「シュレディンガーの猫」の解説|量子論のパラドックス

今回は, 量子力学における有名なパラッドクス「シュレディンガーの猫」について解説します。

「シュレディンガーの猫」という言葉を聞いたことはあるけれど, 何を意味しているかわからないという方は多いのではないのでしょうか?たとえ話で「なんとかの猫」というフレーズを耳にしたことがるかもしれません。

この記事では, 「シュレディンガーの猫」の意味や, その考えの元になる量子論の話をわかりやすく解説します。

「シュレディンガーの猫」というパラドックス

「シュレディンガーの猫」は量子論のミクロな世界と, 私たちの身の回りのマクロな世界を繋いだ時に起こるパラドックスです。量子論(量子力学)の解釈を巡る問題です。

「シュレディンガーの猫」のパラドックスを一言で説明することは難しく、「シュレディンガーの猫」の理解には量子論の知識が必要です。難しい知識ではなく, 量子論の原則についての理解が必要になります。

補足ですが, 「シュレディンガーの猫」は思考実験であり, 実際にネコを使った実験ではないことに注意してください。

エルヴィン・シュレディンガー

「シュレディンガーの猫」は, オーストリアの物理学者エルヴィン・シュレディンガー(墺, 1887-1961) によって提案された思考実験です。

シュレディンガーは量子論の創始者の一人で, 量子力学の基礎方程式である「シュレディンガー方程式」を導きました。1933年にノーベル物理学を受賞しています

シュレディンガー方程式について知りたい方は以下の記事を参考にしてください。全3回で解説しています。

シュレディンガー方程式の導出過程 -その1-

シュレディンガー方程式の導出過程 -その2-

シュレディンガー方程式の導出過程 -その3-

「シュレディンガーの猫」は, 量子論の確率解釈を巡ってシュレディンガーが一石を投じたパラドックスです。

パラドックスとは

ここで, 「パラドックス」という言葉の意味を確認しておきます。

「パラッドクス」とは, 正しそうに見える前提と、妥当に見える推論から、受け入れがたい結論が得られる事を指す言葉を指します。日本語では「逆説」「逆理」「背理」といいます。

パラッドクスは哲学や数学の世界でよく用いられます。例えば, 「急がば回れ」「負けるが勝ち」「アキレスと亀」「景気回復(統計の嘘)」などがあります。気になる方は調べてみてください。

量子論の原則:”状態の共存”

「シュレディンガーの猫」について解説する前に, 電子や原子サイズのミクロな世界(量子論)の重要な原則について説明します。

量子の世界では二つの状態が共存する

量子論の最も重要な原則は, 一つの電子が複数の状態を同時に取ることができることです。そして, 観測を行うと, 電子の状態が一つに確定します

言葉だけではわかりにくいので, 仮想的な箱と電子を用いて説明します。以下の話における電子の状態とは, "電子の位置"のことです。

  1. 箱の中に電子1個を入れてフタをします。中の様子は見えません。

  2. 箱の真ん中に仕切りを入れます。ここで, 電子が左右どちらにあるかを考えます

電子の状態共存1

常識的に考えると, 電子は左右どちらか一方に存在しています。

  1. しかし, 量子論的には電子は左にある状態と右にある状態が重なり合っています。そのため, 確率を用いなければ, 左右の箱どちらにあるかは議論できません。

電子が2つに増えたわけではないことに注意してください。この部分が量子論の理解し難い部分です。

  1. 箱を開けて光を当てて電子を観測をすると, 電子は左右のどちらか一方に存在してることが確認できます。

電子の状態共存2

上記のことが量子論の世界で起きることです。つまり, 中が見えない箱の中に, 「電子が左にある状態」と「電子が右にある状態」が共存しているのです。これを「状態の共存」といいます。

そして, 観測を行うと, 電子が左右どちらにあるかが確定します。このことを「収縮」と言います。

量子論を現実世界で例えると

上記の量子論の常識を現実世界で例えて考えます。

A君が午前10時に東京駅にいる状態と,午前10時に大阪駅にいる状態が共存しており, 実際に駅を探してみると, どちらかの駅にいることが判明する

ということです。これを聞くと「そんなのありえないだろ!!」とツッコミを入れたくなりますよね。

しかし, これが起こるのがミクロの世界(量子の世界)なのです。

このように, 私たちの世界(マクロな世界)の常識がミクロな世界では通用しません。

なぜ「状態の共存」が起こるのか?

「なぜ量子論では”状態の共存”が起こるのか」と考えたくなりますが, この事実が量子の世界のルールであると受け入れるのが良いと思います。

この事実は, 電子の二重スリッド実験などで確認されており, 紛れもない事実なのです。

量子論では位置の他にも, 速度やスピンの向きなども複数の状態を同時に取ることができ, その状態は確率(期待値)でしか記述できません。

ハイゼンベルグの不確定性原理

量子論について勉強したことがある人ならば, 「不確定性原理」という言葉を聞いたことがあるかもしれません。名前や式は覚えたけれど, 本質的な意味は答えられない人が多いではないでしょうか。

不確定性原理は, ドイツの物理学者ヴェルナー・ハイゼンベルグ(1901-1976, 独)が唱えました。不確定性原理は次の式で表されます。

Δx×Δpxh \Delta x \times \Delta p_x \geq h

Δx\Delta x は位置の測定値の不確定さ, Δpx\Delta p_xは運動量の測定値の不確定さ, hh はプランク定数( h=6.6×1034Jsh = 6.6 \times 10^{-34} \mathrm{J \cdot s} )です。

この式は, 位置を確定しようとする(小さくする)と, 不等号を成り立たせるために運動量の不確かさが大きくなる。反対に, 運動量を確定しようとすると, 位置の不確かさが大きくなることを表現しています。

つまり, 量子の世界では電子の状態(位置や運動)は同時に確定しないということです。不確定性原理は量子のもつ不確かさを記述した式なのです。

確率的解釈(コペンハーゲンの解釈)

電子が左右どちらかのにある状態が共存した状況では, 観測するまで電子がどちらにあるかわかりません。観測する前は, 確率的にしか左右どちらかに入っているか予想できません。

量子の状態が確率的にしか予測できない考え方を, 量子論の確率的解釈, またはコペンハーゲンの解釈といいます。これは, デンマークの物理学者のニールス・ボーア(1885-1962)が主張しました。

これに反対したのが, 量子論の創始者の一人, アインシュタイン(独, 1879-1955)です。アインシュタインは「光量子仮説」を提唱し, 光電効果を説明したことでノーベル物理学賞を獲得しています。

→光電効果と光量子仮説

アインシュタインは, 確率的解釈に対し, 「神はサイコロ遊びをしない」と批判したそうです。確率解釈では, 全知全能の神でも電子の位置を決められないことに疑問を抱いたそうです。

思考実験「シュレディンガーの猫」とその意味

量子論の前提知識を踏まえて, 「シュレディンガーの猫」が一体どういう思考実験だったのかを追っていきます。

「シュレディンガーの猫」は, 量子論の”状態の共存”を私達のマクロな世界に持ち込むとどんな事が起こるのかを思考実験したものです。

「シュレディンガーの猫」に登場するもの

「シュレディンガーの猫」の思考実験に登場するものは以下の5つです。

  • ネコ(生きている状態, 死んでいる状態)

  • ウランやラドンなどの放射性原子 (放射性を出す可能性がある原子を含む鉱石)

  • 放射線検出器&ハンマー(放射線を検出するとハンマーが振り下ろされる)

  • 毒ガスを発生させる液体

  • フタをすると中の様子がわからない箱

シュレディンガーの猫の登場人物

ここで, 重要なのは放射性原子は量子論の世界を表し, ネコは私達の世界を表現していることです。ミクロな世界の放射性原子は,

  • 原子核が崩壊していない状態

  • 原子核が崩壊し, 放射線を出した状態

が共存しています。

原子核の崩壊と放射線

電子が左右の箱にある状態が重なり合うように, 放射性原子は原子核が崩壊するかしないかの状態が重なり合っています。

「シュレディンガーの猫」の思考実験の手順

  1. 中の様子がわからない箱を用意します。

  2. 箱の中に, 生きたネコと, 放射線検出器&ハンマーを置き, ハンマーの前に毒ガス瓶を置きます。

※検出器が放射線を検出するとハンマーが振り下ろされ, 瓶が割れて毒ガスが発生し, 猫が死んでしまいます。

  1. 検出器の前には放射線原子を置きます。(ウラン, ラドンなど)

  2. 箱を密閉します。箱の中の様子はわかりません。

シュレディンガーの猫の思考実験1

この箱の中では,放射性の有無とネコの生死が直結しているのが重要なポイントです。

  • 原子核が崩壊しない → 何も起こらずネコは生存

  • 原子核が崩壊し放射線が出る → ハンマーが毒ガス瓶を割る → ネコは死亡

この状況で閉じた箱の様子を考えてみます。放射性原子は先程述べたように状態の共存が起こっており, 放射線を出していない状態放射線を出した状態が共存しています。

つまり, 放射線の有無とネコの生死が直結しているため, 閉じた箱の中には, 生きているネコ死んでいるネコの2つの状態が共存しているのです。

ここが「シュレディンガーの猫」における現実世界では理解し難い部分で, 箱の中に”半死半生のネコ”がいるというパラドックスなのです。

シュレディンガーの猫の思考実験2

そして, 箱を開けて観測すると, ネコは生きている状態か死んでいる状態かが確定します。

すなわち, 観測するまではネコの生死は原子核が崩壊する確率でしかわからないということです

シュレディンガーの猫の思考実験3

私たちの世界に生きているか死んでいるかわからない猫は存在しませんよね?

これが, ミクロな世界とマクロな世界を繋げたときの生じる「シュレディンガーの猫」という思考実験です

この「シュレディンガーの猫」は, 量子論を確率的解釈(コペンハーゲンの解釈)に基づいているために起こったパラッドクスです。

そのため, アインシュタインは量子論の確率的解釈を批判し, 量子論自体がまだ不完全であるために, 「シュレディンガーの猫」のパラドックスが生じるとを指摘しています

シュレディンガーのその後

シュレディンガーは量子論の確率的解釈を巡って, 「シュレディンガーの猫」という思考実験を世に投じ, 科学者による論争が起きました。シュレディンガー自身は, この論争に疲れ, 物理学から生物学へ転身しました。

シュレディンガーは生物学でも大きな成果を残していることから, 偉大な科学者であることがわかります。

「シュレディンガーの猫」はシュレディンガーが量子論の確率解釈を皮肉ったものであるのに, 今では量子論の特徴を説明する道具になっていることが非常に面白いです。

量子論の解釈

「シュレディンガーの猫」というパラドックスが生じる原因について, アインシュタインのように量子論を不完全だからという見方もあります。

量子論の解釈は確率的解釈(コペンハーゲンの解釈)だけではありません。確率的解釈がポピュラーな理由は, 二重スリッドの実験などの多くの実験事実を理解する上では, 確率的解釈が理にかなってためです。

他の解釈には,

  • 多世界解釈(パラレルワールド)

  • 隠れたの変数の理論

  • GRW理論

があります。これらの解釈を簡単に見ていきましょう。

多世界解釈(パラレルワールド)

パラレルワールドという言葉を聞いたことがあると思います。SFチックで, 非現実的と思うかもしれませんが, 量子論をパラレルワールドの分岐と考えるのが, 多世界解釈です。

例えば, シュレディンガーの猫のおいて, 猫が生きている世界とか死んでいる世界が観測者や周りの世界ごと分岐しているということです。

量子論の多世界解釈

この2つの世界に主従関係はなく, すべて同時に存在しているということです。

かくれた変数の理論

これはド・ブロイ=ホーム理論とも呼ばれます。

この理論は量子論を根本から見直す必要性があります。シュレディンガーの猫においては猫の生死以前の, 原子がいつ崩壊して放射線を出すか確率でしか記述できないということに欠陥があるとしています。

原子のいつ放射線を出すかわからないのは, 私たちが原子核の状態を理解しきれておらず, 原子核の崩壊につながるかくれた変数が存在するのではないかということです。

もし, こんな変数が見つかれば, 原子核の崩壊を計算でき, 猫の生死も理解可能ということです。

どの解釈も一長一短

どの解釈も量子論において, 実験事実と一致する部分と一致しない部分が存在します。そのため, どの解釈が正しいとは統一されていないのが現状です。今でも多くの科学者で意見が割れています。

その中でも, 現時点での標準的な解釈は確率論的解釈(コペンハーゲンの解釈)となっています。

量子が複数の状態を同時に取れるという性質を応用したのが, 「量子コンピュータ」です。この性質をうまく利用したアルゴリズムが見つかっている問題に対しては,「量子コンピュータ」はスーパーコンピュータよりも飛躍的に高速な計算が可能です。

今後, 量子コンピュータにより, 高速な計算が可能になることで, 例えば,いくつかの訪問先の最短距離を見つける「巡回セールスマン問題」の解決や, 量子の振る舞いを用いた新材料や新薬開発のシミュレーションが可能になると期待されます。