量子力学における期待値

量子力学における期待値の意味や求め方について解説します。また,いくつかの例について計算をしてみます。

期待値とは

期待値は,数学でも扱われる概念です。定義については,詳しくは 期待値と分散に関する公式一覧 をご覧ください。

期待値の求め方を簡単に説明します。量 AA を十分な回数計測したとき,値 aia_i が確率 pip_i で測定されたとします。このとき,AA の期待値は

<A>=ipiai <A> = \displaystyle \sum_{i} p_i a_i

となります。例えば,サイコロを1回投げたときに出る目を AA とすると,1から6の目が出る確率は全て1/6なので,AA の期待値は

<A>=116+216+316+416+516+616=216=3.5 \begin{aligned} <A> &= 1 \cdot \dfrac{1}{6} + 2 \cdot \dfrac{1}{6} + 3 \cdot \dfrac{1}{6} + 4 \cdot \dfrac{1}{6} + 5 \cdot \dfrac{1}{6} + 6 \cdot \dfrac{1}{6} \\ &= \dfrac{21}{6} \\ &= 3.5 \end{aligned}

となります。

AA の取りうる値が連続的に分布していると考えられる場合には,上の公式を拡張した公式を用いて求める必要があります。具体的には,AA の値 aa が確率密度 ρ(a)\rho(a) で測定される場合には,AA の期待値は

<A>=daρ(a)a <A> = \int da \,\rho(a) a

のように求められます。

量子力学では,量 AA を位置や運動量などの物理量と考えて,期待値を求めることになります。

それでは,量子力学ではなぜ期待値を考えることになるのでしょうか。量子力学では物理量はある一定値を取るのではなく,確率により分布します。ゆえに,量子力学にとって物理量は,その期待値によって議論することが可能になります。実際には,実験などによって十分な回数の物理量の測定を行い,その平均として期待値を求めます。

ボルンの確率解釈についてもご覧ください。(ボルンの確率解釈(確率規則))

種々の例

量子力学で特に扱う機会の多い位置,運動量,エネルギーという物理量について,期待値の求め方を見ていきます。

以下では簡単のため1次元で考え,dx\int^{\infty}_{\infty} dxdx\int dx と略記します。また,以下の条件を考えます。

  1. 波動関数は規格化されているとします。

  2. 波動関数 ψ(x,t)\psi(x,t) は,十分遠方では 00 であると考えます。

  3. 全確率は保存されるものと考えます。

位置の期待値

位置 xx の期待値 <x><x> は,

<x>=dxρ(x,t)x=dxψ2x=dxψxψ(1) <x> = \int dx \rho(x,t) x = \int dx |\psi|^2 x = \int dx \psi^* x \psi \tag{1}

のように求められます。ここで,最後の式変形では ψ\psixx の順序を入れ替えていますが,これはこの後の期待値の表式と合わせるためです。

(注)一般に,波動関数と xx の関数とは積の順序を入れ替えてよいことが知られています。

補足1:演算子による表現

量子力学では,物理量それぞれに対応する演算子を考えることができます。

位置に対応する演算子 xundefined\widehat{x}xx であると考えて良いことが知られています(演算子に関しては別の記事で解説します)。これより

<x>=dxψxundefinedψ <x> = \int dx \psi^* \widehat{x} \psi

補足2:位置の一般の関数の場合

より一般に,位置 xx の関数 f(x)f(x) の期待値 は,

<f(x)>=dxψf(xundefined)ψ <f(x)> = \int dx \psi^{*} f(\widehat{x}) \psi

のように求められることが知られています。

運動量の期待値

運動量の期待値を,古典論の類推から求めてみましょう。

古典論では,

p=mv=mddtx p = mv = m \dfrac{d}{dt} x

という関係が成り立っています。これを期待値へ拡張してみると

<p>=mddt<xundefined> <p> = m \dfrac{d}{dt} <\widehat{x}>

が成り立つものと考えられます。(1)式を代入して

<p>=mddtdxψxψ=mdxddt(ψxψ)=mdx[(tψ)xψ+ψxtψ](2) \begin{aligned} <p> &= m \dfrac{d}{dt} \int dx \psi^* x \psi \\ &= m \int dx \dfrac{d}{dt} (\psi^* x \psi) \\ &= m \int dx \left[ \left( \dfrac{\partial}{\partial t} \psi^* \right) x \psi + \psi^* x \dfrac{\partial}{\partial t} \psi \right] \tag{2} \end{aligned}

先の章で話したように,量子力学では位置の値 xx は,tt に依存する力学変数ではなく,測定値となっています。したがって,xxtt に依存しないものとして計算してよいです。

ここで,全確率が保存する条件のもとで,シュレディンガー方程式およびその両辺の複素共役をとったものを考えると

itψ=(22m2x2+V)ψ(3) i \hbar \dfrac{\partial}{\partial t} \psi = (- \dfrac{\hbar^{2}}{2m} \dfrac{\partial^2}{\partial x^2} + V) \psi \tag{3}

itψ=(22m2x2+V)ψ(4) -i \hbar \dfrac{\partial}{\partial t} \psi^* = (- \dfrac{\hbar^{2}}{2m} \dfrac{\partial^2}{\partial x^2} + V) \psi^* \tag{4}

(3)・(4)式を(2)式に代入すると

<p>=mdx[(2mi2x2ψ)xψViψxψψx(2mi2x2ψ)+Viψxψ]=2idx[(2x2ψ)xψψx(2x2ψ)](5) \begin{aligned} <p> &= m \int dx \left[\left(\dfrac{\hbar}{2mi} \dfrac{\partial^2}{\partial x^2} \psi^* \right)x \psi - \dfrac{V}{i \hbar} \psi^* x \psi \\- \psi^* x \left(\dfrac{\hbar}{2mi} \dfrac{\partial^2}{\partial x^2} \psi \right) + \dfrac{V}{i \hbar} \psi^* x \psi \right] \\ &= \dfrac{\hbar}{2i} \int dx \left[\left( \dfrac{\partial^2}{\partial x^2} \psi^* \right)x \psi - \psi^* x \left( \dfrac{\partial^2}{\partial x^2} \psi \right) \right] \qquad (5) \end{aligned}

ここで,部分積分により

dx(2x2ψ)xψ=[(xψ)xψ]dxxψx(xψ)=dx(xψ)ψdxxψxxψ=dx(xψ)ψdxxψxxψ(6) \begin{aligned} \int dx \left( \dfrac{\partial^2}{\partial x^2} \psi^* \right)x \psi &= \left[\left(\dfrac{\partial}{\partial x} \psi^* \right)x \psi \right]^{\infty}_{- \infty} - \int dx \dfrac{\partial}{\partial x} \psi^* \cdot \dfrac{\partial}{\partial x} (x \psi)\\ &= - \int dx \left(\dfrac{\partial}{\partial x} \psi^* \right) \psi - \int dx \dfrac{\partial}{\partial x} \psi^* \cdot x \dfrac{\partial}{\partial x} \psi\\ &= - \int dx \left(\dfrac{\partial}{\partial x} \psi^* \right) \psi - \int dx \dfrac{\partial}{\partial x}\psi^* x \dfrac{\partial}{\partial x} \psi \quad (6) \end{aligned}

が得られます。また上式の第1項をマイナスを除いて部分積分すると

dx(xψ)ψ=[ψψ]dxψxψ=dxψxψ(7) \begin{aligned} \int dx \left(\dfrac{\partial}{\partial x} \psi^* \right) \psi &= [\psi^* \psi]^{\infty}_{-\infty} - \int dx \psi^* \dfrac{\partial}{\partial x}\psi \\ &= - \int dx \psi^* \dfrac{\partial}{\partial x}\psi \qquad (7) \end{aligned}

また上式の第2項をマイナスを除いて部分積分すると

dxxψxxψ =[ψxxψ]dxψx(xxψ )=dxψxψdxψx2x2ψ(8) \begin{aligned} \int dx \dfrac{\partial}{\partial x} \psi^* x \dfrac{\partial}{\partial x} \psi &= \left[\psi^* x \dfrac{\partial}{\partial x} \psi \right]^{\infty}_{-\infty} - \int dx \psi^* \dfrac{\partial}{\partial x} \left(x \dfrac{\partial}{\partial x} \psi \right) \\ &= - \int dx \psi^* \dfrac{\partial}{\partial x} \psi - \int dx \psi^* x \dfrac{\partial^2}{\partial x^2}\psi \qquad (8) \end{aligned}

(6)・(7)・(8)式より

dx(2x2ψ)xψ=dxψxψ+dxψxψ+dxψx2x2ψ=2dxψxψ+dxψx2x2ψ \begin{aligned} \int dx \left( \dfrac{\partial^2}{\partial x^2} \psi^* \right)x \psi &= \int dx \psi^* \dfrac{\partial}{\partial x}\psi + \int dx \psi^* \dfrac{\partial}{\partial x} \psi \\ & \quad +\int dx \psi^* x \dfrac{\partial^2}{\partial x^2}\psi \\ &= 2 \int dx \psi^* \dfrac{\partial}{\partial x}\psi +\int dx \psi^* x \dfrac{\partial^2}{\partial x^2}\psi \end{aligned}

dx[(2x2ψ)xψψx2x2ψ]=2dxψxψ(9) \begin{aligned} \therefore \int dx \left[\left( \dfrac{\partial^2}{\partial x^2} \psi^* \right)x \psi - \psi^* x \dfrac{\partial^2}{\partial x^2}\psi \right] = 2 \int dx \psi^* \dfrac{\partial}{\partial x}\psi \tag{9} \end{aligned}

(5)・(9)式より,運動量の期待値は

<p>=idxψxψ=dxψ(ix)ψ=dxψ(ix)ψ \begin{aligned} <p> &= \dfrac{\hbar}{i} \int dx \psi^* \dfrac{\partial}{\partial x}\psi \\ &= \int dx \psi^* \left(\dfrac{\hbar}{i} \dfrac{\partial}{\partial x} \right) \psi \\ &= \int dx \psi^* \left(- \hbar i \dfrac{\partial}{\partial x} \right) \psi \end{aligned}

のようにして求められることがわかりました。

補足:演算子を用いた表現

上式の ix- \hbar i \dfrac{\partial}{\partial x} は,運動量に対応する演算子 pundefined\widehat{p} として考えて良いことがわかっています。これを運動量演算子と呼びます。これにより

<p>=dxψpundefinedψ<p> = \int dx \psi^* \widehat{p} \psi

と表すことができます。

ここまでの計算について,以下の記事も参考にしてください。

シュレディンガー方程式の導出過程とその意味 -その3-

共役複素数の覚えておくべき性質

部分積分の公式と覚え方,例題

エネルギーの期待値

位置・エネルギーの議論より,物理量 AA の期待値は,それに対応する演算子 AA を用いて,

<E>=dxψEundefinedψ <E> = \int dx \psi^* \widehat{E} \psi

と求められると類推されます。エネルギーに対応する演算子を考えてみましょう。

エネルギー EE は,一般に,

E=p22m+V(x) E = \dfrac{p^2}{2m} + V(x)

と表現されます。これを位置・運動量演算子を用いて表現したものが,エネルギーの演算子であると考えましょう。つまり

Eundefined=pundefined22m+V(xundefined)=12m(ix)2+V(xundefined)=22m2x2+V(x) \begin{aligned} \widehat{E} &= \dfrac{\widehat{p}^2}{2m} + V(\widehat{x}) \\ &= \dfrac{1}{2m} \left(-\hbar i \dfrac{\partial}{\partial x} \right)^2 + V(\widehat{x}) \\ &= - \dfrac{\hbar^2}{2m} \dfrac{\partial^2}{\partial x^2} + V(x) \end{aligned}

これにより,エネルギーの固有値は

<E>=dxψ(22m2x2+V(x))ψ <E> = \int dx \psi^* \left(- \dfrac{\hbar^2}{2m} \dfrac{\partial^2}{\partial x^2} + V(x) \right) \psi

として求められます。

補足:演算子を用いた表現

エネルギーの演算子の表式は,ハミルトニアン演算子 Hundefined\widehat{H}の表式と一致しています。ゆえに,エネルギーの期待値は

<E>=dxψHundefinedψ <E> = \int dx \psi^* \widehat{H} \psi

と表現することもできます。

位置・運動量・エネルギーの期待値の性質

上で求めた3つの期待値は,実数となっていることが証明できます。実数であることの証明には,aa が実数であることと,a=aa = a^* が成り立つこととは必要十分であることを用います。(詳しくは複素数,虚数,純虚数,実数をご覧ください)

位置の期待値が実数となっていること

位置 xx は実数であるため,公式より

<x>=dxψxψ=dxψxψ=dxψxψ=<x> \begin{aligned} <x>^* &= \int dx \psi x^* \psi^* \\ &= \int dx \psi^* x^* \psi \\ &= \int dx \psi^* x \psi \\ &= <x> \end{aligned}

運動量の期待値が実数となっていること

公式より,部分積分を用いて

<p>=dxψ(ix)ψ=dxψ(ix)ψ=idxψxψ=i[ψψ]idx(xψ)ψ=idxψxψ=dxψ(ix)ψ=<p> \begin{aligned} <p>^* &= \int dx \psi \left(- \hbar i \dfrac{\partial}{\partial x} \right)^* \psi^* \\ &= \int dx \psi \left(\hbar i \dfrac{\partial}{\partial x} \right) \psi^* \\ &= \hbar i \int dx \psi \dfrac{\partial}{\partial x} \psi^* \\ &= \hbar i \left[\psi \psi^* \right]^{\infty}_{-\infty} - \hbar i \int dx \left(\dfrac{\partial}{\partial x} \psi \right) \psi^* \\ &= - \hbar i \int dx \psi^* \dfrac{\partial}{\partial x} \psi \\ &= \int dx \psi^* \left(- \hbar i \dfrac{\partial}{\partial x} \right) \psi \\ &= <p> \end{aligned}

エネルギーの期待値が実数となっていること

いま,全確率は保存されていることを考えているので,VV は実数であると考えてよい。

ゆえに,公式より

<E>=dxψ(22m2x2+V(x))ψ=22mdxψ2x2ψ+dxψV(x)ψ=22mdxψ2x2ψ+dxψV(x)ψ=22mdxψ2x2ψ+dxψV(x)ψ \begin{aligned} <E>^* &= \int dx \psi (-\dfrac{\hbar^2}{2m} \dfrac{\partial^2}{\partial x^2} + V^*(x)) \psi^* \\ &= - \dfrac{\hbar^2}{2m} \int dx \psi \dfrac{\partial^2}{\partial x^2} \psi^* + \int dx \psi V^*(x) \psi^* \\ &= - \dfrac{\hbar^2}{2m} \int dx \psi \dfrac{\partial^2}{\partial x^2} \psi^* + \int dx \psi^* V^*(x) \psi \\ &= - \dfrac{\hbar^2}{2m} \int dx \psi \dfrac{\partial^2}{\partial x^2} \psi^* + \int dx \psi^* V(x) \psi \end{aligned}

ここで,第1項の定数を除いた部分を部分積分すると

dxψ2x2ψ=[ψxψ]dx(xψ)(xψ)=[ψxψ]+dxψ2x2ψ=dxψ2x2ψ \begin{aligned} \int dx \psi \dfrac{\partial^2}{\partial x^2} \psi^* &= \left[\psi^* \dfrac{\partial}{\partial x} \psi \right]^{\infty}_{-\infty} - \int dx \left(\dfrac{\partial}{\partial x} \psi^* \right) \left(\dfrac{\partial}{\partial x} \psi \right) \\ &= -\left[\psi^* \dfrac{\partial}{\partial x} \psi \right]^{\infty}_{-\infty} + \int dx \psi^* \dfrac{\partial^2}{\partial x^2} \psi \\ &= \int dx \psi^* \dfrac{\partial^2}{\partial x^2} \psi \end{aligned}

したがって

<E>=dx(22mψ2x2ψ+ψV(x)ψ)=dxψ(22m2x2+V(x))ψ=<E> \begin{aligned} <E>^* &= \int dx \left(-\dfrac{\hbar^2}{2m} \psi^* \dfrac{\partial^2}{\partial x^2} \psi + \psi^* V(x) \psi \right) \\ &= \int dx \psi^* \left(-\dfrac{\hbar^2}{2m} \dfrac{\partial^2}{\partial x^2} + V(x) \right) \psi \\ &= <E> \end{aligned}

以上より,位置・運動量・エネルギーの期待値は,いずれも実数となることがわかります。

量子力学と古典力学と異なる点の一つが,この期待値という概念です。