多様体入門2~陰関数定理から定まる多様体

陰関数定理によって定まる多様体

F:RnRmF : \mathbb{R}^n \to \mathbb{R}^mCrC^r 級関数とする。Z(F)={xRnF(x)=0}Z(F) = \{ x \in \mathbb{R}^n \mid F(x) = \mathbf{0} \} とする。

任意の pZ(F)p \in Z(F) において rank (JF)p=m\mathrm{rank} \ (JF)_p = m であれば Z(F)Z(F)CrC^r 級可微分多様体である。

rank (JF)p=m\mathrm{rank} \ (JF)_p = m という条件は (JF)p:RnRm(JF)_p : \mathbb{R}^n \to \mathbb{R}^m が全射であると言い換えることができる。

陰関数定理によって(ヤコビアンが良いと) FF の零点が多様体になることが分かります。

この記事ではそうした多様体の例を紹介していきます。

正則値

今回の定理は「正則値」という言葉を使って表すこともできます。この言葉を使ったほうが議論が簡単に書けるので紹介します。

定義

F:ORmF : O \to \mathbb{R}^mOORn\mathbb{R}^n の開集合)を CrC^{r} 級写像とする。

  • xOx \in O臨界点であるとは,rank (JF)x<m\mathrm{rank} \ (JF)_{x} < m となることを指す。
  • yRmy \in \mathbb{R}^m臨界値であるとは,xF1(y)x \in F^{-1} (y) があって xx が臨界点となることを指す。
  • yRmy \in \mathbb{R}^m正則値であるとは,yy が臨界値ではないことを指す。

イメージ

F(x)=x33xF(x) = x^3-3x で考えてみましょう。

(JF)p=(3p23)(JF)_p = (3p^2-3) です。rank (JF)p<1\mathrm{rank} \ (JF)_p < 1,つまり rank (JF)p=0\mathrm{rank} \ (JF)_p = 0 となる ppp=±1p = \pm 1 です。

よって臨界点は ±1\pm 1 です。また臨界値は F(±1)=2F \left( \pm 1 \right) = \mp 2 となります。

seisoku

臨界値・正則値の例

例題

f:R2Rf : \mathbb{R}^2 \to \mathbb{R} を次のように定めるとき,それぞれの臨界値を求めよ。

  1. f(x,y)=xy+x2y+xy2f(x,y) = xy+x^2y+xy^2
  2. f(x,y)=x3+y33xyf(x,y) = x^3+y^3-3xy
  1. f(x,y)=xy+x2y+xy2f(x,y) = xy+x^2y+xy^2 の場合

ヤコビアンは (2xy+y+y22xy+x+x2) \begin{pmatrix} 2xy+y+y^2 & 2xy+x+x^2 \end{pmatrix} である。ランクが 00 になるのは {2xy+y+y2=02xy+x+x2=0 \begin{cases} 2xy+y+y^2 = 0\\ 2xy+x+x^2 = 0 \end{cases} となるときである。これを解くと (x,y)=(0,0),(1,0),(0,1),(13,13)(x,y) = (0,0),(-1,0),(0,-1), \left( -\dfrac{1}{3} , - \dfrac{1}{3} \right) が解である。

順に ff に代入することで 0,1270,\dfrac{1}{27} が臨界値だと分かる。

  1. f(x,y)=x3+y33xyf(x,y) = x^3+y^3-3xy の場合

ヤコビアンは (3x23y3y23x) \begin{pmatrix} 3x^2-3y & 3y^2-3x \end{pmatrix} である。ランクが 00 になるのは {3x23y=03y23x=0 \begin{cases} 3x^2-3y = 0\\ 3y^2-3x = 0 \end{cases} となるときである。これを解くと (x,y)=(0,0),(1,1)(x,y) = (0,0),(1,1) が解である。(実数解だけを考えればよい)よって 0,10,-1 が臨界値だと分かる。

正則値によって定まる多様体

FFyF \mapsto F - y と変換することで最初の定理のパターンに帰着できます。

定理

yyFF の正則値であるとき,F1(y)F^{-1} (y)CrC^r 級多様体になる。

以下,この定理を用いて多様体の例を見ていきましょう。

様々な多様体の例

定義や定理だけでは分かりにくいので,実際に例を確認してみましょう。

多項式によって定まる多様体

臨界値の例題から……

x3+y33xy=1x^3 + y^3 - 3xy = 1 は多様体になる。

x3+y33xy=0x^3 + y^3 - 3xy = 0 は多様体にならない。

多様体にならない方のグラフは下のようになります。

原点でグラフが交叉するため,そこでチャートを取ることができません。そのため多様体にはなれません。

pic2

他にも例

{x=y2xy+z=0\begin{cases} x=y^2\\ xy+z=0 \end{cases} により定義される図形は多様体になる。

証明

F(x,y,z)=(xy2,xy+z)F(x,y,z) = (x-y^2 , xy+z) とする。

(JF)(x,y,z)=(F1xF1yF1zF2xF2yF2z)=(12y0yz1)\begin{aligned} (JF)_{(x,y,z)} &= \begin{pmatrix} \dfrac{\partial F_1}{\partial x} & \dfrac{\partial F_1}{\partial y} & \dfrac{\partial F_1}{\partial z}\\ \dfrac{\partial F_2}{\partial x} & \dfrac{\partial F_2}{\partial y} & \dfrac{\partial F_2}{\partial z} \end{pmatrix}\\ &= \begin{pmatrix} 1 & - 2y & 0\\ y & z & 1 \end{pmatrix} \end{aligned}

任意の (x,y,z)(x,y,z) において rank (JF)(x,y,z)=2\mathrm{rank} \ (JF)_{(x,y,z)} = 2 となる。

よって,任意の (x,y,z)F1(0)(x,y,z) \in F^{-1} (0) は正則値であるため,F1(0)F^{-1} (0) は多様体になる。

特別な行列の集合が成す多様体

特殊線型群

特殊線型群

SLn(R)={AMn(R)detA=1} \mathrm{SL}_n (\mathbb{R}) = \{ A \in M_n (\mathbb{R}) \mid \det A = 1 \}

は多様体になる。

ヤコビアンの計算をどうやるのかがポイントです。

証明

Mn(R)M_n (\mathbb{R}) の座標を (xij)(x_{ij}) で表す。

A=(aij)A = (a_{ij}) と表記する。

xijdetA=ddtdet(a11a1ja1nai1aij+tainan1anjann)t=0=det(a110a1nai11ainan10ann)=Aの第(i,j)余因子行列式\begin{aligned} &\dfrac{\partial}{\partial x_{ij}} \det A\\ &= \left. \dfrac{d}{dt} \det \begin{pmatrix} a_{11} & \cdots & a_{1j} & \cdots & a_{1n}\\ \vdots & & \vdots & & \vdots\\ a_{i1} & \cdots & a_{ij}+t & \cdots & a_{in}\\ \vdots & & \vdots & & \vdots\\ a_{n1} & \cdots & a_{nj} & \cdots & a_{nn} \end{pmatrix} \right|_{t=0}\\ &= \det \begin{pmatrix} a_{11} & \cdots & 0 & \cdots & a_{1n}\\ \vdots & & \vdots & & \vdots\\ a_{i1} & \cdots & 1 & \cdots & a_{in}\\ \vdots & & \vdots & & \vdots\\ a_{n1} & \cdots & 0 & \cdots & a_{nn} \end{pmatrix}\\ &= A \text{の第} (i,j) \text{余因子行列式} \end{aligned} となる。

det\det のヤコビアン (Jdet)A(J \det)_A は,AA の第 (i,j)(i,j) 余因子行列式を並べたものになる。

今,ASLn(R)A \in \mathrm{SL}_n (\mathbb{R}) の行列式は 11 であるため,少なくとも1つの余因子行列は 00 にならない。

ゆえに rank (Jdet)M=1\mathrm{rank} \ (J\det)_M = 1 である。

det\det は多項式の形で表されるため CC^{\infty} 級である。

こうして SLn(R)\mathrm{SL}_n (\mathbb{R})CC^{\infty} 級多様体になる。

※ ちょっと分かりにくいですが,この場合のヤコビアンは (detx11detx12detxnn) \begin{pmatrix} \dfrac{\partial \det}{\partial x_{11}} & \dfrac{\partial \det}{\partial x_{12}} & \cdots & \dfrac{\partial \det}{\partial x_{nn}} \end{pmatrix} と横一列に 1×n21 \times n^2 行列になります。

直交群

直交群 O(n)={AMn(R)tAA=In} O(n) = \{ A \in M_n (\mathbb{R}) \mid {}^{t} A A = I_n \} は多様体になる。

証明

n×nn \times n 対称行列の集合を Symn(R)\mathrm{Sym}_n (\mathbb{R}) で表す。

F:Mn(R)Symn(R)F : M_n (\mathbb{R}) \to \mathrm{Sym}_n (\mathbb{R})F(A)=tAA F(A) = {}^t A A とする。(tA{}^t AAA の転置行列)ここで FFCC^{\infty} 級である。

O(n)=F1(In)O(n) = F^{-1} (I_n) となる。

ヤコビアン (JF)A:Mn(R)Symn(R)(JF)_A : M_n (\mathbb{R}) \to \mathrm{Sym}_n (\mathbb{R}) を計算する。 (JF)A(X)=ddtt(A+tX)(A+tX)t=0=tXA+tAX\begin{aligned} (JF)_A (X) &= \left. \dfrac{d}{dt} {}^t (A+tX) (A+tX) \right|_{t = 0}\\ &= {}^t X A + {}^t A X \end{aligned}

InSymn(R)I_n \in \mathrm{Sym}_n (\mathbb{R}) は正則値であることを示す。

AF1(In)A \in F^{-1} (I_n) に対して (JF)A(JF)_A が全射であることを示せばよい。

YSymn(R)Y \in \mathrm{Sym}_n (\mathbb{R}) を任意に取る。ここで X=12AYX = \dfrac{1}{2} AY とすると (JF)A(X)=12tYtAA+12tAAY=12tY+12Y=Y\begin{aligned} (JF)_A (X) &= \dfrac{1}{2} {}^t Y {}^t AA + \dfrac{1}{2} {}^t A A Y\\ &= \dfrac{1}{2} {}^t Y + \dfrac{1}{2} Y\\ &= Y \end{aligned} となるため,(JF)A(JF)_A は全射である。

こうして InI_n は正則値であることが分かった。

よって O(n)O(n)CC^{\infty} 級多様体となる。

ヤコビアンが全射であることをダイレクトに示す方法で確認しました。方法として覚えておいて損はないです。

多様体の次元

定理

F:RnRmF : \mathbb{R}^n \to \mathbb{R}^mCrC^r 級関数,yy を正則値とする。

このとき,F1(y)F^{-1} (y) の次元は nmn-m である。

特殊線型群

計算

det:Mn(R)Rn2R\det : M_n (\mathbb{R}) \simeq \mathbb{R}^{n^2} \to \mathbb{R} となっているため,次元は n21n^2 - 1 です。

直交群

計算

Mn(R)Rn2M_n (\mathbb{R}) \simeq \mathbb{R}^{n^2} である。

対称行列 A=(aij)A = (a_{ij}) について,aij=ajia_{ij} = a_{ji} であるため,座標としては対角成分と上三角成分だけを考えればよく,Symn(R)=Rn(n+1)2\mathrm{Sym}_n (\mathbb{R}) = \mathbb{R}^{\frac{n(n+1)}{2}} となる。

よって直交群の次元は n2n(n+1)2=n(n1)2 n^2 - \dfrac{n(n+1)}{2} = \dfrac{n(n-1)}{2} である。

特殊線型群や直交群はリー群の例にもなります。リー群については次回紹介します。