内積の入ったベクトル空間~内積空間(計量ベクトル空間)

内積が定義されたベクトル空間を内積空間あるいは計量ベクトル空間といいます。

内積空間(計量ベクトル空間)

VV を実ベクトル空間とする。x,yVx,y\in V に対して実数を定める関数 x,y:V×VR\langle x,y \rangle :V\times V\to \mathbb{R} が以下の1~4を満たすとき, , \langle \ , \ \rangle内積といい,VV内積空間(計量ベクトル空間)という。

  1. x,y=y,x\langle x,y \rangle = \langle y,x \rangle(エルミート性)
  2. x+ay,z=x,z+ay,z\langle x + ay , z \rangle = \langle x,z \rangle + a\langle y,z \ranglex,y,zVx,y,z \in VaRa \in \mathbb{R})(線型性)
  3. x,x0\langle x,x \rangle \geqq 0(正定値性)
  4. x,x=0x=0\langle x,x \rangle = 0 \Rightarrow x = 0(非退化性)

内積空間について,いろいろな例や関連する定理などを紹介します。

補足
  • VV を内積空間」と書きましたが,内積を明記して (V, , )(V, \langle \ , \ \rangle) と表記することもあります。
  • 内積があればそこから x=x,x\| x \| = \sqrt{\langle x,x \rangle} によってノルムが定まります。これを内積によって定まるノルムといいます。
  • 内積は x,y\langle x,y\rangle と書くことも xyx\cdot y と書くこともあります。
  • ここまでも,ここからしばらくも内積空間の話です。実数ではなくもっと一般に複素数の場合の複素内積空間については後述します。

内積の性質

定義を元に内積の性質を確かめる練習をしてみましょう。

内積の性質
  1. x,y1+ay2=x,y1+ax,y2\langle x , y_1 + a y_2 \rangle = \langle x,y_1 \rangle + a \langle x,y_2 \rangle
  2. x,ay=ax,y\langle x,ay \rangle = \langle ax , y \rangle
証明
  1. 定義1,2を使う。 x,y1+ay2=y1+ay2,x(定義 1)=y1,x+ay2,x(定義 2)=x,y1+ax,y2(定義 1)\begin{aligned} &\langle x,y_1 + a y_2 \rangle \\&= \langle y_1 + a y_2 , x \rangle &(\text{定義} \ 1)\\ &= \langle y_1 , x \rangle + a \langle y_2 , x \rangle &(\text{定義} \ 2)\\ &= \langle x,y_1 \rangle + a \langle x,y_2 \rangle &(\text{定義} \ 1) \end{aligned}

  2. 1と同じようにできる。

ベクトルの内積

2次元ベクトル (x1,x2)(x_1,x_2)(y1,y2)(y_1,y_2) に対して (x1,x2)(y1,y2)=x1y1+x2y2 (x_1,x_2) \cdot (y_1,y_2) = x_1 y_1 + x_2 y_2 と定めるとこれは内積になります。

もちろん nn 次元ベクトル (x1,,xn)(x_1, \cdots , x_n)(y1,,yn)(y_1, \cdots , y_n) に対しても同様に (x1,,xn)(y1,,yn)=x1y1++xnyn (x_1, \cdots , x_n) \cdot (y_1, \cdots , y_n) = x_1 y_1 + \cdots +x_n y_n と内積を定めることができます。

行列による表記

この内積は行列の掛け算を用いると x,y=(x1xn)(y1yn) \langle x,y \rangle = \begin{pmatrix} x_1 & \cdots & x_n \end{pmatrix} \begin{pmatrix} y_1\\ \vdots \\ y_n \end{pmatrix} と表現できます。

この表記を用いると次の事実が分かります。

AAn×nn \times n 行列とする。

このとき x=(x1,,xn)x = (x_1, \cdots , x_n)y=(y1,,yn)y = (y_1 , \cdots , y_n) に対して x,Ay=Ax,y \langle x, Ay \rangle = \langle A^{\top} x , y \rangle となる。

AA^{\top}転置行列です。

行列

Mn(R)M_n (\mathbb{R})n×nn \times n の実数行列とします。

A,BMn(R)A,B \in M_n (\mathbb{R}) に対して A,B=tr (AB) \langle A,B \rangle = \mathrm{tr}\ (A B^{\top}) と定義すると,これは内積になります。

証明
  1. tr A=tr A\mathrm{tr} \ A = \mathrm{tr} \ A^{\top}(AB)=BA(AB)^{\top} = B^{\top} A^{\top} であることに注意すると A,B=tr (AB)=tr ((BA))=tr (BA)=B,A\begin{aligned} \langle A,B \rangle &= \mathrm{tr}\ (AB^{\top})\\ &= \mathrm{tr} \ ((BA^{\top})^{\top})\\ &= \mathrm{tr} \ (BA^{\top})\\ &= \langle B,A \rangle \end{aligned}

  2. トレースの線型性(tr (A+aB)=tr A+atr B\mathrm{tr} \ (A+aB) = \mathrm{tr} \ A + a\mathrm{tr} \ B)より従う。

  3. AAijij 成分を aija_{ij} と書く。 A,A=trAA=j=1ni=1naij20\begin{aligned} \langle A,A \rangle &= \mathrm{tr} AA^{\top}\\ &= \sum_{j=1}^n \sum_{i=1}^{n} {a_{ij}}^2\\ &\geqq 0 \end{aligned}

  4. A,A=0\langle A,A \rangle = 0 とすると,3の計算より j=1ni=1naij2=0 \sum_{j=1}^n \sum_{i=1}^{n} {a_{ij}}^2 = 0 となる。これが成立するのは任意の ijij に対して aij=0a_{ij} = 0 のときである。よって A=0A=0 である。

関数空間

a,bRa,b \in \mathbb{R} に対して C([a,b])C([a,b])[a,b][a,b] 上の実数値連続関数全体の集合とします。

これは実ベクトル空間です。

f,g=abf(x)g(x)dx \langle f,g \rangle = \int_a^b f(x) g(x) dx とすると,これは内積になります。(積分の線型性と有界性から従う)

2つの内積空間の直積

(V, V)(V, \langle \, \ \rangle_V)(W, , W)(W, \langle \ , \ \rangle_W) を内積空間とします。

このとき V×WV \times W はベクトル空間になります。

 , ,V×W\langle \ , \ , \rangle_{V \times W}(v,w),(v,w)=v,vV+w,wW \langle (v,w) , (v',w') \rangle = \langle v,v' \rangle_V + \langle w,w' \rangle_W と定義すると,これは内積になります。

証明
  1. 各々の内積空間を調べる。 (v,w),(v,w)=v,vV+w,wW=v,vV+w,wW=(v,w),(v,w)\begin{aligned} \langle (v,w) , (v',w') \rangle &= \langle v,v' \rangle_V + \langle w,w' \rangle_W\\ &= \langle v,'v \rangle_V + \langle w',w \rangle_W\\ &= \langle (v',w') , (v,w) \rangle \end{aligned}

  2. 1と同じようにできる。

  3. (v,w),(v,w)=v,vV+w,wW0\langle (v,w),(v,w) \rangle = \langle v,v \rangle_V + \langle w,w \rangle_W \geqq 0 となる。

  4. (v,w),(v,w)=0\langle (v,w),(v,w) \rangle = 0 のとき v,vV=0\langle v,v \rangle_V = 0w,wW=0\langle w,w \rangle _W = 0 となる。
    VVWW は内積空間であるため v=0v = 0w=0w = 0 となる。よって (v,w)=(0,0)=0V×W(v,w) = (0,0) = 0_{V \times W} である。

直交基底

定理

内積空間の部分集合 {vi}\{ v_i \}直交系であるとは,iji \neq j のとき vi,vj=0\langle v_i , v_j \rangle = 0 となるものである。

内積空間の基底 {vi}\{ v_i \} が直交系であるとき直交基底という。

特に直交基底 {vi}\{ v_i \} が各 ii に対して vi,vi=1\langle v_i , v_i \rangle = 1 を満たすとき,正規直交基底という。

様々な内積空間と直交基底

Rn\mathbb{R}^n

eie_iii 番目は 11 でそれ以外は 00nn 次元ベクトルとします。 {e1,,en}\{ e_1, \cdots , e_n \}Rn\mathbb{R}^n の正規直交基底になります。

三角関数

区間 [π,π][-\pi , \pi] 上の連続関数の集合 C([π,π])C([\pi , \pi])f,g=ππfgdx \langle f,g \rangle = \int_{-\pi}^{\pi} fg dx により内積空間となるのでした。

このとき {12π,1πcosnθ,1πsinnθ} \left\{ \dfrac{1}{\sqrt{2\pi}} , \dfrac{1}{\sqrt{\pi}} \cos n \theta , \dfrac{1}{\sqrt{\pi}} \sin n \theta \right\} は正規直交基底になります。→ 三角関数の積の積分と直交性

この事実はフーリエ展開の理論の基礎になります。

ルジャンドル多項式

C[1,1]C[-1,1] において Pn(x)=12nn!dndxn(x21)n P_n (x) = \dfrac{1}{2^n n!} \dfrac{d^n}{dx^n} (x^2-1)^n と表される多項式系をルジャンドル多項式といいます。

これは直交系になります。

中線定理

中線定理

VV を内積空間として,\| \quad \| を自然な内積とする。このとき任意の x,yVx,y \in V に対して x+y2+xy2=2(x2+y2) \| x+y \|^2 + \| x-y \|^2 = 2 \left( \| x \|^2 + \| y \|^2 \right) が成立する。

証明

x+y2=x+y,x+y=x2+2x,y+y2xy2=xy,xy=x22x,y+y2\begin{aligned} \| x+y \|^2 &= \langle x+y , x+y \rangle\\ &= \| x \|^2 + 2 \langle x,y \rangle + \| y \|^2\\ \| x-y \|^2 &= \langle x-y , x-y \rangle\\ &= \| x \|^2 - 2 \langle x,y \rangle + \| y \|^2 \end{aligned} より成立する。

複素ベクトル空間における内積

x=(x1,x2), y=(y1,y2)C2x = (x_1, x_2) , \ y= (y_1 , y_2) \in \mathbb{C}^2 とします。

このとき x,y=x1y1+x2y2 \langle x,y \rangle= x_1 y_1 + x_2 y_2 と定めると, (i,i),(i,i)=2<0 \langle (i,i) , (i,i) \rangle = -2 < 0 となり,内積とするには不都合です。

そのため,内積は x,y=x1y1+x2y2 \langle x,y \rangle= x_1 \overline{y_1} + x_2 \overline{y_2} と定義するのがよさそうです。

このとき y,x=y1x1+y2x2=x1y1+x2y2=x,y\begin{aligned} \langle y,x \rangle &= y_1 \overline{x_1} + y_2 \overline{x_2}\\ &= \overline{x_1 \overline{y_1} + x_2 \overline{y_2}}\\ &= \overline{\langle x,y \rangle} \end{aligned} となります。

この計算を見ると,複素数版の内積空間の定義には手を加える必要があると分かるでしょう。

定義

内積空間(計量ベクトル空間)

VV は複素ベクトル空間とする。

x,yVx, y \in V に対して,x,yC\langle x,y \rangle \in \mathbb{C}

  1. x,y=y,x\langle x,y \rangle = \overline{\langle y,x \rangle}
  2. x+ay,z=x,z+ay,z\langle x + ay , z \rangle = \langle x,z \rangle + a\langle y,z \ranglex,y,zVx,y,z \in VaCa \in \mathbb{C}
  3. x,x0\langle x,x \rangle \geqq 0
  4. x,x=0x=0\langle x,x \rangle = 0 \Rightarrow x = 0

を満たすとき, , \langle \ , \ \rangle内積といい,VV内積空間(計量ベクトル空間)という。

内積を明記して (V, , )(V, \langle \ , \ \rangle) と表記することもある。

また x=x,x\| x \| = \sqrt{\langle x,x \rangle}内積によって定まるノルムという。

実ベクトル空間では複素共役を取る必要がなくなるため,実ベクトル空間の内積の拡張になっています。

複素共役に注意すると,前述した内積の性質は次のように変わります。

  1. x,y1+ay2=x,y1+ax,y2\langle x,y_1 + a y_2 \rangle = \langle x,y_1 \rangle + \overline{a} \langle x,y_2 \rangle
  2. x,ay=ax,y\langle x,ay \rangle = \langle \overline{a} x , y \rangle

ベクトルの内積

2次元ベクトル (x1,x2)(x_1,x_2)(y1,y2)(y_1,y_2) に対して (x1,x2)(y1,y2)=x1y1+x2y2 (x_1,x_2) \cdot (y_1,y_2) = x_1 \overline{y_1} + x_2 \overline{y_2} と定めるとこれは内積になります。

もちろん nn 次元ベクトル (x1,,xn)(x_1, \cdots , x_n)(y1,,yn)(y_1, \cdots , y_n) に対しても同様に (x1,,xn)(y1,,yn)=x1y1++xnyn (x_1, \cdots , x_n) \cdot (y_1, \cdots , y_n) = x_1 \overline{y_1} + \cdots +x_n \overline{y_n} と内積を定めることができます。

行列と内積の関係は x,Ay=Ax,y \langle x, Ay \rangle = \langle A^{\ast} x , y \rangle となります。

AA^{\ast} は転置行列の複素共役を取ったものです。(随伴行列)

行列

Mn(C)M_n (\mathbb{C})n×nn \times n の複素数行列とします。

A,BMn(R)A,B \in M_n (\mathbb{R}) に対して A,B=tr (AB) \langle A,B \rangle = \mathrm{tr}\ (A B^{\ast}) と定義すると,これは内積になります。

関数空間

[0,1][0,1] 上の複素数値連続関数の集合 C([0,1])C([0,1]) もまたはベクトル空間を成し, f,g=abf(x)g(x)dx \langle f,g \rangle = \int_a^b f(x) \overline{g(x)} dx と内積を定めることができます。

ヒルベルト空間

代表的な内積空間にヒルベルト空間があります。

ヒルベルト空間

ベクトル空間 HH が内積空間かつ(自然なノルムについて)完備であるとき,ヒルベルト空間という。

※ 完備であるとは,任意の HH の点列 {xn}\{ x_n \} に対して,ある xHx \in H があって limnxxn=0\displaystyle \lim_{n \to \infty} \| x - x_n \| = 0 となることである。

ここで詳しくは触れませんが,ヒルベルト空間は関数にまつわる内積空間で頻繁に登場します。数学だけではなく,量子力学など物理や工学でも登場する数学的な概念です。

興味がある方は調べてみてください。

ヒルベルト空間は関数解析という分野で主に研究されます。関数解析は「無限次元の線型代数」とも呼ばれます。