ボルンの確率解釈(確率規則)

ボルンの確率解釈とは何を指すのか解説します。また,ある条件が満たされるときに全確率(この記事では,粒子が存在する確率を全空間で和をとったもの)が時間に対して保存することを確認し,その条件についても考えてみます。

ボルンの確率解釈

量子力学においてシュレディンガー方程式が基本となる方程式であり,その解として波動関数 ψ\psi が与えられるということを,シュレディンガー方程式の導出過程とその意味 -その1-シュレディンガー方程式の導出過程とその意味 -その2-シュレディンガー方程式の導出過程とその意味 -その3- で議論しました。

ψ\psi は物理的にはどのような意味を持つのでしょうか。物理学者ボルンは,ψ\psi の絶対値の2乗 ψ(x,t)2|\psi(x,t)|^2 が,時刻 tt ,位置 xx から x+dxx + dx での粒子の存在確率を表すと解釈しました。この解釈により,従来の実験結果を,うまく説明することができたのです。この考えを ボルンの確率解釈(確率規則) と言います。この解釈はコペンハーゲン解釈とも呼ばれます。現在まで,ボルンの確率解釈と矛盾するような実験結果は見つかっていません。

以下では1次元で考えます。 ボルンの確率解釈に基づいて,時刻 tt, 位置 xx における確率密度 ρ\rho は以下のように定義されます。

ρ(x,t)=ψ(x,t)2=ψ(x,t)ψ(x,t) \rho(x, t) = |\psi(x,t)|^{2} = {\psi(x,t)}^{*} \psi(x,t)

ここに,ψ{\psi}^{*}ψ\psi の複素共役を表します。

確率密度(関数)について,詳しくは 確率密度関数の意味と具体例 をご覧ください。

確率密度の規格化

ρ\rho が確率密度であることから,以下の式が成り立つことが要請されます。

dxρ(x,t)=dxψ(x,t)ψ(x,t)=1 \int^{\infty}_{- \infty} dx \rho (x,t) =\int^{\infty}_{\infty} dx \psi^* (x,t) \psi(x,t)= 1

以降,特に注意がなければ,\int^{\infty}_{- \infty}\int と略記します。dxρ\int dx \rho は,粒子が時刻 tt,位置 xx に存在する確率を全空間で和をとったもので,全確率と呼んだりもします。

上式が成り立つことを,確率密度は規格化されている (あるいは波動関数が規格化されている)と表現します。この結果は,数学的には全確率が1であること,物理的には全空間に粒子が1個だけであることを意味します。

一般に,ρ\rho の全空間での積分が有限であれば,ρ\rho は規格化することが可能です。

いま,NN を正の実定数として

dxρ(x,t)=dxψ(x,t)ψ(x,t)=N \int dx \rho(x,t) = \int dx \psi^* (x,t) \psi(x,t)= N

が成り立つと仮定します。このとき

ψnorm=1Nψ(x,t) \psi_{norm} = \dfrac{1}{\sqrt{N}} \psi(x,t)

とおき,この波動関数に対する確率密度を ρnorm\rho_{norm} とおくと,

dxρnorm(x,t)=dxψnorm(x,t)ψnorm(x,t)=dx1Nψ(x,t)1Nψ(x,t)=1Ndxψ(x,t)ψ(x,t)=1NN=1 \begin{aligned} \int dx \rho_{norm} (x,t) &= \int dx \psi_{norm}^{*} (x,t) \psi_{norm} (x,t) \\ &= \int dx \dfrac{1}{\sqrt{N}} \psi^* (x,t) \dfrac{1}{\sqrt{N}} \psi (x,t) \\ &= \dfrac{1}{N} \int dx \psi^* (x,t) \psi(x,t) \\ &= \dfrac{1}{N} N = 1 \end{aligned}

となり,確率密度(あるいは波動関数)を規格化することができました。

(注)上で定めた関係にある波動関数 ψ\psiψnorm\psi_{norm} とは同じシュレディンガー方程式を満たします。

証明

ψ\psi が満たすシュレディンガー方程式を

itψ=Hψ(1) i \hbar \dfrac{\partial}{\partial t} \psi = \mathscr{H} \psi \tag{1}

とする。ここに,H\mathscr{H} はハミルトニアン演算子である。

いま,NN を正の実定数として

ψnorm=1Nψ \psi_{norm} = \dfrac{1}{\sqrt{N}} \psi

ψ=Nψnorm(2) \therefore \psi = \sqrt{N} \psi_{norm} \tag{2}

が成り立つとする。NN は定数であるので,H\mathscr{H} の影響を受けないことを考えれば,(2) 式を (1) 式に代入して整理することで

itψnorm=Hψnorm i \hbar \dfrac{\partial}{\partial t} \psi_{norm} = \mathscr{H} \psi_{norm}

が成り立つことがわかる。これより,ψ\psiψnorm\psi_{norm} とは同じハミルトニアン演算子によるシュレディンガー方程式の解となっていることがわかった

全確率が保存する条件

一般に,dxρ(x,t)\int dx \rho(x,t)tt の関数となります。ところが,これは全空間に粒子が存在する確率なので,時刻によらず常に1(あるいは何らかの正の実数)で一定であってほしいです。ここでは全確率が保存する条件について議論します。

まず,シュレディンガー方程式より以下が成り立ちます。以下では波動関数 ψ\psi は規格化されているものとします。

itψ(x,t)=(22m2x2+V(x,t))ψ(x,t)=22m2x2ψ(x,t)+V(x,t)ψ(x,t)(1) \begin{aligned} i \hbar \dfrac{\partial}{\partial t} \psi(x,t) &= \left( - \dfrac{\hbar^2}{2m} \dfrac{\partial^{2}}{\partial x^{2}} + V(x,t) \right) \psi(x,t)\\ &= - \dfrac{\hbar^2}{2m} \dfrac{\partial^{2}}{\partial x^{2}} \psi(x,t) + V(x,t) \psi(x,t) \tag{1} \end{aligned}

一方,(1)式の両辺の複素共役を取ると,以下の式が成り立ちます。

itψ(x,t)=22m2x2ψ(x,t)+V(x,t)ψ(x,t)(2) \begin{aligned} -i \hbar \dfrac{\partial}{\partial t} \psi^* (x,t) = - \dfrac{\hbar^2}{2m} \dfrac{\partial^{2}}{\partial x^{2}} \psi^* (x,t) + V^* (x,t) \psi^* (x,t) \tag{2} \end{aligned}

(1)×ψ(2)×ψ(1) \times \psi^* - (2) \times \psi より

i(ψtψ+ψtψ)=22m(ψ2x2ψψ2x2ψ(x,t))+(VV)ψψ(3) \begin{aligned} i \hbar \left(\psi^* \dfrac{\partial}{\partial t} \psi + \psi \dfrac{\partial}{\partial t} \psi^* \right) = - \dfrac{\hbar^2}{2m} \left(\psi^* \dfrac{\partial^{2}}{\partial x^{2}} \psi - \psi \dfrac{\partial^{2}}{\partial x^{2}} \psi^* (x,t) \right) \\+ (V - V^*) \psi^* \psi \tag{3} \end{aligned}

ここで,積の微分則(詳しくは積の微分公式とその証明の味わい)より

x(ψxψψxψ)=xψxψ+ψ2x2ψxψxψψ2x2ψ=(ψ2x2ψψ2x2ψ(x,t)) \begin{aligned} \dfrac{\partial}{\partial x} \left(\psi^* \dfrac{\partial}{\partial x} \psi - \psi \dfrac{\partial}{\partial x} \psi^* \right) = \dfrac{\partial}{\partial x} \psi^* \cdot \dfrac{\partial}{\partial x} \psi + \psi^* \dfrac{\partial^{2}}{\partial x^{2}} \psi \\- \dfrac{\partial}{\partial x} \psi \cdot \dfrac{\partial}{\partial x} \psi^* - \psi \dfrac{\partial^{2}}{\partial x^{2}} \psi^* \\ = \left(\psi^* \dfrac{\partial^{2}}{\partial x^{2}} \psi - \psi \dfrac{\partial^{2}}{\partial x^{2}} \psi^* (x,t) \right) \end{aligned}

が成り立ちます。これより,(3)式は以下のように書き換えられます。

i(ψtψ+ψtψ)=22mx(ψxψψxψ)+(VV)ψψ(4) \begin{aligned} i \hbar \left(\psi^* \dfrac{\partial}{\partial t} \psi + \psi \dfrac{\partial}{\partial t} \psi^* \right) = -\dfrac{\hbar^2}{2m} \dfrac{\partial}{\partial x} \left(\psi^* \dfrac{\partial}{\partial x} \psi - \psi \dfrac{\partial}{\partial x} \psi^* \right)\\+ (V - V^*) \psi^* \psi \tag{4} \end{aligned}

いま,物理量 JJ

Ji2mx(ψxψψxψ)(a) J \equiv -i \dfrac{\hbar}{2m} \dfrac{\partial}{\partial x} \left(\psi^* \dfrac{\partial}{\partial x} \psi - \psi \dfrac{\partial}{\partial x} \psi^* \right) \tag{a}

を定義します。JJ は粒子の存在確率の流れを表しています(後ほど補足します)。また

tρ=t(ψψ)=ψtψ+ψtψ \dfrac{\partial}{\partial t} \rho = \dfrac{\partial}{\partial t} (\psi^* \psi) = \psi^* \dfrac{\partial}{\partial t} \psi + \psi \dfrac{\partial}{\partial t} \psi^*

が成り立つことより,(4)式は整理すると

tρ=Jx+1i(VV)ρ(5) \dfrac{\partial}{\partial t} \rho= - \dfrac{\partial J}{\partial x} + \dfrac{1}{i \hbar} (V - V^*) \rho \tag{5}

と表すことができます。これより ttxx は独立であるため

tdxρ=dxtρ=dx(Jx+1i(VV)ρ)=dxJx+1idx(VV)ρ=[limxJ(x)limxJ(x)]+1idx(VV)ρ(6) \begin{aligned} \dfrac{\partial}{\partial t} \int dx \rho &= \int dx \dfrac{\partial}{\partial t} \rho \\ &= \int dx \left(- \dfrac{\partial J}{\partial x} + \dfrac{1}{i \hbar} (V - V^*) \rho \right) \\ &= - \int dx \dfrac{\partial J}{\partial x} + \dfrac{1}{i \hbar} \int dx (V - V^*) \rho \\ &= - \left[\lim_{x \to \infty} J(x) - \lim_{x \to -\infty} J(x) \right] + \dfrac{1}{i \hbar} \int dx (V - V^*) \rho \tag{6} \end{aligned}

ここでは十分性のみ議論することにします。以下の2つの条件が満たされるとき,(6)式が0になることがわかります。

  1. limxJ(x)=0\displaystyle \lim_{x \to \infty} J(x) =0 かつ limxJ(x)=0\displaystyle \lim_{x \to -\infty} J(x) =0 が成り立つとき

物理的には,無限遠で粒子の存在確率の流れが存在しない,すなわち粒子が存在しないことを意味します。

  1. VV=0V - V^* =0 つまり VV が実数であるとき

ここまでの議論の結果をまとめてみましょう。

全確率が保存する条件

  1. limxJ(x)=0\displaystyle \lim_{x \to \infty} J(x) =0 かつ limxJ(x)=0\displaystyle \lim_{x \to -\infty} J(x) =0 が成り立つ(無限遠で粒子が存在しない)

  2. ポテンシャル VV が実数である

という2つの条件が成り立つとき,全空間での粒子の存在確率 dxρ\int dx \rho が時刻 tt について保存する。

【補足】 J が確率の流れを表すことについて

物理量 JJ を (a) 式のように定義します。(5)式において,VV が実数であることを用いると,

tρ+xJ=0 \dfrac{\partial}{\partial t} \rho + \dfrac{\partial}{\partial x} J = 0

が成り立ちます。この関係式(連続の公式とも呼ばれます)は流体力学にも登場します。流体力学ではこの関係式は,外部の吸い込みや湧き出しがないとき,密度 ρ\rho で流れ JJ の流体の量は保存されるということを表しています。

これに則って量子力学で連続の公式を解釈すると,上記の 1. と 2. の条件が成り立つとき,(確率)密度 ρ\rho,(確率の)流れ JJ の確率は保存されると解釈することができます。これにより,(a)式で表される物理量 JJ は確率の流れを表すと考えることができます。

ボルンの確率解釈に至った詳しい経緯については,別記事にて解説予定です。