C}^3 であり,ベクトルの分解をすることはできない。

今回の場合,最小多項式は t2(t+1)t^2 (t+1) となり重解を含むため対角化ができず,固有空間による分解が出来なくなります。

最後の例も取り扱えるよう広義固有空間というものが定義されます。これは次回にしましょう。