エンタルピーの定義と物理的意味

この記事ではエンタルピーについて解説します。エンタルピーは高校の熱力学では扱われないやや高度な概念です。エンタルピーの導入部分では,(高校レベルでは)発展的な知識を用います。

以下で用いる P,V,N,TP,V,N,T はそれぞれ圧力,体積,分子数,温度を指すことにします。

(発展)完全な熱力学関数

熱力学の根幹となる概念として完全な熱力学関数というものがあります。完全な熱力学関数とは,P,V,N,T...P,V,N,T... などの熱力学の対象となるマクロな物理量を基本変数として,熱力学の系の完全な情報を含む関数のことです。

完全な熱力学関数の具体例としては U,S,H... U,S,H... などがあります。ここで UU は内部エネルギー,SS はエントロピー,そして HH が今回扱うエンタルピーです。

各完全な熱力学関数は,それに対応する基本変数と,基本変数と組になる共役な変数を用いて記述されます。例えば内部エネルギー UU は以下のようになります。 dU=pdV+TdS+μidNi dU=-pdV+TdS+\mu_idN_i 左辺の UUdUdU という’微分’の形で表されています。同様に右辺にも’微分’の形で表された変数があり,これらが UU の基本変数となります。また,基本変数に通常の形でくっついている項が基本変数に共役な変数となります。まとめると,UU の各変数は以下のようになります。

基本変数:V,S,NV,S,N
共役な変数:P,T,μP,T,\mu

基本変数の種類から,UU は,SVNSVN 表示の熱力学関数とも呼ばれます。

また,UU の表式からわかるように,UU について以下の関係式が成り立ちます。 (UV)S,N=P(US)N,V=T(UN)V,S=μ \left(\dfrac{\partial U}{\partial V}\right)_{S,N}=-P\quad\left(\dfrac{\partial U}{\partial S}\right)_{N,V}=T\quad\left(\dfrac{\partial U}{\partial N}\right)_{V,S}=\mu

(発展)ルジャンドル変換とエンタルピーの定義

完全な熱力学関数を基本変数についてルジャンドル変換することで,基本変数の取り替えを行うことができます。ルジャンドル変換は,物理学で重要な役割を果たす,式の数学的な取り扱いです。詳しくは以下の記事をご覧ください。
ルジャンドル変換の意味と具体例

ここでようやくエンタルピーを定義したいと思います。

エンタルピーの定義

エンタルピーとは完全な熱力学関数 UU を基本変数 VV についてルジャンドル変換したものである。すなわち H=U+PV H=U+PV でエンタルピー HH を定義する。

エンタルピーは内部エネルギーをルジャンドル変換したものなので,当然完全な熱力学関数となっています。よって理論上は,エンタルピーを知れば熱力学系の全てがわかります。その基本変数はどうなっているでしょうか。定義の右辺を計算してみれば,基本変数がわかります。 dH=d(U+PV)=dU+PdV+VdP=(PdV+TdS+μidNi)+PdV+VdP=TdS+VdP+μidNi \begin{aligned} dH=d(U+PV) &=dU+PdV+VdP\\ &=(-PdV+TdS+\mu_idN_i)+PdV+VdP\\ &=TdS+VdP+\mu_idN_i \end{aligned} よってエンタルピーの基本変数は S,P,NS,P,N とわかりました。基本変数の種類から,HH は,SPNSPN 表示の熱力学関数とも呼ばれます。

エンタルピーの単位

以上のような理論的な立場からエンタルピーという物理量が要請されました。ここからはエンタルピーの単位について見ていきます。

まずエンタルピーの単位について,定義式からもわかるように,エンタルピーは内部エネルギーと同じ次元を持っています。よって代表的な単位は J(ジュール)=Nm\mathrm{J}\text{(ジュール)}=\mathrm{N\cdot m} となります。 関連して,エンタルピーを単位質量あたりに換算した比エンタルピーが工学の分野でしばしば使われます。比エンタルピーの単位は kJ/kg\mathrm{kJ/kg} でよく表されます。

エンタルピーの物理的意味

ここまでエンタルピーを理論的な観点から見てきました。しかし,内部エネルギーやエントロピーのように,もっと直観的に理解する方法はないのかと疑問に思うところです。そこでジュール•トムソンの実験と呼ばれる例題を通してその疑問にお答えしていきます。

例題

ジュール•トムソンの実験 上の図のように,管とピストンによってかこまれた気体が,綿線によってへだてられて2つに分かれている。綿線は気体を通すが,2つの部屋の気体の圧力を,一般に異なる状態にする役割を持っている。今,ピストンをゆっくりと動かし,図の左側の小室にある気体をすべて右側の小室に押し出した。そのときの圧力や体積の変化は図に示したとおりである。この変化で,系全体は断熱されているとする。

(1)この変化で系のエンタルピーが保存していることを示せ。

(2)エンタルピーの物理的意味を考察せよ。


まず注意すべきは,系の気体の種類が指定されていないことです。よってこの問題は理想気体のみならず,一般の気体について考察するべし,ということになります。一般の気体について成り立つ法則としてまず思いつくのは熱力学第1法則でしょう。系全体は断熱されているので,最初の状態での系全体の内部エネルギーを UU とすると,変化後の系全体の内部エネルギー UU' は熱力学第1法則より U=U+p1V1p2(V3V2) U'=U+p_1V_1-p_2(V_3-V_2) となります。右辺の第2項以降は系に与えた仕事です。

この関係式を念頭に置いてエンタルピーを考えてみましょう。エンタルピーの求め方は定義式 H=U+PVH=U+PV です。同様の記号でエンタルピーを H,HH,H' とすると H=U+p2V3=(U+p1V1p2(V3V2))+p2V3=U+p1V1+p2V2=H \begin{aligned} H'=U'+p_2V_3 &=(U+p_1V_1-p_2(V_3-V_2))+p_2V_3\\ &=U+p_1V_1+p_2V_2\\ &=H \end{aligned} となります。これで(1)が示せました。

続いて(2)です。以上の実験を注意深く考察してみます。一定分子数の系について,エンタルピーを圧力と温度の関数と考えると断熱過程に対して H(p,T)=H(p,T) H(p,T)=H(p',T') が成り立っていることがわかります。

さらに

dH=TdS+VdP+μidNi dH=TdS+VdP+\mu_idN_i は等圧,一定分子数条件下では, dH=TdSdQ dH=TdS\simeq dQ となります。(QQ は系が得る熱) よって発熱過程に対してエンタルピーは下がり,吸熱過程に対してエンタルピーは上がることがわかります。

ここで一般に QQ は状態量(同じ平衡状態なら必ず一意に定まる量)ではないので \simeq という記号を用いています。

大学の熱力学であつかう話なので少し難しくなってしましました…熱力学は非常に洗練された理論で,筆者は個人的に大好きです。