慣性の法則〜ニュートンの第1法則〜
物体に力が働いていない,もしくは,合力が であるとき,物体が止まっていれば止まったまま,物体が動いていれば動き続ける,という性質のことを慣性と言います。これが慣性系と呼ばれる座標系においては任意の物体が持つ性質となります。このことを慣性の法則と言います。この法則はニュートンの基本法則の第1法則として数えられる重要な法則です。慣性の法則について詳しく説明します。
また,慣性の法則の必要性,さらに慣性力が導入された理由についても例を交えて解説します。
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慣性の法則とは
慣性の法則とは
慣性の法則は,厳密に表現すると次のようになります。
「任意の物体に対し,物体が力の作用を受けていない場合,静止している物体は静止し続け,運動している物体は等速度運動を持続する」という条件を満たすような座標系(これを慣性系と呼ぶ)が存在する。
ちなみに,慣性の法則に従う運動のことを,慣性運動と呼ぶことがあるようです。この言葉はあまり使う機会はないと思います。
なぜわざわざ慣性の法則は必要か
なぜわざわざ慣性の法則は必要か
運動方程式において のとき,物体は等速度運動をします(運動方程式〜ニュートンの第2法則〜)。ということは慣性が全ての物体に成立することは当たり前じゃないか,と思うかもしれません。
ただし,慣性系が存在すると仮定されていることこそが重要なのです。なぜなら,運動方程式は慣性系においてのみ成立する式であるからです。よくある勘違いとして,運動方程式はどのような座標系をとっても,つまりどんな観測者にとっても成立する式であると考える人がいますが,これは大きな間違いです。
例を挙げてみましょう。電車に乗っているときのことを考えてください。その中でボールが静止して置いてあったとします。電車が動き出しました。このとき,ボールが動き出すことを,みなさんは経験的に知っているはずです。
ボールに力は働いていますか?重力や垂直抗力は働いているでしょうが,少なくとも転がる方向には力は働いていなかったはずです。まさにこれは,運動方程式が成立しない例と言えるでしょう。
つまり,運動方程式は,慣性系という特別な座標系にいる観測者のみが使うことのできる特別な式なのです。もし,慣性の法則がなかったとすれば,世界には慣性系が存在するかどうかわかりません。つまり,運動方程式がただの机上の空論になってしまう可能性があるということです。
そんなことはない,世界には慣性系というものが必ず存在している!ということを保証してくれるのがこの慣性の法則です。運動方程式があれば慣性の法則が成立するのは当たり前だ,とよく勘違いされますが,それは思考が逆順になっています。慣性系の存在が保証されているから,運動方程式を考えることができるのです。
慣性力という見かけの力
慣性力という見かけの力
運動方程式は,残念ながら慣性系でない座標系では成立しないことを解説しました。でも,運動方程式はとても簡潔で美しい式であり,なんとか成立しているように「みなす」ことはできないか,先人たちは考えました。苦労の末,「慣性力」という見かけの力を考えればうまく説明できる!ということを見出しました。
世界のどこかにあるはずの慣性系 ( 系)に対し,並進運動する ( 系) を考えます。 はそれぞれの座標系における原点を表します。これらの座標系から質量 の物体を観測します。 系, 系から見た物体は,位置ベクトル の地点にあり,この物体の加速度は, 系, 系から見るとそれぞれ であるとします。 とすると, が成立します。この両辺を二階微分すれば, となります。ここで,ニュートンの第2法則より, 系では運動方程式が成立しますので,物体に働く力を とすると また, より,これらを代入して整理すると 運動方程式にとても近い式にはなりましたが, という余分な項がついています。このままでは運動方程式が成立しません。では逆に,慣性系では存在しなかった という項を見かけの力として力の一種に組み込んでしまってはどうでしょうか?慣性系でない系では,慣性系からみた相対加速度の逆ベクトルに質量をかけたものが力として加算されるという決まりを作ってしまおう,ということです。
このような取り決めをすると,めでたく慣性系でない座標系でも運動方程式が成立します。見かけの力というのはこのようにして導入されたのです。
高校物理では,観測系は暗黙に慣性系に仮定されることが多いです。