位置と運動量の不確定性関係
量子力学は,ひとつの状態に対し全ての物理量が一定の値を持つとは限りません。このことを理解するために,位置と運動量に着目し,物理量どうしの不確定性関係について考えてみましょう。
交換関係(交換子)の定義
交換関係(交換子)の定義
位置と運動量の不確定性関係の議論の前に,交換関係(交換子)を定義しておきましょう。
演算子 , に対して,交換関係(交換子)を
と定義します。 は演算子としてはたらくことに注意してください。
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位置・運動量演算子の交換関係
位置・運動量演算子の交換関係
量子力学での期待値の議論で登場したように(詳しくは量子力学における期待値をご覧ください),位置演算子 ,運動量演算子 はそれぞれ
と表されるのでした。後ほど計算で使うので,運動量演算子を変形しておきます。
位置演算子・運動量演算子どうしの交換関係 を求めてみましょう。
は演算子であることを考え,波動関数 に作用させてみると
これより
と求めることができました。
位置と運動量の不確定性関係
位置と運動量の不確定性関係
位置と運動量がともに確定値を持つような関数が存在しないことを,1次元の場合で証明していきましょう。具体的には,位置の分散 と運動量の分散 を用いて
という関係が成り立つことを示します。(1)式のことを位置と運動量の不確定性関係と言い,位置と運動量の間に不確定性関係が成り立つことをハイゼンベルクの不確定性原理と言います。
ここでは,波動関数 は規格化されており,また十分遠方では0であるとします。
以下の手順で証明していきます。
証明の手順
-
ある時刻における位置と運動量の期待値 , を定義する
-
任意の実数 について
が成り立つことから, と に関する不等式を立てる
- (1)式を導く
- ある時刻における位置と運動量の期待値 , を定義する
ある時刻 における位置と運動量の期待値 , が
であったとします。期待値の定義により
- 任意の実数 について(2)式が成り立つことから, と に関する不等式を立てる
, とおきます。, が複素数であることに注意して(2)式の左辺を展開すると
となります。右辺を一つずつ計算していきます。
まず第1項は
と計算できます。
続いて第2項は
と計算できます。
そして第3項は
と計算できます。
これより(2)式は
のように変形できます。
- (1)式を導く
(2)式と(3)式は同値な式となっています。ここで,(2)式は任意の実数 について成り立っていたので,(3)式も任意の実数 について成り立つことになります。二次方程式についての議論を思い出すと,(3)式の左辺の判別式 は0以下とならなければなりません。すなわち
以上により(1)式が導かれました。
二次方程式と判別式については
も併せてご覧ください。
不確定性関係の解釈
不確定性関係の解釈
(1)式の解釈の前に,, の意味を確認しておきます。, はそれぞれ位置と運動量の分散を表しているのでした。分散の意味や求め方については,以下の記事も併せてご覧ください。
量子力学での解釈を考えてみましょう。, はそれぞれ位置と運動量の「ゆらぎ」を表しています。ゆらぎが小さければ,それだけその物理量の値は確定したある値の周辺に収まっていきます。逆に,ゆらぎが大きければ,その物理量の値は広い値に分布してしまうこととなります。
(1)式は,位置と運動量のゆらぎの積は一定の値 以上になることを表しています。これより,, の一方を小さくしていくと,もう一方はどんどん大きくなっていくことになります。つまり,位置と運動量の一方のゆらぎを小さくして値を確定させようとすると,もう一方のゆらぎは大きくなっていって値を確定させることができない,ということになります。
補足
補足
【補足1】3次元の場合
3次元の場合の位置と運動量の交換関係について,結果だけ述べておきます。3次元の場合の位置を ,,,対応する運動量を ,, とします。このとき
が成り立つことが知られています。つまり,同じ軸方向の位置と運動量の交換関係は定数となりますが,異なる軸方向の位置と運動量の交換関係は0となります。
【補足2】(1)式で等号が成り立つような波動関数
が成り立つような波動関数について考えてみましょう。 が成り立つとき,(3)式の左辺の判別式 が0になり,またそこから(3)式も重解を持つことがわかります。(2)式と(3)式とは同値な式変形であったことを思い出すと,(3)式の重解 に対して(2)式の等号も成り立ちます。
まず,(3)式の重解 を求めてみましょう。
より,この方程式の判別式 に注意して
と求められます。
この に対して(2)式が成り立ちます。すなわち
これより
が成り立ちます。整理すると
となります。
いま とおきます。合成関数の微分より
が成り立っていることに注意すると,
ここで, は規格化定数と呼ばれる定数で,積分定数の一種です。
を展開して の関数の形にして, を代入すると
ここで, は定数なので,新たに を規格化定数とおくと
のように が求められます。
【補足3】一般の演算子に関する不確定性関係
一般の演算子 , について, として
が成り立つとします。, と対応する物理量を , とし,それぞれのゆらぎを , とすると
が成り立つことが知られています。
つまり,二つの物理量が0でない有限の交換関係を持っているとき,その二つの物理量の間には不確定性関係が成り立つことを示しています。
位置と運動量の不確定性関係は,この関係を満たしていることがわかります。この場合は ですね。
個人的に,量子力学において最も興味深いトピックの一つです。