リプシッツ条件と微分方程式の解の一意性

リプシッツ条件について解説します。リプシッツ条件は,

  • 大雑把に言うと「出力の変動が,入力の変動の定数倍でおさえられる」という条件です。詳しくは後述します。
  • 微分方程式の初期値問題を考えるときに重要な条件です。
  • リプシッツ条件を満たせば,微分方程式の解が一意に定まるので嬉しいです。

微分方程式の初期値問題

以下の微分方程式を考えます: {dxdt=f(t,x)x(t0)=x0\begin{cases} \dfrac{dx}{dt} = f(t,x)\\ x(t_0) = x_0 \end{cases} t=t0t=t_0 における xx の値(初期値)が与えられており「初期値問題」と言います。

微分方程式の初期値問題では,解が1つに定まる嬉しい場合と,残念ながら1つに定まらない場合があります。

解が1つに定まらない例

次の微分方程式を考えます: {dxdt=3x23x(0)=0\begin{cases} \dfrac{dx}{dt} = 3 x^{\frac{2}{3}}\\ x(0) = 0 \end{cases}

変数分離型の微分方程式 なので,定石に従って解くと 13x23dx=dtx13=t+C \int \dfrac{1}{3} x^{-\frac{2}{3}} dx = \int dt\\ x^{\frac{1}{3}} = t+C となります。t=0t=0x=0x=0 なので C=0C=0 です。よって,x=t3x = t^3 となります。

一方,x(t)=0x (t) = 0 もまた元の方程式を満たします。

もっと言うと, x(t)={t3(t<0)0(0t<1)(t1)3(1t) x(t) = \begin{cases} t^3 &(t < 0)\\ 0 &(0 \leqq t < 1)\\ (t-1)^3 &(1 \leqq t) \end{cases} もまた元の方程式を満たします。解がたくさんありますね。

リプシッツ条件と解の一意性

では,微分方程式の初期値問題について,解が一意に定まるのはどんな場合でしょうか? その十分条件を与えるのがリプシッツ条件です。

リプシッツ条件とは

リプシッツ条件(Lipschitz 条件)

f(t,x)f(t,x) を,閉区間 Ω={(t,x)tt0a,xx0b}\Omega = \{ (t,x) \mid |t-t_0|\leqq a ,|x-x_0 | \leqq b \} で定義された連続関数とする。

ある定数 LL があり,Ω\Omega 内の任意の2点 (t,x),(t,y)(t,x),(t,y) において f(t,x)f(t,y)Lxy |f(t,x) - f(t,y)| \leqq L|x-y| となるとき,ff はリプシッツ条件を満たすという。

大雑把に言うと「出力の変動が,入力の変動の定数倍(LL 倍)でおさえられる」という条件です。

微分方程式の解の存在と一意性

定理

f(t,x)f(t,x) を,閉区間 Ω={(t,x)tt0a,xx0b}\Omega = \{ (t,x) \mid |t-t_0|\leqq a ,|x-x_0 | \leqq b \} で定義された連続関数とする。

微分方程式 {dxdt=f(t,x)x(t0)=x0\begin{cases} \dfrac{dx}{dt} = f(t,x)\\ x(t_0) = x_0 \end{cases} を考える。

f(t,x)f(t,x)リプシッツ条件を満たすとき,tt0min(a,bM)|t-t_0| \leqq \mathrm{min} \left( a, \dfrac{b}{M} \right) において,この微分方程式の解は存在し一意に定まる。

なお,M=max(t,x)Ωf(t,x)\displaystyle M = \max_{(t,x) \in \Omega} f(t,x) である。

さきほどの例:f(t,x)=x23f(t,x) = x^{\frac{2}{3}} についてリプシッツ条件が成立しないことを確認してみましょう。

(t,0),(t,x0)(t,0), (t,x_0)x0>0x_0 > 0)を取ります。 f(t,x0)f(t,0)x00=x023x0=x013 \dfrac{|f(t,x_0) - f(t,0)|}{|x_0 - 0|} = \dfrac{{x_0}^{\frac{2}{3}}}{x_0} = {x_0}^{-\frac{1}{3}} となります。x00x_0 \to 0 のとき x013{x_0}^{-\frac{1}{3}} \to \infty です。

ゆえにどのように定数 LL を取っても,x0x_0 を十分小さく取ると f(t,x0)f(t,0)>Lx0 |f(t,x_0) - f(t,0)| > L|x_0| とできます。こうしてリプシッツ条件を満たさないことが分かりました。

解の存在と一意性定理の証明の概略

定理の証明は概略にとどめます。各パートでの計算量が多いため,ここに詳細は載せません。

証明の概略

関数列 {xn}\{x_n\}x0(t)=x0x_0 (t) = x_0xn+1(t)=x0(t)+t0tf(s,xn(s))ds\displaystyle x_{n+1}(t) = x_0(t) + \int_{t_0}^t f(s,x_{n} (s)) ds とおきます。(→逐次近似法と呼ばれる方法です)

解が存在することの証明

  1. (t,xn(t))Ω(t, x_n (t)) \in \Omega であることを示す。(本当に ff に代入していいか確認)
  2. xnx_n は一様収束する。→ x(t)=limnxn(t)\displaystyle x (t) = \lim_{n \to \infty} x_n (t) とおく。
  3. x(t)x(t) が微分方程式の解となる。

一意性の証明

x~(t)\tilde{x} (t) も解であると仮定すると,任意の正の整数 nn に対して, x(t)x~(t)mLnn!tt0n | x(t) - \tilde{x} (t) | \leqq \dfrac{m L^n}{n!} |t-t_0|^n が成立することを示す。n0n \to 0 とすることで x(t)=x~(t)x(t) = \tilde{x} (t) がわかる。

多変数版

多変数版の「リプシッツ条件」および「解の一意性定理」も紹介します。1変数の場合と同様です。

リプシッツ条件(多変数版)

Rn\mathbb{R}^n の有界な領域 Ω\OmegaΩ={(t,x)tt0a,xξ0b} \Omega = \{ (t,\mathbf{x}) \mid |t-t_0|\leq a ,\|\mathbf{x}-\xi_0 \| \leq b \} とする。

Ω\Omega 上の連続関数 f(t,x)f(t,\mathbf{x})リプシッツ条件を満たすとは,ある定数 LL があり Ω\Omega 内の任意の2点 (t,x),(t,y)(t,\mathbf{x}),(t,\mathbf{y}) において f(t,x)f(t,y)Lxy \| \mathbf{f} (t,\mathbf{x}) - \mathbf{f} (t,\mathbf{y}) \| \leqq L \| \mathbf{x} - \mathbf{y}\| となることである.

ただし,

  • Rn\mathbb{R}^n の元 x=t(x1,x2,,xn)\mathbf{x} = {}^t (x_1,x_2,\cdots ,x_n)y=t(y1,y2,,yn)\mathbf{y} = {}^t (y_1,y_2,\cdots ,y_n) に対して, xy=(x1y1)2+(xnyn)2 \| \mathbf{x} - \mathbf{y} \| = \sqrt{(x_1 - y_1)^2 + \cdots (x_n - y_n)^2} と定めます。
  • f:Rn+1Rn\mathbf{f} : \mathbb{R}^{n+1} \to \mathbb{R}^n を,n+1n+1 変数の実数値関数 f1,f2,,fnf_1 , f_2 , \cdots , f_n を用いて f(t,x)=(f1(t,x1,x2,,xn)f2(t,x1,x2,,xn)fn(t,x1,x2,,xn)) \mathbf{f} (t, \mathbf{x}) = \begin{pmatrix} f_1 (t , x_1 , x_2 , \cdots , x_n)\\ f_2 (t , x_1 , x_2 , \cdots , x_n)\\ \vdots\\ f_n (t , x_1 , x_2 , \cdots , x_n) \end{pmatrix} と定めます。

リプシッツ条件を満たすとき,nn 変数の微分方程式でも解の存在と一意性が従います。

定理

f(t,x)\mathbf{f} (t,x) を,閉区間 Ω={(t,x)tt0a,xξ0b} \Omega = \{ (t,\mathbf{x}) \mid |t-t_0|\leq a ,\|\mathbf{x}-\xi_0 \| \leq b \} で定義された連続関数とする。

微分方程式 {dx1dt=f1(t,x1,x2,,xn),x1(t0)=ξ1dx2dt=f2(t,x1,x2,,xn),x2(t0)=ξ2dxndt=fn(t,x1,x2,,xn),xn(t0)=ξn\begin{cases} \dfrac{d{x_1}}{d{t}} = f_1 (t , x_1,x_2,\cdots ,x_n) , &x_1(t_0) = \xi_1\\ \dfrac{d{x_2}}{d{t}} = f_2 (t , x_1,x_2,\cdots ,x_n) , &x_2(t_0) = \xi_2\\ \quad \vdots\\ \dfrac{d{x_n}}{d{t}} = f_n (t , x_1,x_2,\cdots ,x_n) , &x_n(t_0) = \xi_n \end{cases} を考える。

f(t,x)\mathbf{f} (t,x) がリプシッツ条件を満たすとき,tt0min(a,bM)|t-t_0| \leqq \mathrm{min} \left( a, \dfrac{b}{M} \right) において,微分方程式の解は存在し一意に定まる。

なお,M=max(t,x)Ωf(t,x)\displaystyle M = \max_{(t,\mathbf{x}) \in \Omega} f(t,\mathbf{x}) である。

斉次線形微分方程式

最後に,リプシッツ条件が成立する(ので解が一意に定まる)ような重要な例を紹介します。

定理

nn 階の定数係数の斉次線形微分方程式 dnxdtn+an1(t)dn1xdtn1++a1(t)dxdt+a0(t)x=0 \dfrac{d^n x}{dt^n} + a_{n-1}(t) \dfrac{d^{n-1} x}{dt^{n-1}} + \cdots + a_{1}(t) \dfrac{dx}{dt} + a_0(t) x = 0 の解は,

  • ai(t)(i=0,1,...,n1)a_i(t)\:(i=0,1,...,n-1) が有界なら(初期値に応じて)一意に定まる。
  • 特に,各 ai(t)a_i(t)tt に依存しない定数なら(初期値に応じて)一意に定まる。
証明

x1=xx_1 = xx2=xx_2 = x'\cdotsxn=x(n1)x_{n} = x^{(n-1)} とおく。

このとき微分方程式は {x1=x2x2=x3xn1=xnxn=(an1xn2++a1x2+a0x1)\begin{cases} {x_1}' = x_2\\ {x_2}' = x_3\\ \quad \vdots\\ {x_{n-1}}' = x_{n}\\ {x_{n}}' = - (a_{n-1} x_{n-2} + \cdots + a_1 x_2 + a_0 x_1) \end{cases} と表せる(1本の微分方程式をあえて nn 本の連立方程式で表した)。行列で表すと ddt(x1xn)=(010001a0a1an1)(x1xn) \dfrac{d}{dt} \begin{pmatrix} x_1\\ \vdots \\ \vdots \\x_{n} \end{pmatrix} = \begin{pmatrix} 0&1& & 0 \\ \vdots & & \ddots & \\ 0 & 0 & & 1\\ -a_0 & -a_1 & \cdots &-a_{n-1} \end{pmatrix} \begin{pmatrix} x_1\\ \vdots \\ \vdots \\x_{n} \end{pmatrix}

ここで右辺に表れた n×nn\times n 行列を AA とおくと, ddtx=Ax \dfrac{d}{dt} \mathbf{x} = A \mathbf{x} となる。この解が一意に定まることを証明すればよい。すなわち f(t,x)=Ax\mathbf{f} (t,\mathbf{x}) = A \mathbf{x} がリプシッツ条件を満たすことを証明すればよい。

Ax2=x2x3a0x1an1xn2=x22++xn2+(a0x1++an1xn)2k=1nxk2+(k=0n1ak2)(k=1nxk2)=(1+k=0n1ak2)x2\begin{aligned} \| A \mathbf{x} \|^2 &= \left\| \begin{matrix} x_2\\ x_3\\ \vdots\\ -a_0 x_1 - \cdots - a_{n-1} x_n \end{matrix} \right\|^2\\ &= {x_2}^2 + \cdots + {x_n}^2 + ({a_0} {x_1} + \cdots + {a_{n-1}} {x_n})^2\\ &\leqq \sum_{k=1}^n {x_k}^2 + \left( \sum_{k=0}^{n-1} {a_k}^2 \right) \left( \sum_{k=1}^n {x_k}^2 \right)\\ &= \left( 1+ \sum_{k=0}^{n-1} {a_k}^2 \right) \| \mathbf{x} \|^2 \end{aligned} となる(途中の不等号はシュワルツの不等式)。

よって,L=1+k=0n1ak2\displaystyle L = \sqrt{1+ \sum_{k=0}^{n-1} {a_k}^2} とすると,

f(t,x)f(t,y)=AxAyLxy\begin{aligned} \| \mathbf{f} (t,\mathbf{x}) - \mathbf{f} (t,\mathbf{y}) \| &= \| A\mathbf{x} - A\mathbf{y} \|\\ &\leqq L \| \mathbf{x} - \mathbf{y} \| \end{aligned} であるため,f\mathbf{f} はリプシッツ条件を満たす。

なお,このとき f=Ax\mathbf{f} = A \mathbf{x}Rn+1\mathbb{R}^{n+1} 全体で定義されるため,微分方程式の解は Rn\mathbb{R}^n 全体で存在し,一意に定まる。

なおこの結果を使って「定数係数の nn 階斉次線形微分方程式」の解空間が nn 次元ベクトル空間を成すことが証明できます。 →n階斉次線形微分方程式の解空間

「定数係数 nn 階斉次線形微分方程式」は漢字だらけの長い単語ですね。