多様体入門1~定義と簡単な例

多様体

多様体とは,局所的にユークリッド空間 Rn\mathbb{R}^n と微分同相になる空間である。

次の2つがポイントである。

  1. 球など曲がった図形をユークリッド空間と見なすことができる。
  2. 微分を考えることができる。

この記事では多様体の定義と簡単な例を紹介します。

イメージ

地図帳を考えてみましょう。

世界地図を1枚の紙に印刷する方法がいくつかあるのは社会の授業で登場しました。

メルカトル図法は R2\mathbb{R}^2 上の地図で緯線と経線が直線の書かれるものの,極に近付くにつれて面積のゆがみが大きくなります。モルワイデ図法は,面積(の比)こそ一定ですが,緯線と経線は曲線になってしまいます。

このように地球全体(球の表面)を平面で描くには,幾何的に「壊れて」しまいます。

しかし地図帳で地図を見るとき,そこにゆがみはありません。

ここから球面全体を正確に平面に書くことは困難だが,部分的なら正確に書くことができるであろうことが示唆されます。

このアイデアを元に一般的な図形を平面(Rn\mathbb{R}^n)で記述してみましょう。

定義

定理

位相空間 MMmm 次元 CrC^r 級多様体であるとは,

  1. MMハウスドルフ空間
  2. {(Uλ,ϕλ,Vλ)}λΛ\{ (U_{\lambda} , \phi_{\lambda} , V_{\lambda}) \}_{\lambda \in \Lambda} であって次の条件を満たすものが存在する。
    • UλU_{\lambda}MM の開集合,VλV_{\lambda}Rm\mathbb{R}^m の開集合,ϕλ\phi_{\lambda}UλU_{\lambda}VλV_{\lambda} に移す同相写像である。
    • M=λΛUλM = \bigcup_{\lambda \in \Lambda} U_{\lambda} である。(つまり開被覆になっている。)
    • 任意の λ,μΛ\lambda , \mu \in \Lambda に対して Rm\mathbb{R}^m(の開集合)上の写像 ϕμϕλ1:ϕλ(UλUμ)ϕμ(UλUμ)\phi_{\mu} \circ \phi_{\lambda}^{-1}: \phi_{\lambda} (U_{\lambda} \cap U_{\mu}) \to \phi_{\mu} (U_{\lambda} \cap U_{\mu})CrC^r 級写像である。

を満たすものである。

  • (Uλ,ϕλ,Vλ)(U_{\lambda} , \phi_{\lambda} , V_{\lambda}) のことをチャート・座標近傍という。
  • {(Uλ,ϕλ,Vλ)}λΛ\{ (U_{\lambda} , \phi_{\lambda} , V_{\lambda}) \}_{\lambda \in \Lambda} のことをアトラス・座標近傍系という。

多様体は位相空間に加えて,アトラスの構造が定義に含まれるため,単に MM と書く代わりに (M,{(Uλ,ϕλ,Vλ)}λΛ)(M, \{ (U_{\lambda} , \phi_{\lambda} , V_{\lambda}) \}_{\lambda \in \Lambda}) と書いて表すこともある。

いくつかの例

非常に簡単な例

自明な多様体

Rn\mathbb{R}^n はもちろん多様体です。アトラスとして {(Rn,idRn,Rn)}\{ (\mathbb{R}^n , \mathrm{id}_{\mathbb{R}^n} , \mathbb{R}^n) \} を取ればよいです。

n×nn \times n 行列全体の集合を Mn(R)M_n (\mathbb{R}) と書きます。Mn(R)M_n (\mathbb{R})R2n\mathbb{R}^{2n} と見なせるため多様体になります。

離散集合

離散集合は,離散位相を入れることで 00 次元多様体と見なせます。

X={x1,,xn}X = \{ x_1 , \cdots , x_n \} とし,1点 {xi}i=1,,n\{ x_i \}_{i = 1 , \cdots, n} を開基としましょう。

このとき,Ui={xi}U_i = \{ x_i \} に対して Vi=R0=1 点集合V_i = \mathbb{R}^0 = \text{1 点集合} とし ϕi\phi_i を自明な写像とすると多様体の構造が入ります。

nn 次元球面

nn 次元球面 Sn={(x1,,xn+1)Rn+1x12++xn+12=1} S^n = \left\{ (x_1 , \cdots , x_{n+1}) \in \mathbb{R}^{n+1} \mid \sqrt{{x_1}^2 + \cdots + {x_{n+1}}^2} = 1 \right\}

これは(Rn+1\mathbb{R}^{n+1} の部分位相空間として)CC^{\infty} 級多様体になります。

証明

ハウスドルフ性

ハウスドルフ空間の部分空間はハウスドルフであるため,SnS^n はハウスドルフである。→ ハウスドルフ空間

チャートの設定

1in+11 \leqq i \leqq n+1 に対して Ui,+={(x1,,xn+1)Snxi>0}Ui,={(x1,,xn+1)Snxi<0} U_{i,+} = \{ (x_1 , \cdots , x_{n+1}) \in S^n \mid x_i > 0 \}\\ U_{i,-} = \{ (x_1 , \cdots , x_{n+1}) \in S^n \mid x_i < 0 \} と定める。

Vi,±={(y1,,yn)y12++yn2<1} V_{i , \pm} = \left\{ (y_1 , \cdots , y_n) \mid \sqrt{{y_1}^2 + \cdots + {y_n}^2} < 1 \right\} と定める。

このとき Sn=i=1n+1Ui,+i=1n+1Ui,\displaystyle S_n = \bigcup_{i = 1}^{n+1} U_{i,+} \cup \bigcup_{i = 1}^{n+1} U_{i,-} となる。

ϕi,±:Ui,±Vi,±\phi_{i,\pm} : U_{i,\pm} \to V_{i,\pm}ϕi,±(x1,,xn+1)=(x1,,xi1,xi+1,,xn+1)\begin{aligned} &\phi_{i,\pm} (x_1, \cdots , x_{n+1}) \\ &= (x_1, \cdots , x_{i-1} , x_{i+1} ,\cdots , x_{n+1}) \end{aligned} と定める。(ii 番目の座標だけを取り除く)

これは微分同相写像である。実際, ψi,±(y1,,yn)=(y1,,yi1,±1y12yn2,yi,,yn)\begin{aligned} &\psi_{i,\pm} (y_1 , \cdots , y_n)\\ &= \left( y_1 , \cdots , y_{i-1} ,\pm \sqrt{1-{y_1}^2 - \cdots - {y_n}^2} , y_{i}, \cdots , y_n \right) \end{aligned} と逆写像が得られる。

これらを踏まえると,ϕi,±ϕj,±1\phi_{i,\pm} \circ {\phi_{j,\pm}}^{-1} の成分に現れる関数は

  • yiy_i
  • 1(y12++yn2)\sqrt{1- ({y_1}^2 + \cdots + {y_n}^2)}

であるため,ϕi,±ϕj,±1\phi_{i,\pm} \circ {\phi_{j,\pm}}^{-1}CC^{\infty} 級関数である。

以上より SnS^nCC^{\infty} 級多様体である。

射影空間

定義

Rn+1\{O}\mathbb{R}^{n+1} \backslash \{ \mathrm{O} \} に次のように同値関係 \sim を定める。

x=(x0,,xn),y=(y0,,yn)x = (x_0 , \cdots , x_n) , y = (y_0 , \cdots , y_n) に対して すべての i に対して xi=cyi (c0)    xy\begin{aligned} &\text{すべての} \ i \ \text{に対して} \ x_i = c y_i \ (c \neq 0) \\ &\iff x \sim y \end{aligned}

この同値関係による商 Rn+1\{O}/\mathbb{R}^{n+1} \backslash \{ \mathrm{O} \} / \sim射影空間 Pn\mathbb{P}^nと定義する。

Pn\mathbb{P}^nCC^{\infty} 級多様体である。

証明のスケッチ

ハウスドルフ性

射影空間のハウスドルフ性・コンパクト性~商位相空間 を参照

チャートの設定

Ui={[x0::xn]xi0} U_i = \{ [x_0 : \cdots : x_n] \mid x_i \neq 0 \} と定義する。UiU_iPn\mathbb{P}^n の開集合となり,{Ui}\{ U_i \}Pn\mathbb{P}^n を被覆する。

さらに ϕi:UiRn\phi_i : U_i \to \mathbb{R}^nϕi([x0::xn])=(x0xi,,xi1xi,xi+1xi,,xnxi)\begin{aligned} &\phi_i ([x_0 : \cdots : x_n]) \\ &= \left( \dfrac{x_0}{x_i}, \cdots , \dfrac{x_{i-1}}{x_i} , \dfrac{x_{i+1}}{x_i} , \cdots , \dfrac{x_n}{x_i} \right) \end{aligned} と定める。

ϕi\phi_i は同相写像である。実際,逆写像として ψi(y1,,yn)=[y1::yi:1:yi+1::yn]\begin{aligned} &\psi_i (y_1 , \cdots , y_n)\\ &= [y_1 : \cdots : y_i : 1 : y_{i+1} : \cdots : y_n] \end{aligned} が得られる。

ϕi(UiUj)\phi_i (U_i \cap U_j)

座標変換

ϕjϕi1:ϕi(UiUj)ϕj(UiUj)\phi_j \circ \phi_i^{-1} : \phi_i (U_i \cap U_j) \to \phi_j (U_i \cap U_j) を計算すればよい。

ϕi(UiUj)={(y1,,yn)yj0} \phi_i (U_i \cap U_j) = \{ (y_1 , \cdots , y_n) \mid y_j \neq 0 \} となる。

ϕjϕi1\phi_j \circ \phi_i^{-1} の成分に現れる関数は ymyj (mk),1yk\dfrac{y_m}{y_j} \ (m \neq k), \dfrac{1}{y_k} が,ϕi(UiUj)\phi_i (U_i \cap U_j) 上でこれらは CC^{\infty} 級である。

こうして多様体の構造が入る。

積多様体

2つの多様体の積空間には自然に多様体の構造が入ります。

積多様体

M,NM,N を多様体とし,座標近傍系をそれぞれ {Uα,φα,Vα}αA\{ U_{\alpha} , \varphi_{\alpha} , V_{\alpha} \}_{\alpha \in A}{Uβ,φβ,Vβ}βB\{ U'_{\beta} , \varphi'_{\beta} , V'_{\beta} \}_{\beta \in B} とする。

このとき M×NM \times N{Uα×Uβ,φα×φβ,Vα×Vβ}\{ U_{\alpha} \times U'_{\beta} , \varphi_{\alpha} \times \varphi'_{\beta} , V_{\alpha} \times V'_{\beta} \} を座標近傍系とする多様体になる。

これを積多様体という。

証明

条件を1つ1つ確かめると良い。(略)

R\mathbb{R} は多様体であるため Rn\mathbb{R}^n も多様体です。

円柱の側面 S1×(0,1)S^1 \times (0,1) は多様体です。

トーラス TTT=S1×S1T = S^1 \times S^1 で表されるため,多様体の構造が入ります。

赤の S1S^1青の S1S^1の直積をとります。イメージは下図です。

T1

輪郭を取るとドーナツの表面になります。

T2

y=x2y = x^2 のグラフも多様体になります。次回は多項式関数のグラフなどが多様体になることを見ていきます。