偏角の原理とルーシェの定理~方程式の解の個数について

偏角の原理

DD をなめらかな曲線に囲まれた有界な領域とする。

ffD\partial D 上で極も零点も持たない D\overline{D} 上の有理型関数とする。

ffDD 上の零点の(重複度を含めた)個数を NN,極の(重複度を含めた)個数を PP とする。このとき 12πiDf(z)f(z)dz=NP \dfrac{1}{2 \pi i} \oint_{\partial D} \dfrac{f' (z)}{f(z)} dz = N-P である。

example

※領域 DD を囲うなめらかな曲線は,互いに交わらなければ複数個でも構いません。よって中心に穴が開いた領域にも偏角の原理を適応することができます。

偏角の原理は,特殊な複素積分によって複素関数の零点・極の個数が計算できるという定理です。この定理を応用することで,複雑な計算をせずに方程式の解を調べることができます。

この記事では偏角の原理の例や証明に加え,重要な帰結であるルーシェの定理も紹介します。

有理型関数

領域 DD 上の連続関数 ff を考えます。

ff の特異点が離散的で,真性特異点を持たないとき有理型関数といいます。

有理型関数の例

多くの関数は C\mathbb{C} 上で有理型です。

1z,z2+1z2\dfrac{1}{z} , \dfrac{z^2+1}{z-2} など 有理関数(多項式の有理式であらわされる関数)は有理型です。特異点は分母の方程式の解ですが,多項式の零点は有限個なので,特異点は離散的です。また零点の重複度がそのまま極の位数となり,真性特異点を持つことはありません。

tanz\tan z は有理型です。特異点は 2n12π  (nZ)\dfrac{2n-1}{2} \pi \; (n \in \mathbb{Z}) となり離散的です。また特異点はすべて1位の極です。

e1ze^{\frac{1}{z}} は有理型ではありませんz=0z = 0 で真性特異点を持ちます。

定理の計算例

偏角の原理

12πiDf(z)f(z)dz=NP \dfrac{1}{2 \pi i} \oint_{\partial D} \dfrac{f' (z)}{f(z)} dz = N-P

コーシーの積分定理と積分経路の変形 で登場した例題を振り返ります。

例題

CC を楕円 14x2+y2=1\dfrac{1}{4} x^2 + y^2 = 1 に反時計回りに向きを付けた曲線とする。このとき C2zz21dz \oint_C \dfrac{2z}{z^2-1} dz を求めよ。

積分経路を変形して計算した結果,積分値は 4πi4\pi i でした。

(z21)=2z(z^2-1)' = 2z であることから,偏角の原理を用いることができます。z21z^2-1CC 内での零点は z=±1z = \pm 1 の2個で,特異点は0個です。

よって偏角の原理から C2zz21dz=2πi(NP)=4πi \oint_C \dfrac{2z}{z^2-1} dz = 2 \pi i (N-P) = 4 \pi i と計算できました。

証明

位数

f(z)=n=man(za)n\displaystyle f(z) = \sum_{n=m}^{\infty} a_n (z-a)^n とローラン展開できたとき mm のことを ff の位数とよび,ordf(a)\mathrm{ord}_f (a) によって表します。なお,このときの mm は正である必要はありません。

ff の零点を a1,,ama_1 , \cdots , a_m とすると,位数の定義から N=k=1mordf(ak) N = \sum_{k=1}^m \mathrm{ord}_f (a_k) となることがわかります。同様に極を b1,,bnb_1 , \cdots , b_n とすると P=k=1nordf(bk) P = \sum_{k=1}^n \mathrm{ord}_f (b_k) となることがわかります。

補題

まずは次の補題を示します。

定理

ff を領域 DD 上の有理型関数とする。任意の aDa \in D に対して ordf(a)=Res(ff,a) \mathrm{ord}_f (a) = \mathrm{Res} \left( \dfrac{f'}{f} , a \right) である。

証明

ordf(a)=m\mathrm{ord}_f (a) = m とおく。このとき z=az=a で零点を持たず正則な関数 f~(z)\tilde{f} (z) により f(z)=(za)mf~(z)f(z) = (z-a)^m \tilde{f} (z) と書ける。

f(z)f(z)={(za)mf~(z)}(za)mf~(z)=m(za)m1f~(z)+(za)mf~(z)(za)mf~(z)=mza+f~(z)f~(z)\begin{aligned} \dfrac{f' (z)}{f(z)} &= \dfrac{\{(z-a)^m \tilde{f} (z)\}'}{(z-a)^m \tilde{f} (z)}\\ &= \dfrac{m (z-a)^{m-1} \tilde{f} (z) + (z-a)^m \tilde{f}' (z)}{(z-a)^m \tilde{f} (z)}\\ &= \dfrac{m}{z-a} + \dfrac{\tilde{f}' (z)}{\tilde{f} (z)} \end{aligned} と計算される。

よって Res(ff,a)=12πiΔ(a,R)f(a)f(a)dz=12πiΔ(a,R)(mza+f~(z)f~(z))dz\begin{aligned} \mathrm{Res} \left( \dfrac{f'}{f} , a \right) &= \dfrac{1}{2\pi i} \oint_{\partial \Delta (a,R)} \dfrac{f' (a)}{f (a)} dz\\ &= \dfrac{1}{2\pi i} \oint_{\partial \Delta (a,R)} \left( \dfrac{m}{z-a} + \dfrac{\tilde{f}' (z)}{\tilde{f} (z)} \right) dz \end{aligned} である。

1項目

1項目はコーシーの積分公式を思い出すと mm となる。

2項目

f~\tilde{f}z=az=a で正則であったため,f~\tilde{f}'z=az=a で正則となる。特に ff は有理型関数であったため,特異点は離散的である。ゆえに f~\tilde{f}'f~\tilde{f}z=az=a の近傍で正則となり,f~(z)f~(z)\dfrac{\tilde{f}' (z)}{\tilde{f} (z)}z=az=a の近傍で正則であることがわかる。

こうして RR を十分小さくとると,コーシーの積分定理から Δ(a,R)f~(z)f~(z)=0 \oint_{\partial \Delta (a,R)} \dfrac{\tilde{f}' (z)}{\tilde{f} (z)} = 0 となる。

以上合わせて Res(ff,a)=m=ordf(a) \mathrm{Res} \left( \dfrac{f'}{f} , a \right) = m = \mathrm{ord}_f (a) を得る。

本証明

この補題を用いれば一瞬で偏角の原理が得られます。

偏角の原理の証明

DD 内の ff の零点を a1,,ama_1 , \cdots , a_m,極を b1,,bnb_1, \cdots , b_n とする。f(z)f(z)\dfrac{f' (z)}{f(z)}DD における孤立特異点は上で尽くされる(後述)。

よって留数定理から 12πiDf(z)f(z)dz=k=1mRes(ff,ak)+k=1nRes(ff,bk)=k=1mordf(ak)+k=1nordf(bk)=NP\begin{aligned} \dfrac{1}{2\pi i} \oint_{\partial D} \dfrac{f'(z)}{f(z)} dz &= \sum_{k=1}^m \mathrm{Res} \left( \dfrac{f'}{f} , a_k \right) + \sum_{k=1}^n \mathrm{Res} \left( \dfrac{f'}{f} , b_k \right)\\ &= \sum_{k=1}^m \mathrm{ord}_f (a_k) + \sum_{k=1}^n \mathrm{ord}_f (b_k)\\ &= N - P \end{aligned} である。

特異点が尽くされている証明

f(z)f(z)\dfrac{f' (z)}{f(z)}DD における孤立特異点になりうる点は,1/f1/f の特異点と ff' の特異点である。

コーシーの積分公式とその応用で証明した系から,ff が正則であるとき ff' も正則となる。よって ff' の孤立特異点は ff の孤立特異点である。

1/f1/f の特異点となりうる点は,ff の特異点と ff の零点である。

以上より尽くされることが従う。

「偏角の原理」の「偏角」とは何なのか

偏角の原理に何をもって「偏角」という名が付いているのか説明します。

曲線 D\partial D 上のパラメタを c(t)  (atb)c(t) \; (a \leqq t \leqq b) とします。ここで関数 log(f(c(t)))\log (f(c(t))) を考えます。

対数関数の多価性から log(f(c(t)))=logf(c(t))+iargf(z(t)) \log (f(c(t))) = \log |f(c(t))| + i\arg f(z(t)) と表されるのでした。

偏角 argf(c(t))\arg f(c(t))θ(t)\theta (t) で表しましょう。上の式の辺々を微分すると f(c(t))f(c(t))c(t)=ddtlogc(t)+idθdt \dfrac{f'(c(t))}{f(c(t))} c'(t) = \dfrac{d}{dt} \log |c(t)| + i \dfrac{d\theta}{dt} となります。

こうして偏角の原理における積分が logf(z)\log f(z) を与えることがわかりました。

c(a)=c(b)c(a) = c(b) に注意すると次のように計算されます。 12πiDf(z)f(z)dz=12πi(logc(b)logc(a))+12πi(θ(b)θ(a))=12πi(θ(b)θ(a))\begin{aligned} \dfrac{1}{2\pi i} \oint_{\partial D} \dfrac{f'(z)}{f(z)} dz &= \dfrac{1}{2 \pi i} (\log |c(b)| - \log |c(a)|)\\ &\quad\quad + \dfrac{1}{2 \pi i} (\theta (b) - \theta (a)) \\ &= \dfrac{1}{2 \pi i} (\theta (b) - \theta (a)) \end{aligned}

こうして偏角の原理から経路を一周する間の偏角の変化量零点と極の個数に関連していることがわかります。

対数微分

対数関数との関連性から,偏角の原理に現れる被積分関数 f/ff'/f を対数微分と呼ぶことがあります。

近しいトピックに対数積分 li(x)=0xdtlogt\displaystyle \mathrm{li} (x) = \int_0^x \dfrac{dt}{\log t} があります。

ルーシェの定理

偏角の原理の応用がルーシェの定理です。

ルーシェの定理

DD をなめらかな曲線に囲まれた有界な領域とする。

f,gf,gD\overline{D} の開近傍上の正則関数とする。

D\partial D 上で f(z)>g(z)|f(z)| > |g(z)| であれば,DD 内の ff の零点の個数f+gf+g の零点の個数は(重複度を含めて)一致する。

実際に定理を使って主張を味わいましょう。

例1

z36z+9=0z^3-6z+9=0 は単位円内 Δ(0,1)\Delta (0,1) でいくつ解を持つか計算してみましょう。

3次方程式を実際に解くと z=3,3±3i2z = -3, \dfrac{3\pm \sqrt{3} i}{2} となり,Δ(0,1)\Delta (0,1) における解の個数は0個となります。

それではルーシェの定理を使ってみましょう。Δ(0,1)\partial \Delta (0,1) 上では z36z=zz26=z26z2+6=7<9\begin{aligned} |z^3-6z| &= |z| |z^2-6|\\ &= |z^2-6|\\ &\leqq |z^2| + |-6|\\ &= 7 < 9 \end{aligned} です。

よって f(z)=9,g(z)=z36zf(z) = 9 , g(z) = z^3 - 6z としてルーシェの定理を用いると,z36z+9=0z^3-6z+9 = 0Δ(0,1)\Delta (0,1) における解の個数は,9=09=0Δ(0,1)\Delta (0,1) における解の個数と一致することがわかります。

9=09=0 には解が存在しないことは明らかなので,z36z+9=0z^3-6z+9=0 は単位円内で解を持たないことが得られました。

例2

多項式以外も考えられます。

Δ(0,2)\Delta (0,2) における z2=sinzz^2 = \sin z の解の個数を調べてみましょう。

z=2eiθz = 2 e^{i\theta} として計算をします。

sinz=eizeiz2ieiz+eiz2i=e2sinθ+e2sinθ2\begin{aligned} |\sin z| &= \left| \dfrac{e^{iz}-e^{-iz}}{2i} \right|\\ &\leqq \dfrac{|e^{iz}| + |e^{-iz}|}{|2i|}\\ &= \dfrac{e^{2 \sin \theta} + e^{-2\sin \theta}}{2} \end{aligned}

簡単な微分の計算により f(t)=e2t+e2t  (1t1)f(t) = e^{2t} + e^{-2t} \; (-1 \leqq t \leqq 1)t=±1t=\pm 1 で最大値を取ります。よって sinz12(e2+e2) |\sin z| \leqq \dfrac{1}{2} (e^2 + e^{-2}) を得ます。

2.7<e<2.82.7 < e < 2.8 から 12(e2+e2)<12(2.82+12.72)=7.9772<4\begin{aligned} \dfrac{1}{2} (e^2 + e^{-2}) &< \dfrac{1}{2} \left( 2.8^2+\dfrac{1}{2.7^2} \right)\\ &= \dfrac{7.977 \cdots}{2} < 4 \end{aligned} と計算できます。よって Δ(0,2)\partial \Delta (0,2) 上で sinz<z2 |\sin z| < |z^2| となります。ゆえに Δ(0,2)\Delta (0,2) における z2=0z^2 = 0 の解の個数と z2sinz=0z^2 - \sin z = 0 の解の個数は等しくなります。

以上より Δ(0,2)\Delta (0,2)z2=sinzz^2 = \sin z は2個の解を持つことがわかりました。

例3:代数学の基本定理

代数学の基本定理

複素数係数の nn 次方程式は複素数の範囲で(重複度も含めて)nn 個の解を持つ。

を証明しましょう。

証明

h(z)=xn+a1xn1++a0h(z) = x^n + a_1 x^{n-1} + \cdots + a_0 の零点の個数が(重複度を含めて)nn 個であることをしめす。

f(z)=xnf(z) = x^ng(z)=a1xn1++ang(z) = a_1 x^{n-1} + \cdots + a_n とおく。f(z)f(z)z=0z=0nn 個の零点を持つ。

a=max(a1,a2,,an,1)a = \max (|a_1| , |a_2| , \cdots , |a_n| , 1) とする。

z=R>an|z| = R > an のとき, g(z)=a1xn1++ana1xn1++ana(xn1++1)=a(Rn1+Rn2++1)<a(Rn1+Rn1++Rn1)=anRn1<Rn=f(z)\begin{aligned} |g(z)| &= |a_1 x^{n-1} + \cdots + a_n|\\ &\leqq |a_1 x^{n-1}| + \cdots + |a_n|\\ &\leqq a (|x^{n-1}| + \cdots + 1)\\ &= a (R^{n-1} + R^{n-2} + \cdots + 1)\\ &< a (R^{n-1} + R^{n-1} + \cdots + R^{n-1})\\ &= an R^{n-1} \\ &< R^n = |f(z)| \end{aligned} である。すなわち Δ(0,R)\partial \Delta (0,R) 上で f>g|f| > |g| である。ゆえにルーシェの定理から h(z)=f(z)+g(z)h (z) = f(z) + g(z)Δ(0,R)\Delta (0,R)nn 個の零点を持つ。

RR \to \infty を考えることで,h(z)h(z)C\mathbb{C}nn 個の解を持つことが示された。

ルーシェの定理の証明

証明

D×[0,1]D \times [0,1] 上の連続関数 h(z,t)h(z,t)h(z,t)=f(z)+tg(z)f(z)+tg(z)(0t1) h(z,t) = \dfrac{f' (z) + t g'(z)}{f(z) + t g(z)} \quad (0 \leqq t \leqq 1) とおく。仮定より D\partial D 上で f(z)+tg(z)f(t)+tg(t)f(t)g(t)>0\begin{aligned} |f(z) + tg(z)| &\geqq |f(t)| + t |g(t)|\\ &\geqq |f(t)| - |g(t)|\\ &> 0 \end{aligned} である。よって f(z)+tg(z)f(z) + tg(z)D\partial D 上で零点を持たない。また仮定より f,gf,gD\partial D 上で正則になるため,f(z)+tg(z)f(z) + tg(z)D\partial D 上で極も持たない。こうして偏角の原理から N(t)=Dh(z,t)  dz N (t) = \oint_{\partial D} h(z,t) \; dz DD 内での零点の個数を与える。(f,gf,g の正則性から極の個数 P=0P=0 であることに注意する。)

N(t)N(t) が連続関数であることを示す。

a[0,1]a \in [0,1] を任意に取る。

N(t)N(a)=D(h(z,t)h(z,a))  dzDh(z,t)h(z,a)dzDsupzD{h(z,t)h(z,a)}dz=LsupzD{h(z,t)h(z,a)}\begin{aligned} |N(t) - N(a)| &= \left| \oint_{\partial D} (h(z,t) - h(z,a)) \; dz \right|\\ &\leqq \oint_{\partial D} |h(z,t) - h(z,a)| |dz|\\ &\leqq \oint_{\partial D} \sup_{z \in \partial D} \{ |h(z,t) - h(z,a)| \} |dz|\\ &= L \sup_{z \in \partial D} \{ |h(z,t) - h(z,a)| \} \end{aligned} なお,L=Ddz\displaystyle L =\oint_{\partial D} |dz| とおいた。

h(z,t)h (z,t)tt の連続関数であるため,tat \to a とすると,supzD{h(z,t)h(z,a)}0\sup_{z \in \partial D} \{ |h(z,t) - h(z,a)| \} \to 0 となる。すなわち tat \to aN(t)N(a)N(t) \to N(a) となり連続性が示された。

N(t)N(t) は零点の個数を与えていたため整数値を取る。よって N(t)N(t) は一定値を取る。

こうして N(0)=N(1)N(0) = N(1) を得る。 N(0)=f(z)f(z)dz=(f  の零点の個数)N(1)=f(z)+g(z)f(z)+g(z)dz=(f+g  の零点の個数)\begin{aligned} N(0) &= \oint_{\partial} \dfrac{f'(z)}{f(z)} dz = (f \; \text{の零点の個数})\\ N(1) &= \oint_{\partial} \dfrac{f'(z)+g'(z)}{f(z)+g(z)} dz = (f+g\; \text{の零点の個数}) \end{aligned} より主張を得る。

なお,一般に zCz \in \mathbb{C}ww をなめらかな曲線 Γ\Gamma 上の点として,f(z,w)f(z,w)z,wz,w に関する連続関数であるとしたとき, F(z)=Γf(z,w)dw F(z) = \int_{\Gamma} f(z,w) dw zz の連続関数となります。

偏角の原理はゼータ関数の零点を探すときにも用いられます。