直交補空間の性質

定理

VV を内積空間とする。ここで内積を   ,  \langle \; , \; \rangle で表す。

VV の部分空間 WW直交補空間 WW^{\perp}W={vVwW,v,w=0} W^{\perp} = \{ v \in V \mid \forall w \in W , \langle v,w \rangle = 0 \} と定める。

※ 内積空間よりも広く,双線型形式というものが定義されたベクトル空間であれば,直交補空間を定義することができます。

この記事では内積空間で考えられる直交補空間について解説します。

直交補空間の性質

直交補空間の性質を見ていきましょう。

直交補空間は部分ベクトル空間になる

直交補空間は実際に部分ベクトル空間になります。

簡単な計算ですが,和とスカラー倍に閉じていることを確認してみましょう。

証明
  1. 和に閉じていること
    v,vWv , v' \in W^{\perp} を任意に取る。wWw \in W とする。 v+v,w=v,w+v,w=0+0=0\begin{aligned} &\langle v+v' , w \rangle \\ &= \langle v,w \rangle + \langle v' , w \rangle\\ &= 0 + 0\\ &= 0 \end{aligned} これは任意の wWw \in W で成立するため,v+vWv+v' \in W^{\perp} である。

  2. スカラー倍に閉じていること
    vWv \in W^{\perp}aCa \in \mathbb{C} を任意に取る。wWw \in W とする。 av,w=av,w=0\begin{aligned} &\langle av , w \rangle \\ &= a \langle v,w \rangle\\ &= 0 \end{aligned} これは任意の wWw \in W で成立するため,avWav \in W^{\perp} である。

「補」である意味

直交補空間ということは,字義的に元の空間を補っている必要がありますね。

定理

VV を有限次元ベクトル空間とすると V=WW V = W \oplus W^{\perp} となる。

証明は少々難しいので後述します。

直交補空間のそのまた直交補空間

次が成立します。

  1. W(W)W \subset (W^{\perp})^{\perp}
  2. VV有限次元ベクトル空間とすると W=(W)W = (W^{\perp})^{\perp}

VV有限次元ベクトル空間とすると,直交補空間の直交補空間は元の部分空間に戻ります。つまり,(W)=W(W^{\perp})^{\perp} = W となります。

証明
  1. wWw \in W を取る。任意の wWw' \in W^{\perp} について w,w=0 \langle w',w \rangle = 0 より w(W)w \in (W^{\perp})^{\perp} である。

  2. WW^{\perp} もまた VV の部分空間であるため,補空間を取ることで,V=W(W)V = W^{\perp} \oplus (W^{\perp})^{\perp} を得る。
    一方 V=WWV = W \oplus W^{\perp} でもある。ここで 1 番より W(W)W \subset (W^{\perp})^{\perp} であった。
    次元をそれぞれ比較すると dimW=dimVdimW=dim(W)\begin{aligned} \dim W &= \dim V - \dim W^{\perp}\\ &= \dim (W^{\perp})^{\perp} \end{aligned} である。よって W=(W)W = (W^{\perp})^{\perp} を得る。

包含の逆転と共通部分の逆転

性質

VV を内積空間,W1,W2W_1 , W_2 をその部分空間とする。このとき次が成立する。

  1. W1W2W_1 \subset W_2 であれば W1W2W_1^{\perp} \supset W_2^{\perp}

  2. (W1+W2)=W1W2(W_1 + W_2)^{\perp} = W_1^{\perp} \cap W_2^{\perp}

  3. (W1W2)=W1+W2(W_1 \cap W_2)^{\perp} = W_1^{\perp} + W_2^{\perp}

これまで紹介してきた性質が実際に成り立つことを確認していきます。

Rn\mathbb{R}^n で実際に「直交」すること

Rn\mathbb{R}^n と自然な内積(x,y=x1y1++xnyn\langle x,y \rangle = x_1y_1 + \cdots + x_n y_n と定義される内積)を考えましょう。

このとき,直交補空間は文字通り直交する集合になります。

V=R2V = \mathbb{R}^2 とします。部分ベクトル空間を W={(t2t)tR} W = \left\{ \begin{pmatrix} t\\ 2t \end{pmatrix} \mid t \in \mathbb{R} \right\} と定めます。WWy=2xy = 2x 上の点全体から成ります。

(x,y)W(x , y) \in W^{\perp} とすると,(t,2t)W(t,2t) \in W に対して tx+2ty=0 tx + 2ty = 0 となります。tt は任意であるため x=2yx=-2y を得ます。つまり WW^{\perp} は直線 y=12xy = -\dfrac{1}{2} x 上の点の集合になります。

こうして WWWW^{\perp} は文字通り直交していますね。

W={(2ss)sR} W^{\perp} = \left\{ \begin{pmatrix} 2s\\ -s \end{pmatrix} \mid s \in \mathbb{R} \right\} と表現されます。これもまたベクトル空間になりますね。

(12)\begin{pmatrix} 1\\2 \end{pmatrix}(21)\begin{pmatrix} 2\\ -1 \end{pmatrix}R2\mathbb{R}^2 の基底を成します。よって R2=W+W\mathbb{R}^2 = W + W^{\perp} となります。

また WW=0W \cap W^{\perp} = 0 であるため R2=WW\mathbb{R}^2 = W \oplus W^{\perp} となります。

この観察から直交補空間は実際に「補う空間」であることも分かりますね。

包含関係

V=R3V = \mathbb{R}^3 としましょう。

W1={(t00)tR}W2={(t2ss)s,tR}\begin{aligned} W_1 &= \left\{ \begin{pmatrix} t\\ 0\\ 0 \end{pmatrix} \mid t \in \mathbb{R} \right\}\\ W_2 &= \left\{ \begin{pmatrix} t\\ 2s \\ s \end{pmatrix} \mid s,t \in \mathbb{R} \right\} \end{aligned} とします。これは W1W2W_1 \subset W_2 を満たす部分空間です。

それぞれの直交補空間を計算してみましょう。

t(x,y,z)W1{}^t (x,y,z) \in W_1^{\perp} とします。

このとき xt=0xt = 0 です。tt は任意であるため x=0x=0 となります。よって W1={(0st)s,tR} W_1^{\perp} = \left\{ \begin{pmatrix} 0\\ s\\ t \end{pmatrix} \mid s,t \in \mathbb{R} \right\} です。

同様に計算すると W2={(0t2t)tR} W_2^{\perp} = \left\{ \begin{pmatrix} 0\\ -t\\ 2t \end{pmatrix} \mid t \in \mathbb{R} \right\} となります。

W1W2W_1^{\perp} \supset W_2^{\perp} であることが分かりますね。

このように直交補空間を取ると包含が逆転します。

共通部分

V=R3V = \mathbb{R}^3 としましょう。

W1={(tss0)s,tR}W2={(t2ss)s,tR}\begin{aligned} W_1 &= \left\{ \begin{pmatrix} t-s\\ s\\ 0 \end{pmatrix} \mid s,t \in \mathbb{R} \right\}\\ W_2 &= \left\{ \begin{pmatrix} t\\ 2s \\ s \end{pmatrix} \mid s,t \in \mathbb{R} \right\} \end{aligned} とします。

W1W2={(t00)tR} W_1 \cap W_2 = \left\{ \begin{pmatrix} t\\ 0\\ 0 \end{pmatrix} \mid t \in \mathbb{R} \right\} となります。

先ほどと同様の計算で W2={(0u2u)uR} W_2^{\perp} = \left\{ \begin{pmatrix} 0\\ -u\\ 2u \end{pmatrix} \mid u \in \mathbb{R} \right\} (W1W2)={(0uv)u,vR} (W_1 \cap W_2)^{\perp} = \left\{ \begin{pmatrix} 0\\ u\\ v \end{pmatrix} \mid u,v \in \mathbb{R} \right\} であることが分かります。

t(x,y,z)W1{}^t (x,y,z) \in W_1^{\perp} とすると xt(xy)s=0 xt - (x-y)s = 0 を満たします。s,ts,t は任意であるため s=0,t=1s=0,t=1 を代入すると x=0x = 0s=1,t=0s=1,t=0 を代入すると x=yx=y を得ます。

こうして W1={(00v)vR} W_1^{\perp} = \left\{ \begin{pmatrix} 0\\ 0\\ v\end{pmatrix} \mid v \in \mathbb{R} \right\} となります。

これらを比べると (W1W2)=W1+W2(W_1 \cap W_2)^{\perp} = W_1^{\perp} + W_2^{\perp} となることが分かります。

性質の証明

直和になることの証明

証明
  1. V=W+WV = W + W^{\perp} であること

vVv \in V を任意に取る。

lV:VVl_V : V \to V^{\ast}lW:WWl_W : W \to W^{\ast} は同型写像になる。

lVl_V線型汎関数と双対ベクトル空間 で定義したものです。

lV(v)Wl_V (v) \mid_WWW^{\ast} の元になる。lWl_W は同型を与えるため,ある wWw \in W があって lV(v)W=lW(w)l_V (v) \mid_W = l_W (w) となる。

このとき,任意の wWw' \in W に対して v,w=w,w\langle v,w' \rangle = \langle w,w' \rangle であり,vw,w=0\langle v-w , w' \rangle = 0 である。

ww' の取り方は任意であるため,vwWv-w \in W^{\perp} である。

よって V=W+WV = W+W^{\perp} である。

  1. WW={0}W \cap W^{\perp} = \{ 0 \} であること

wWWw \in W \cap W^{\perp} を取る。

wWw \in W^{\perp} であるため,wWw' \in W に対して w,w=0\langle w,w' \rangle = 0 である。特に w=ww' = w とすると w,w=0\langle w,w \rangle = 0 であるため,w=0w = 0 である。

包含関係

証明

wW2w \in W_2^{\perp} を任意に取る。

任意に vW1v \in W_1 を取る。W1W2W_1 \subset W_2 より vW2v \in W_2 でもある。

ゆえに任意の vW1v \in W_1 に対して v,w=0\langle v,w \rangle = 0 であるため wW1w \in W_1^{\perp} である。

共通部分

証明
  1. (W1+W2)W1W2(W_1 + W_2)^{\perp} \subset W_1^{\perp} \cap W_2^{\perp}

W1,W2W1+W2W_1, W_2 \subset W_1 + W_2 であるため,W1(W1+W2)W_1^{\perp} \supset (W_1 + W_2)^{\perp}W2(W1+W2)W_2^{\perp} \supset (W_1 + W_2)^{\perp} となる。

よって (W1+W2)W1W2(W_1 + W_2)^{\perp} \subset W_1^{\perp} \cap W_2^{\perp} である。

  1. (W1+W2)W1W2(W_1 + W_2)^{\perp} \supset W_1^{\perp} \cap W_2^{\perp}

wW1W2w \in W_1^{\perp} \cap W_2^{\perp} とすると,任意の v1W1v_1 \in W_1v2W2v_2 \in W_2 に対して v1,w=0\langle v_1, w \rangle = 0v2,w=0\langle v_2 , w \rangle = 0 となる。

これより v1+v2,w=0\langle v_1 + v_2 , w \rangle = 0 となる。つまり w(W1+W2)w \in (W_1 + W_2)^{\perp} である。

こうして証明できた。

(W1W2)=W1+W2(W_1 \cap W_2)^{\perp} = W_1^{\perp} + W_2^{\perp} は,上で証明した (W1+W2)=W1W2(W_1 + W_2)^{\perp} = W_1^{\perp} \cap W_2^{\perp}W1W_1W2W_2 をそれぞれ W1W_1^{\perp}W2W_2^{\perp} に置き換えることで証明できます。

補足

今回紹介した性質は有限次元のベクトル空間の場合のみ成立するものがいくつかあります。

無限次元の場合は W=(W)W = (W^{\perp})^{\perp} が成立しない場合があります。

無限次元の場合の例はそのうち記事にするかもしれません。