量子力学で特に扱う機会の多い位置,運動量,エネルギーという物理量について,期待値の求め方を見ていきます。
以下では簡単のため1次元で考え,∫∞∞dx は ∫dx と略記します。また,以下の条件を考えます。
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波動関数は規格化されているとします。
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波動関数 ψ(x,t) は,十分遠方では 0 であると考えます。
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全確率は保存されるものと考えます。
位置の期待値
位置 x の期待値 <x> は,
<x>=∫dxρ(x,t)x=∫dx∣ψ∣2x=∫dxψ∗xψ(1)
のように求められます。ここで,最後の式変形では ψ と x の順序を入れ替えていますが,これはこの後の期待値の表式と合わせるためです。
(注)一般に,波動関数と x の関数とは積の順序を入れ替えてよいことが知られています。
補足1:演算子による表現
量子力学では,物理量それぞれに対応する演算子を考えることができます。
位置に対応する演算子 x は x であると考えて良いことが知られています(演算子に関しては別の記事で解説します)。これより
<x>=∫dxψ∗xψ
補足2:位置の一般の関数の場合
より一般に,位置 x の関数 f(x) の期待値 は,
<f(x)>=∫dxψ∗f(x)ψ
のように求められることが知られています。
運動量の期待値
運動量の期待値を,古典論の類推から求めてみましょう。
古典論では,
p=mv=mdtdx
という関係が成り立っています。これを期待値へ拡張してみると
<p>=mdtd<x>
が成り立つものと考えられます。(1)式を代入して
<p>=mdtd∫dxψ∗xψ=m∫dxdtd(ψ∗xψ)=m∫dx[(∂t∂ψ∗)xψ+ψ∗x∂t∂ψ](2)
先の章で話したように,量子力学では位置の値 x は,t に依存する力学変数ではなく,測定値となっています。したがって,x は t に依存しないものとして計算してよいです。
ここで,全確率が保存する条件のもとで,シュレディンガー方程式およびその両辺の複素共役をとったものを考えると
iℏ∂t∂ψ=(−2mℏ2∂x2∂2+V)ψ(3)
−iℏ∂t∂ψ∗=(−2mℏ2∂x2∂2+V)ψ∗(4)
(3)・(4)式を(2)式に代入すると
<p>=m∫dx[(2miℏ∂x2∂2ψ∗)xψ−iℏVψ∗xψ−ψ∗x(2miℏ∂x2∂2ψ)+iℏVψ∗xψ]=2iℏ∫dx[(∂x2∂2ψ∗)xψ−ψ∗x(∂x2∂2ψ)](5)
ここで,部分積分により
∫dx(∂x2∂2ψ∗)xψ=[(∂x∂ψ∗)xψ]−∞∞−∫dx∂x∂ψ∗⋅∂x∂(xψ)=−∫dx(∂x∂ψ∗)ψ−∫dx∂x∂ψ∗⋅x∂x∂ψ=−∫dx(∂x∂ψ∗)ψ−∫dx∂x∂ψ∗x∂x∂ψ(6)
が得られます。また上式の第1項をマイナスを除いて部分積分すると
∫dx(∂x∂ψ∗)ψ=[ψ∗ψ]−∞∞−∫dxψ∗∂x∂ψ=−∫dxψ∗∂x∂ψ(7)
また上式の第2項をマイナスを除いて部分積分すると
∫dx∂x∂ψ∗x∂x∂ψ =[ψ∗x∂x∂ψ]−∞∞−∫dxψ∗∂x∂(x∂x∂ψ )=−∫dxψ∗∂x∂ψ−∫dxψ∗x∂x2∂2ψ(8)
(6)・(7)・(8)式より
∫dx(∂x2∂2ψ∗)xψ=∫dxψ∗∂x∂ψ+∫dxψ∗∂x∂ψ+∫dxψ∗x∂x2∂2ψ=2∫dxψ∗∂x∂ψ+∫dxψ∗x∂x2∂2ψ
∴∫dx[(∂x2∂2ψ∗)xψ−ψ∗x∂x2∂2ψ]=2∫dxψ∗∂x∂ψ(9)
(5)・(9)式より,運動量の期待値は
<p>=iℏ∫dxψ∗∂x∂ψ=∫dxψ∗(iℏ∂x∂)ψ=∫dxψ∗(−ℏi∂x∂)ψ
のようにして求められることがわかりました。
補足:演算子を用いた表現
上式の −ℏi∂x∂ は,運動量に対応する演算子 p として考えて良いことがわかっています。これを運動量演算子と呼びます。これにより
<p>=∫dxψ∗pψ
と表すことができます。
ここまでの計算について,以下の記事も参考にしてください。
・シュレディンガー方程式の導出過程とその意味 -その3-
・共役複素数の覚えておくべき性質
・部分積分の公式と覚え方,例題
エネルギーの期待値
位置・エネルギーの議論より,物理量 A の期待値は,それに対応する演算子 A を用いて,
<E>=∫dxψ∗Eψ
と求められると類推されます。エネルギーに対応する演算子を考えてみましょう。
エネルギー E は,一般に,
E=2mp2+V(x)
と表現されます。これを位置・運動量演算子を用いて表現したものが,エネルギーの演算子であると考えましょう。つまり
E=2mp2+V(x)=2m1(−ℏi∂x∂)2+V(x)=−2mℏ2∂x2∂2+V(x)
これにより,エネルギーの固有値は
<E>=∫dxψ∗(−2mℏ2∂x2∂2+V(x))ψ
として求められます。
補足:演算子を用いた表現
エネルギーの演算子の表式は,ハミルトニアン演算子 Hの表式と一致しています。ゆえに,エネルギーの期待値は
<E>=∫dxψ∗Hψ
と表現することもできます。
位置・運動量・エネルギーの期待値の性質
上で求めた3つの期待値は,実数となっていることが証明できます。実数であることの証明には,a が実数であることと,a=a∗ が成り立つこととは必要十分であることを用います。(詳しくは複素数,虚数,純虚数,実数をご覧ください)
位置の期待値が実数となっていること
位置 x は実数であるため,公式より
<x>∗=∫dxψx∗ψ∗=∫dxψ∗x∗ψ=∫dxψ∗xψ=<x>
運動量の期待値が実数となっていること
公式より,部分積分を用いて
<p>∗=∫dxψ(−ℏi∂x∂)∗ψ∗=∫dxψ(ℏi∂x∂)ψ∗=ℏi∫dxψ∂x∂ψ∗=ℏi[ψψ∗]−∞∞−ℏi∫dx(∂x∂ψ)ψ∗=−ℏi∫dxψ∗∂x∂ψ=∫dxψ∗(−ℏi∂x∂)ψ=<p>
エネルギーの期待値が実数となっていること
いま,全確率は保存されていることを考えているので,V は実数であると考えてよい。
ゆえに,公式より
<E>∗=∫dxψ(−2mℏ2∂x2∂2+V∗(x))ψ∗=−2mℏ2∫dxψ∂x2∂2ψ∗+∫dxψV∗(x)ψ∗=−2mℏ2∫dxψ∂x2∂2ψ∗+∫dxψ∗V∗(x)ψ=−2mℏ2∫dxψ∂x2∂2ψ∗+∫dxψ∗V(x)ψ
ここで,第1項の定数を除いた部分を部分積分すると
∫dxψ∂x2∂2ψ∗=[ψ∗∂x∂ψ]−∞∞−∫dx(∂x∂ψ∗)(∂x∂ψ)=−[ψ∗∂x∂ψ]−∞∞+∫dxψ∗∂x2∂2ψ=∫dxψ∗∂x2∂2ψ
したがって
<E>∗=∫dx(−2mℏ2ψ∗∂x2∂2ψ+ψ∗V(x)ψ)=∫dxψ∗(−2mℏ2∂x2∂2+V(x))ψ=<E>
以上より,位置・運動量・エネルギーの期待値は,いずれも実数となることがわかります。
量子力学と古典力学と異なる点の一つが,この期待値という概念です。