行列の無限等比級数

対角化可能な正方行列 AA について,全ての固有値が 1-1 より大きく 11 より小さいとき, k=0Ak=I+A+A2+ \sum_{k=0}^{\infty}A^k=I+A+A^2+\cdots (IA)1(I-A)^{-1} に収束する。

行列の無限等比級数について考えます。記事の後半では,より一般的な主張を述べます。

部分和

無限級数について考える前に,まずは項の数が有限の場合について考えてみます。 1+x+x2++xn1=1xn1x 1+x+x^2+\dots +x^{n-1}=\dfrac{1-x^{n}}{1-x} という等比数列の和の公式の行列版として(IAI-A に逆行列が存在するという条件のもとで), I+A+A2++An1=(IAn)(IA)1 I+A+A^2+\dots +A^{n-1}=(I-A^n)(I-A)^{-1} という等式が成立します。

証明

括弧を展開することで (I+A++An1)(IA)=IAn (I+A+\cdots +A^{n-1})(I-A)=I-A^n という式が成立する。

よって,(IA)(I-A) に逆行列が存在する場合は,両辺に (IA)1(I-A)^{-1} を右からかけて, I+A+A2++An1=(IAn)(IA)1 I+A+A^2+\dots +A^{n-1}=(I-A^n)(I-A)^{-1} を得る。

無限和

AA が対角化可能であるという条件に注意して,冒頭の定理を証明してみましょう。

証明

まず,(IA)(I-A) が逆行列を持つことを確認する。

AA の固有値が 1-1 より大きく 11 より小さいので IAI-A の固有値は 00 より大きく 22 より小さい。よって,IAI-A は正則行列である(行列が正則であることの意味と5つの条件の5)。

次に,D=P1APD=P^{-1}AP のように対角化できるとすると,さきほどの部分和の式より

I+A+A2++An1=(IAn)(IA)1=P(IDn)P1(IA)1\begin{aligned} &I+A+A^2+\dots +A^{n-1}\\ &=(I-A^n) (I-A)^{-1}\\ &=P(I-D^n)P^{-1} (I-A)^{-1} \end{aligned} となる。

AA の固有値が a1,a2,,ama_1, a_2, \cdots , a_m のとき,DD は対角行列 D=(a1a2am) D = \begin{pmatrix} a_1 & & &\\ & a_2 & &\\ & & \ddots &\\ & & & a_m \end{pmatrix} となる。

Dn=(a1na2namn) D^n = \begin{pmatrix} {a_1}^n & & &\\ & {a_2}^n & &\\ & & \ddots &\\ & & & {a_m}^n \end{pmatrix}

ここで,AA の固有値が 1-1 より大きく 11 より小さいので limnain=0\displaystyle \lim_{n \to \infty} {a_i}^n = 0 である。

よって DnD^nnn \to \infty で零行列 OO に収束する。

こうして, k=0Ak=P(IO)P1(IA)1=(IA)1\begin{aligned} \sum_{k=0}^{\infty} A^k &= P(I-O)P^{-1} (I-A)^{-1}\\ &= (I-A)^{-1} \end{aligned} となる(※)。

※ 厳密には「行列の極限」を定義する必要があります。

より一般的な定理

定理

正方行列 AA の固有値を λ1,λ2,,λm\lambda_1, \lambda_2, \cdots , \lambda_m とする。また, ρ(A)=max(λ1,λ2,,λm)\rho (A) = \max (\lambda_1, \lambda_2, \cdots , \lambda_m) と定める。

任意の正方行列 AA について,以下の2つは同値。

  1. ρ(A)<1\rho(A) < 1

  2. k=0Ak=I+A+A2+\displaystyle\sum_{k=0}^{\infty}A^k=I+A+A^2+\cdots(IA)1(I-A)^{-1} に収束

ρ(A)\rho(A) は,AA のスペクトル半径と呼ばれることもあります。「全ての固有値が 1-1 より大きく 11 より小さい」を言い換えただけです。冒頭の主張よりも以下の2つの意味で強い定理です。

  • AA が対角化不可能な場合にも,冒頭の主張は成り立ちます。証明にはジョルダン標準形を使います。
  • 冒頭の主張の逆も成立します。

詳細は参考文献:The Geometric Series of a Matrixをどうぞ。

「行列の等式だけど,1×11\times 1 行列の場合は普通の見慣れた公式になる」というタイプの式,好きです。