エルミート演算子

量子力学では演算子という概念がよく登場します。その中でもエルミート演算子は重要なものの1つです。 エルミート演算子の定義を確認し,その性質などを確認していきましょう。

以下では,特に断りがない限り,積分範囲が省略されている積分は全領域で行われるものとします。

エルミート演算子とは

定義

以下のような性質を満たす演算子 Aundefined\widehat{A} をエルミート演算子と呼びます。

d3ψ2(x)[Aundefinedψ1(x)]=d3x[Aundefinedψ2(x)]ψ1(x)(1) \int d^3 \boldsymbol \psi_2^*(\boldsymbol{x}) [\widehat{A} \psi_1(\boldsymbol{x})] = \int d^3 \boldsymbol{x} [\widehat{A} \psi_2(\boldsymbol{x})]^* \psi_1(\boldsymbol{x}) \tag{1}

ただし以下の2つが成り立っているものとします。

  • ψ1\psi_1ψ2\psi_2 は任意の(スカラー)関数であるとします。 (☆1)
  • 無限遠での寄与(=表面項の効果)は無視して考えます。 (☆2)

これまで扱ってきた物理量に対応する演算子(詳しくは量子力学における期待値での議論)は全てエルミート演算子となっています。例題として確認してみましょう。

以下では簡単のため,1次元で考えるものとします。

例題1:運動量演算子

1次元での運動量演算子は

pundefined=ix= ix \widehat{p} = \dfrac{\hbar}{i} \dfrac{\partial}{\partial x} = - i \hbar \dfrac{\partial}{\partial x}

となっています。積分を計算していきましょう。

dxψ2(x)[pundefinedψ1(x)]=dxψ2(x)(ixψ1(x))=idxψ2(x)(xψ1(x))=i([ψ2ψ1]dx(ψ2x)ψ1)=idx(ψ2x)ψ1=dx(iψ2x)ψ1=dx(iψ2x)ψ1=dx[pundefinedψ2]ψ1 \begin{aligned} \int dx \psi_2^* (x) [\widehat{p} \psi_1(x)] &= \int dx \psi_2^* (x) \left(- i \hbar \dfrac{\partial}{\partial x} \psi_1(x) \right) \\ &= - i \hbar \int dx \psi_2^* (x) \left( \dfrac{\partial}{\partial x} \psi_1(x) \right) \\ &= - i \hbar \left([\psi_2^* \psi_1]^{\infty}_{- \infty} - \int dx \left(\dfrac{\partial \psi_2^*}{\partial x} \right ) \psi_1 \right ) \\ &= i \hbar \int dx \left(\dfrac{\partial \psi_2^*}{\partial x} \right ) \psi_1 \\ &= \int dx \left(i \hbar \dfrac{\partial \psi_2^*}{\partial x} \right ) \psi_1 \\ &= \int dx \left(-i \hbar \dfrac{\partial \psi_2 }{\partial x} \right )^* \psi_1 \\ &= \int dx [\widehat{p} \psi_2^*] \psi_1 \end{aligned}

ここで,右辺の第3式から第4式の変形に(☆2)を利用しました。

これより,運動量演算子 pundefined\widehat{p} は(1)式を満たしており,エルミート演算子であることがわかります。

例2:位置演算子

1次元での位置演算子は

xundefined=x \widehat{x} = x

と表されます。xRx \in \mathbb{R} であることを利用すると

dxψ2(x)[xundefinedψ1(x)]=dxψ2(x)(xψ1(x))=dxxψ2(x)ψ1(x)=dxxψ2(x)ψ1(x)=dx(xψ2(x))ψ1(x)=dx(xundefinedψ2(x))ψ1(x) \begin{aligned} \int dx \psi_2^*(x) [\widehat{x} \psi_1(x)] &= \int dx \psi_2^*(x) (x \psi_1(x)) \\ &= \int dx x \psi_2^*(x) \psi_1(x) \\ &= \int dx x^* \psi_2^*(x) \psi_1(x) \\ &= \int dx (x \psi_2(x))^* \psi_1(x) \\ &= \int dx (\widehat{x} \psi_2(x))^* \psi_1(x) \end{aligned}

これより,位置演算子 xundefined\widehat{x} は(1)式を満たしており,エルミート演算子であることがわかります。

エルミート演算子の固有値・固有関数とその性質

演算子の固有値・固有関数の定義

一般に,演算子 Aundefined\widehat{A} について,以下の式が成り立っているとします。

Aundefinedϕa(x)=aϕa(x)(2) \widehat{A} \phi_a(\boldsymbol{x}) = a \phi_a(\boldsymbol{x}) \tag{2}

このとき,aa を演算子 Aundefined\widehat{A} の固有値,ϕa\phi_a を演算子 Aundefined\widehat{A} の固有値 aa に対応する固有関数などと呼びます。(行列の固有値・固有ベクトルの定義と具体的な計算方法も参考にしてください)

以下では Aundefined\widehat{A} はエルミート演算子であるとします。エルミート演算子が持つ性質を確認していきましょう。

性質1: ϕa\phi_a が2乗可積分ならば aRa \in \mathbb{R}

ϕa\phi_a が2乗可積分 であるとは,d3xϕaϕa\int d^3 \boldsymbol{x} \phi_a^* \phi_a が0でない有限の値を持つということです。

Aundefined\widehat{A} はエルミート演算子であることより,(1)から

d3xϕa2(x)[Aundefinedϕa1(x)]=d3x[Aundefinedϕa2(x)]ϕa1(x)(3) \begin{aligned} \int d^3 \boldsymbol{x} \phi_{a_2}^*(\boldsymbol{x}) \left[\widehat{A} \phi_{a_1}(\boldsymbol{x}) \right] &= \int d^3 \boldsymbol{x} [\widehat{A} \phi_{a_2}(\boldsymbol{x})]^* \phi_{a_1}(\boldsymbol{x}) \tag{3} \end{aligned}

が成り立ちます。

ここで,ϕa1,ϕa2\phi_{a_1}, \phi_{a_2} はそれぞれ,エルミート演算子 Aundefined\widehat{A} の固有値 a1,a2a_1, a_2 に対応する固有関数であるとします:

{Aundefinedϕa1=a1ϕa1(4)Aundefinedϕa2=a2ϕa2(5) \begin{cases} \widehat{A} \phi_{a_1} = a_1 \phi_{a_1} & (4)\\ \widehat{A} \phi_{a_2} = a_2 \phi_{a_2} & (5) \end{cases}

(3)の左辺に(4)をそのまま代入して

d3xϕa2(x)[Aundefinedϕa1(x)]=d3xϕa2(x)(a1ϕa1(x))=a1d3xϕa2(x)ϕa1(x)(3-1) \begin{aligned} \int d^3 \boldsymbol{x} \phi_{a_2}^*(\boldsymbol{x}) \left[\widehat{A} \phi_{a_1}(\boldsymbol{x}) \right] &= \int d^3 \boldsymbol{x} \phi_{a_2}^*(\boldsymbol{x}) (a_1 \phi_{a_1}(\boldsymbol{x}) ) \\ &= a_1 \int d^3 \boldsymbol{x} \phi_{a_2}^*(\boldsymbol{x}) \phi_{a_1}(\boldsymbol{x}) \tag{3-1} \end{aligned}

が得られます。

一方,(3)の右辺に(5)を代入して

d3x[Aundefinedϕa2(x)]ϕa1(x)=d3x(a2ϕa2(x))ϕa1(x)=d3xa2ϕa2(x)ϕa1(x)=a2d3xϕa2(x)ϕa1(x)(3-2) \begin{aligned} \int d^3 \boldsymbol{x} [\widehat{A} \phi_{a_2}(\boldsymbol{x})]^* \phi_{a_1}(\boldsymbol{x}) &= \int d^3 \boldsymbol{x} (a_2 \phi_{a_2}(\boldsymbol{x})) \phi_{a_1}(\boldsymbol{x}) \\ &= \int d^3 \boldsymbol{x} a_2^* \phi_{a_2}^*(\boldsymbol{x}) \phi_{a_1}(\boldsymbol{x}) \\ &= a_2^* \int d^3 \boldsymbol{x} \phi_{a_2}^*(\boldsymbol{x}) \phi_{a_1}(\boldsymbol{x}) \tag{3-2}\\ \end{aligned}

いま a1=a2=aa_1 = a_2 = a であるとすると,(3),(3-1),(3-2)式より

ad3xϕa(x)ϕa(x)=ad3xϕa(x)ϕa(x)(6) a \int d^3 \boldsymbol{x} \phi_{a}^*(\boldsymbol{x}) \phi_{a}(\boldsymbol{x}) = a^* \int d^3 \boldsymbol{x} \phi_{a}^*(\boldsymbol{x}) \phi_{a}(\boldsymbol{x}) \tag{6}

が成り立ちます。

ここで,ϕa\phi_a は2乗可積分であることより,(6)式の両辺を d3xϕa(x)2=d3xϕa(x)ϕa(x)\int d^3 \boldsymbol{x} |\phi_a(\boldsymbol{x})|^2 = \int d^3 \boldsymbol{x} \phi_{a}^*(\boldsymbol{x}) \phi_{a}(\boldsymbol{x}) で割ることが許され

a=a a = a^*

したがって,エルミート演算子 Aundefined\widehat{A} の固有値 aa は,対応する固有関数 ϕa\phi_a が2乗可積分ならば実数となることがわかりました。

性質2: エルミート演算子の異なる固有値に対する固有関数は,それらが2乗可積分なら直交する

関数の直交性については,三角関数の積の積分と直交性での議論も併せて参考にしてください。

エルミート演算子 Aundefined\widehat{A} の固有値 a1,a2a_1, a_2 に対する固有関数 ϕa1,ϕa2\phi_{a_1}, \phi_{a_2} (これらは2乗可積分とする)をとってきます。(3),(3-1),(3-2)式より

a1d3xϕa2(x)ϕa1(x)=a2d3xϕa2(x)ϕa1(x) a_1 \int d^3 \boldsymbol{x} \phi_{a_2}^*(\boldsymbol{x}) \phi_{a_1}(\boldsymbol{x}) = a_2^* \int d^3 \boldsymbol{x} \phi_{a_2}^*(\boldsymbol{x}) \phi_{a_1}(\boldsymbol{x})

(a1a2)d3xϕa2(x)ϕa1(x)=(a1a2)d3xϕa2(x)ϕa1(x)=0 \therefore (a_1 - a_2^*) \int d^3 \boldsymbol{x} \phi_{a_2}^*(\boldsymbol{x}) \phi_{a_1}(\boldsymbol{x}) = (a_1 - a_2) \int d^3 \boldsymbol{x} \phi_{a_2}^*(\boldsymbol{x}) \phi_{a_1}(\boldsymbol{x}) = 0

が成り立っています。

いま,a1a2a_1 \neq a_2 であるとすると,上式より直ちに

d3xϕa2(x)ϕa1(x)=0 \int d^3 \boldsymbol{x} \phi_{a_2}^*(\boldsymbol{x}) \phi_{a_1}(\boldsymbol{x}) =0

がいえます。すなわち,ϕa1\phi_{a_1}ϕa2\phi_{a_2} は直交していることがわかります。

【発展】ϕa\phi_a が2乗可積分ならば,その固有値 aa は離散的な値を取る

証明は背理法により示します。固有値 aa が離散的ではない,すなわち aa が連続的な値を取るとして矛盾を示します。

aa が連続的な値を取るとき,ϕa\phi_a もまた aa についても連続であると考えることができ,このとき固有値 a+δaa + \delta a に対し,

{ϕa+δa(x)=ϕa(x)+δϕa(x)(7)lima0(δϕa)=0 \begin{cases} \phi_{a + \delta a} (\boldsymbol{x}) = \phi_a (\boldsymbol{x}) + \delta \phi_a (\boldsymbol{x}) & (7)\\ \lim_{a \to 0} \, (\delta \phi_a) = 0 \end{cases}

が成り立つと考えることができます。ただし,δa,δϕa\delta a, \delta \phi_a は微少量であり,これらの(合計)2次以上の項は無視できるとします。

ϕa+δa\phi_{a + \delta a} は演算子 Aundefined\widehat{A} の固有値 a+δaa + \delta a に対する固有関数であり,以下が成り立ちます。

Aundefinedϕa+δa=(a+δa)ϕa+δa \widehat{A} \phi_{a + \delta a} = (a + \delta a) \phi_{a + \delta a}

左辺に(7)式を代入すると

Aundefinedϕa+δa=Aundefined(ϕa+δϕa)=Aundefinedϕa+Aundefined(δϕa)=aϕa+Aundefined(δϕa)(8) \begin{aligned} \widehat{A} \phi_{a + \delta a} &= \widehat{A} (\phi_a + \delta \phi_a) \\ &= \widehat{A} \phi_a + \widehat{A} (\delta \phi_a) \\ &= a \phi_a + \widehat{A} (\delta \phi_a) \tag{8} \end{aligned}

一方,右辺に(7)式を代入して変形していくと,(δa)(δϕa)(\delta a) (\delta \phi_a) の項は無視することができ,

(a+δa)ϕa+δa =(a+δa)(ϕa+δϕa)aϕa+(δa)ϕa+aδϕa(9) \begin{aligned} (a + \delta a) \phi_{a + \delta a} &= (a + \delta a) (\phi_a + \delta \phi_a) \\ &\simeq a \phi_a + (\delta a) \phi_a + a \delta \phi_a \tag{9} \end{aligned}

が成り立ちます。(8),(9)式より,以下が成り立つことがわかります。

Aundefined(δϕa)=(δa)ϕa+a(δϕa)(10) \widehat{A} (\delta \phi_a) = (\delta a) \phi_a + a (\delta \phi_a) \tag{10}

(10)式の両辺に左から ϕa\phi_a^* をかけ,全領域で積分を行います。

左辺は,エルミート演算子の性質および ϕa\phi_a が2乗可積分であることより

d3xϕa[Aundefined(δϕa)]=d3x[Aundefinedϕa](δϕa)=d3x(aϕa)(δϕa)=ad3xϕa(δϕa)(11) \begin{aligned} \int d^3 \boldsymbol{x} \phi_a^* [\widehat{A} (\delta \phi_a)] &= \int d^3 \boldsymbol{x} [\widehat{A} \phi_a]^* (\delta \phi_a) \\ &= \int d^3 \boldsymbol{x} (a \phi_a)^* (\delta \phi_a) \\ &= a \int d^3 \boldsymbol{x} \phi_a^* (\delta \phi_a) \tag{11} \end{aligned}

と計算できます。

また,右辺は

d3xϕa[(δa)ϕa+(aδϕa)]=(δa)d3xϕaϕa+ad3xϕa(δϕa)(12) \begin{aligned} \int d^3 \boldsymbol{x} \phi_a^* [(\delta a) \phi_a + (a \delta \phi_a)] &= (\delta a) \int d^3 \boldsymbol{x} \phi_a^* \phi_a \\ & \quad + a \int d^3 \boldsymbol{x} \phi_a^* (\delta \phi_a) \tag{12} \end{aligned}

(11),(12)式より

(δa)d3xϕaϕa =0 (\delta a) \int d^3 \boldsymbol{x} \phi_a^* \phi_a = 0

が成り立ちます。再び,ϕa\phi_a が2乗可積分であることより

δa=0 \delta a = 0

であることがわかります。これは,aa の(非常に近い)周りに固有値が存在しないことを示しており,固有値 aa が連続的であることに矛盾します。

したがって,背理法により,ϕa\phi_a が2乗可積分ならば,固有値 aa は離散的であることがわかりました。

エルミート共役とは

一般的な演算子 Bundefined\widehat{B} に対し,以下のような性質を満たす演算子 Cundefined\widehat{C}Bundefined\widehat{B} のエルミート共役な演算子と呼び,Cundefined=Bundefined\widehat{C} = \widehat{B}^{\dagger} と表します。

d3xψ2(x)[Cundefinedψ1(x)]=d3x[Bundefinedψ2(x)]ψ1(x) \int d^3 \boldsymbol{x} \psi_2^*(\boldsymbol{x}) [\widehat{C} \psi_1(\boldsymbol{x})] = \int d^3 \boldsymbol{x} [\widehat{B} \psi_2(\boldsymbol{x})]^{*} \psi_1(\boldsymbol{x})

エルミート演算子 Aundefined\widehat{A}Aundefined=Aundefined\widehat{A} = \widehat{A}^{\dagger} を満たすことが定義からわかります。

エルミート演算子は量子力学に頻繁に登場します。また,エルミート性質は量子力学において重要な意味を持っています。