モーメント母関数(積率母関数)の意味と具体例

モーメント母関数とは,確率分布(確率変数)から定まる関数です。

モーメント母関数の定義

確率変数 XX に対して,tt についての関数 E[etX]E[e^{tX}] のことをモーメント母関数(または積率母関数)と呼ぶ。

XX が従う確率分布によってはモーメント母関数は存在しないこともありますが,以下ではモーメント母関数が存在するような場合について考えます。

モーメント母関数の例

E[etX]E[e^{tX}] とは,etXe^{tX} の期待値のことです。具体的な計算例を見れば意味がわかりやすいです。

例として,二項分布のモーメント母関数を計算してみます。

ただし,(パラメタが n,pn,p であるような)二項分布とは,X=kX=k となる確率が nCkpk(1p)nk(k=0,1,,n){}_n\mathrm{C}_kp^k(1-p)^{n-k}\:(k=0,1,\cdots, n) であるような分布です。

例1

二項分布のモーメント母関数は,(pet+1p)n(pe^t+1-p)^n

証明

E[etX]=k=0netknCkpk(1p)nk=k=0nnCk(pet)k(1p)nkE[e^{tX}]\\ =\displaystyle\sum_{k=0}^ne^{tk}{}_n\mathrm{C}_kp^k(1-p)^{n-k}\\ =\displaystyle\sum_{k=0}^n{}_n\mathrm{C}_k(pe^t)^k(1-p)^{n-k}

ここで二項定理を用いると上式は,

(pet+1p)n(pe^t+1-p)^n となる。

モーメント母関数と期待値,分散

モーメント母関数を使うと,期待値と分散を楽に計算できる場合があります。

以下では,モーメント母関数 E[etX]E[e^{tX}] のことを MX(t)M_X(t) と書く場合があります。

定理

モーメント母関数 MX(t)M_X(t)ttnn 回微分して t=0t=0 を代入すると E[Xn]E[X^n] となる。

モーメント母関数の重要な性質です。導出にはマクローリン展開の知識が必要です。

導出

MX(t)=E[1+tX+t22X2+t33!X3+]M_X(t)\\ =E\left[1+tX+\dfrac{t^2}{2}X^2+\dfrac{t^3}{3!}X^3+\cdots\right]

ここで,期待値の線形性を使うと上式は

1+E[X]t+E[X2]2!t2+E[X3]3!t3+1+E[X]t+\dfrac{E[X^2]}{2!}t^2+\dfrac{E[X^3]}{3!}t^3+\cdots

これを MX(t)M_X(t) のマクローリン展開と比較すると定理の主張を得る。

特に,期待値 E[X]E[X]MX(0)M'_X(0) ,分散 V[X]V[X]E[X2]E[X]2=MX(0)MX(0)2E[X^2]-E[X]^2=M''_X(0)-M'_X(0)^2 です。 つまり,モーメント母関数から期待値や分散を計算できます。

期待値と分散の計算例

二項分布のモーメント母関数は,(pet+1p)n(pe^t+1-p)^n でした。これと上記の定理をもとに,二項分布の期待値と分散が計算できます:

  • MX(t)M_X(t)tt で微分すると npet(pet+1p)n1npe^t(pe^t+1-p)^{n-1} となります。 t=0t=0 を代入すると二項分布の期待値 npnp が得られます。(→二項分布の平均と分散の二通りの証明

  • 同様に MX(t)M_X(t) の二階導関数も計算することで二項分布の分散 np(1p)np(1-p) も得られます。

指数分布のモーメント母関数

二項分布は離散型確率分布の場合の例でした。

次は,連続型確率分布の場合の例として,指数分布のモーメント母関数を計算してみます。(パラメタが μ\mu であるような)指数分布とは,確率密度関数が f(x)=1μexμ(x0)f(x)=\dfrac{1}{\mu}e^{-\frac{x}{\mu}}\:(x \geq 0) であるような分布です。

指数分布のモーメント母関数は,11μt\dfrac{1}{1-\mu t}

ただし,定義域は t<1μt < \dfrac{1}{\mu}

証明

MX(t)=E[etX]=0etx1μexμdx=1μ0e(t1μ)xdxM_X(t)=E[e^{tX}]\\ =\displaystyle\int_0^{\infty}e^{tx}\cdot\dfrac{1}{\mu}e^{-\frac{x}{\mu}}dx\\ =\dfrac{1}{\mu}\displaystyle\int_0^{\infty}e^{(t-\frac{1}{\mu})x}dx

この定積分は t1μt\geq\dfrac{1}{\mu} のとき発散し,t<1μt< \dfrac{1}{\mu} のとき 11μt\dfrac{1}{\frac{1}{\mu}-t} となる。

なお,MX(t)M_X(t)tt で微分すると μ(1μt)2\dfrac{\mu}{(1-\mu t)^2} となります。 t=0t=0 を代入すると指数分布の期待値 μ\mu が得られます。→指数分布の意味と具体例

同様に MX(t)M_X(t) の二階導関数も計算することで指数分布の分散 μ2\mu^2 も得られます。

似たような関数として特性関数,キュムラント母関数というものもあります。