一般化逆行列(ムーア・ペンローズの疑似逆行列)
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任意の 複素行列 に対して,以下の4つの条件を満たす 複素行列 がただ1つ存在する。
この を のムーア・ペンローズの疑似逆行列と呼ぶ。
ただし, は の随伴行列(共役転置)です。
疑似逆行列について,存在と一意性の証明や,おもしろい応用例(最小二乗解・最小ノルム解)を紹介します。
名前と記号
名前と記号
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「ムーア・ペンローズの疑似逆行列」は「一般逆行列」「一般化逆行列」「疑似逆行列」「Moore–Penrose Generalized Inverse」などいろいろな名前で呼ばれることがあります。この記事では単に「疑似逆行列」と呼ぶことにします。
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条件1のみを満たす を「一般逆行列」と呼ぶこともあります。ただし,ムーア・ペンローズ形でない一般逆行列はあまり見かけません。
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の疑似逆行列を と書くことにします。
疑似逆行列の存在と一意性
疑似逆行列の存在と一意性
冒頭の定義の繰り返しですが,以下は定理です。
任意の 複素行列 に対して,以下の4つの条件を満たす 複素行列 がただ1つ存在する。
1~4を満たす が存在することの証明には特異値分解を使います。任意の 行列 が特異値分解できることは認めます。→特異値分解の定義,性質,具体例
特異値分解を とする。つまり, は のユニタリ行列, は のユニタリ行列, は対角成分(行と列のインデックスが等しい要素)以外が である 行列。
とおくと1~4を満たすことがわかる。ただし, は「 を転置して でない各成分を逆数にした 行列」のことである。
紫文字の式より,疑似逆行列の具体的な計算方法もわかります。
一意性の証明は比較的簡単です。
と がいずれも に対して4つの式を満たすとすると,
(式1)
(式4)
(式1)
(随伴行列の性質)
(式4)
(式2)
同様に,
以上より
逆行列の一般化であること
逆行列の一般化であること
疑似逆行列は普通の逆行列の一般化になっています。
が正方行列で正則なら,
つまり,正則なら逆行列こそが疑似逆行列になります。
正則な正方行列 に対して,その逆行列を とすると以下を満たす:
- より
- より
つまり は疑似逆行列の定義式4つを満たす。
「正則でない正方行列」や「一般の 行列」に対しても「逆行列っぽいもの」を与えるのが疑似逆行列です。
応用例(最小二乗解と最小ノルム解)
応用例(最小二乗解と最小ノルム解)
以下, は 実数行列, は 次元ベクトル, は 次元ベクトルとします。
疑似逆行列 が現れるおもしろい定理です。
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の列ベクトルが線形独立なとき, を最小にする は
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の行ベクトルが線形独立なとき, を満たす の中で を最小にするものは
定理の解釈
一次方程式 を考えます。
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が正則なとき
の解は逆行列を使って と表せます。 -
の列ベクトルが線形独立なとき
,つまり が縦長行列だと, の解は存在するとは限りませんが,せめて を最小にしたいです。この解(最小二乗解)は疑似逆行列を使って と表せます。 -
の行ベクトルが線形独立なとき
,つまり が横長行列だと の解が無数に存在することがあります。そこで, の解の中でも「良い」ものを選びたいです。 が小さいものが「良い」という立場では,解(最小ノルム解)は と表せます。
定理の証明
の列ベクトルが線形独立なとき, は正則である。
なぜなら, のとき, より つまり , の列ベクトルが線形独立なので
よって が正則なので,最小二乗解は となる(この証明は,最小二乗法の行列表現(一変数,多変数,多項式))。
あとは であることを示せば良いが, が疑似逆行列の4つの式を満たしていることの確認は簡単。
の行ベクトルが線形独立なとき, は正則である(証明は1と同様)。
が正則なとき,最小ノルム解は となる(この証明は,最小ノルム解の導出と図による理解)。
あとは であることを示せば良いが, が疑似逆行列の4つの式を満たしていることの確認は簡単。
「疑似」と書くか「擬似」と書くか迷いますね。