偏角の原理の応用がルーシェの定理です。
ルーシェの定理
D をなめらかな曲線に囲まれた有界な領域とする。
f,g を D の開近傍上の正則関数とする。
∂D 上で ∣f(z)∣>∣g(z)∣ であれば,D 内の f の零点の個数と f+g の零点の個数は(重複度を含めて)一致する。
例
実際に定理を使って主張を味わいましょう。
例1
z3−6z+9=0 は単位円内 Δ(0,1) でいくつ解を持つか計算してみましょう。
3次方程式を実際に解くと z=−3,23±3i となり,Δ(0,1) における解の個数は0個となります。
それではルーシェの定理を使ってみましょう。∂Δ(0,1) 上では
∣z3−6z∣=∣z∣∣z2−6∣=∣z2−6∣≦∣z2∣+∣−6∣=7<9
です。
よって f(z)=9,g(z)=z3−6z としてルーシェの定理を用いると,z3−6z+9=0 の Δ(0,1) における解の個数は,9=0 の Δ(0,1) における解の個数と一致することがわかります。
9=0 には解が存在しないことは明らかなので,z3−6z+9=0 は単位円内で解を持たないことが得られました。
例2
多項式以外も考えられます。
Δ(0,2) における z2=sinz の解の個数を調べてみましょう。
z=2eiθ として計算をします。
∣sinz∣=∣∣2ieiz−e−iz∣∣≦∣2i∣∣eiz∣+∣e−iz∣=2e2sinθ+e−2sinθ
簡単な微分の計算により f(t)=e2t+e−2t(−1≦t≦1) は t=±1 で最大値を取ります。よって
∣sinz∣≦21(e2+e−2)
を得ます。
2.7<e<2.8 から
21(e2+e−2)<21(2.82+2.721)=27.977⋯<4
と計算できます。よって ∂Δ(0,2) 上で
∣sinz∣<∣z2∣
となります。ゆえに Δ(0,2) における z2=0 の解の個数と z2−sinz=0 の解の個数は等しくなります。
以上より Δ(0,2) で z2=sinz は2個の解を持つことがわかりました。
例3:代数学の基本定理
代数学の基本定理
複素数係数の n 次方程式は複素数の範囲で(重複度も含めて)n 個の解を持つ。
を証明しましょう。
証明
h(z)=xn+a1xn−1+⋯+a0 の零点の個数が(重複度を含めて)n 個であることをしめす。
f(z)=xn,g(z)=a1xn−1+⋯+an とおく。f(z) は z=0 に n 個の零点を持つ。
a=max(∣a1∣,∣a2∣,⋯,∣an∣,1) とする。
∣z∣=R>an のとき,
∣g(z)∣=∣a1xn−1+⋯+an∣≦∣a1xn−1∣+⋯+∣an∣≦a(∣xn−1∣+⋯+1)=a(Rn−1+Rn−2+⋯+1)<a(Rn−1+Rn−1+⋯+Rn−1)=anRn−1<Rn=∣f(z)∣
である。すなわち ∂Δ(0,R) 上で ∣f∣>∣g∣ である。ゆえにルーシェの定理から h(z)=f(z)+g(z) は Δ(0,R) で n 個の零点を持つ。
R→∞ を考えることで,h(z) は C で n 個の解を持つことが示された。
ルーシェの定理の証明
証明
D×[0,1] 上の連続関数 h(z,t) を
h(z,t)=f(z)+tg(z)f′(z)+tg′(z)(0≦t≦1)
とおく。仮定より ∂D 上で
∣f(z)+tg(z)∣≧∣f(t)∣+t∣g(t)∣≧∣f(t)∣−∣g(t)∣>0
である。よって f(z)+tg(z) は ∂D 上で零点を持たない。また仮定より f,g は ∂D 上で正則になるため,f(z)+tg(z) は ∂D 上で極も持たない。こうして偏角の原理から
N(t)=∮∂Dh(z,t)dz
は D 内での零点の個数を与える。(f,g の正則性から極の個数 P=0 であることに注意する。)
N(t) が連続関数であることを示す。
a∈[0,1] を任意に取る。
∣N(t)−N(a)∣=∣∣∮∂D(h(z,t)−h(z,a))dz∣∣≦∮∂D∣h(z,t)−h(z,a)∣∣dz∣≦∮∂Dz∈∂Dsup{∣h(z,t)−h(z,a)∣}∣dz∣=Lz∈∂Dsup{∣h(z,t)−h(z,a)∣}
なお,L=∮∂D∣dz∣ とおいた。
h(z,t) は t の連続関数であるため,t→a とすると,supz∈∂D{∣h(z,t)−h(z,a)∣}→0 となる。すなわち t→a で N(t)→N(a) となり連続性が示された。
N(t) は零点の個数を与えていたため整数値を取る。よって N(t) は一定値を取る。
こうして N(0)=N(1) を得る。
N(0)N(1)=∮∂f(z)f′(z)dz=(fの零点の個数)=∮∂f(z)+g(z)f′(z)+g′(z)dz=(f+gの零点の個数)
より主張を得る。
なお,一般に z∈C,w をなめらかな曲線 Γ 上の点として,f(z,w) を z,w に関する連続関数であるとしたとき,
F(z)=∫Γf(z,w)dw
は z の連続関数となります。
偏角の原理はゼータ関数の零点を探すときにも用いられます。