【解答・解説】東大物理2025 第3問 -熱力学-

本記事中の図は全て,2025年度東京大学入試問題物理第3問を参考に,ライターが作成したものです。

問題

運動する台車とピストンつき容器の中の単原子分子理想気体に関する以下の設問に答えよ。ただし,断熱変化において気体の圧力 pp と体積 VV についてポアソンの法則「pV5/3=p V^{5/3} = 一定」が成り立つことを用いてよい。気体定数を RR とする。台車と床の摩擦,およびピストンの質量は無視できる。ピストンつき容器の外側は真空である。台車の速度は右向きを正とする。

I 図3-1のように,なめらかに動くピストンつきの断熱容器が水平な床に固定されており,この容器に1モルの単原子分子理想気体が封入されている。

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はじめ,容器内の気体の体積は V0V_0,温度は T0T_0 であり,ピストンはストッパーの位置で静止している。このピストンに向かって質量 mm の台車を速度 v0v_0 で運動させる。

この台車がピストンに接した時刻を t0t_0 とする。時刻 t0t_0 の後,台車はピストンを押し込み,気体の体積が V1V_1,温度が T1T_1 となったところで速度が0となった。この時刻を t1t_1 とする。その後,台車はピストンに押し返されて,気体の体積が V0V_0 に戻った時刻 t2t_2 でピストンから離れた。

(1)時刻 t0t_0 における台車の運動エネルギー K0K_0 と容器内の気体の内部エネルギー U0U_0m,v0,T0,V0,Rm, v_0, T_0, V_0, R のうち必要なものを用いてそれぞれ表せ。

(2)T1T_1T0T_0 の比 T1T0\dfrac{T_1}{T_0}K0K_0U0U_0 のみを用いて表せ。

(3)V1V_1V0V_0 の比 V1V0\dfrac{V_1}{V_0}K0K_0U0U_0 のみを用いて表せ。

(4)時刻 tt と台車の速度 vv との関係を表すグラフとして最も適切なものを図3-2の①~⑨の中から選び,その理由も述べよ。

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II 図3-3のように,なめらかに動くピストンつきの断熱容器が水平な床に固定されている。

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容器の中央を固定壁で仕切り,左右の領域にそれぞれ1モルの単原子分子理想気体を封入した。はじめ,左右の領域内の気体はどちらも体積が V0V_0,温度が T0T_0 であり,ピストンはストッパーの位置で静止している。設問Iと同様に,このピストンに向かって質量 mm の台車を速度 v0v_0 で運動させる。

台車が時刻 t0t_0 でピストンに接したのち,速度が0となった時刻を t1t_1 とする。このとき左の領域の気体の温度は T1T_1 になった。この時刻 t1t_1 で台車の位置を固定し,そのまま充分長い時間待ったところ,固定壁を通じた熱の移動により左右の領域の気体の温度はどちらも T3T_3 になった。こののち,時刻 t3t_3 で台車の固定を解除したところ,台車はピストンに押されて左向きに動き始め,左側の領域の気体の体積が V0V_0 に戻った時刻 t4t_4 でピストンから離れた。このときの台車の速度を v4v_4 とする。

ピストンが動いていた時間 t1t0t_1 - t_0t4t3t_4 - t_3 は充分短く,この間の固定壁を通じての熱の移動は無視できる。

(1)台車がピストンから離れた時刻 t4t_4 における左右の領域の気体の温度はそれぞれ T4,T3T_4, T_3 であった。t4t_4 以降の時刻における台車の運動エネルギー K4K_4R,T3,T4R, T_3, T_4 のうち必要なものを用いてそれぞれ表せ。

(2)気体の温度 T0,T1,T3,T4T_0, T_1, T_3, T_4 の間に成り立つ大小関係を

TATBTCTD T_A \square T_B \square T_C \square T_D

の形で描け。ただし,A,B,C,D にはそれぞれどの温度かを指定する数字(0, 1, 3, 4) のいずれかがひとつずつ入り,各 \square には ==(等号)または <<(不等号)が入る。

(3)v4v_4v0v_0 の大きさの比を e=v4v0e = \left| \dfrac{v_4}{v_0} \right| とする。時刻 t0t_0 における台車の運動エネルギー K0K_0 と左側の領域の気体の内部エネルギー U0U_0 のみを用いて ee を表せ。

立式自体の難易度はそこまで高くはないですが,計算を最後まで正しく遂行できるかが問われています。

解答例

I

「台車と床との摩擦~は無視できる」ことと「なめらかに動くピストンつきの断熱容器」を用いていることから,系全体でエネルギー保存則が成り立つことと,断熱容器内の気体は断熱変化に従うことに注意します。

(1)

時刻 t0t_0 では台車の速度は v0v_0 であることから

K0=12mv02 K_0 = \dfrac{1}{2} m v_0^2

また,単原子分子理想気体の内部エネルギーの公式より

U0=32RT0 U_0 = \dfrac{3}{2} R T_0

(2)

時刻 t=t0t = t_0t=t1t = t_1 との間でエネルギー保存則が成り立つことより

32RT1=K0+U0 \dfrac{3}{2} RT_1 = K_0 + U_0

両辺を U0=32RT0U_0 = \dfrac{3}{2} R T_0 で割ることで

T1T0=K0U0+1 \dfrac{T_1}{T_0} = \dfrac{K_0}{U_0} + 1

と表される。

(3)

断熱変化においては,一般に,ポアソンの法則 pV5/3=一定p V^{5/3} = \text{一定} および理想気体の状態方程式 pV=nRTp V = n R T により,TV2/3=一定T V^{2/3} = \text{一定} が成り立つことを用います。

時刻 t=t0t = t_0t=t1t = t_1 との間で気体が断熱変化を起こすことにより

T0V023=T1V123 T_0 V_0^{\dfrac{2}{3}} = T_1 V_1^{\dfrac{2}{3}}

(V1V0)23=T0T1=(K0U0+1)1 \therefore \left( \dfrac{V_1}{V_0} \right)^{\dfrac{2}{3}} = \dfrac{T_0}{T_1} = \left( \dfrac{K_0}{U_0} + 1 \right)^{-1}

V1V0=(K0U0+1)32(<1) \therefore \dfrac{V_1}{V_0} = \left( \dfrac{K_0}{U_0} + 1 \right)^{-\dfrac{3}{2}} (< 1)

(4)まず,時刻 t=t0t = t_0 から t=t2t = t_2 まででエネルギー保存則が成り立っていることより,t=t2t = t_2 での台車の速度は,運動の向きを考慮して,v=v0v = - v_0 と求められます。よって,答えのグラフは①,②,③のいずれかに決まります。

速度がどのように変化するかを考えましょう。時刻 t=t0t = t_0 から t=t1t = t_1 までは,時間変化に伴い,気体の体積 VV は減少していきます。気体は断熱変化に従うので,ポアソンの法則 pV5/3=一定p V^{5/3} = \text{一定} により,気体の圧力 pp,すなわち台車に加わる力は大きくなっていきます。また,時刻 t=t1t = t_1 では気体の体積は最小となり,気体の圧力 pp は最大となります。台車の運動方程式を考えると,このときに台車の加速度の絶対値が最も大きくなることになります。

そこで,グラフに着目すると,t0tt1t_0 \leq t \leq t_1 において時刻 t=t1t = t_1 で台車の速度の変化率が最も大きくなるグラフは③のみです。したがって,最も適切なグラフは③であるとわかります。

II

(1)「R,T3,T4R, T_3, T_4 のうち必要なものを用いて表せ」と記載があることに注意してください。指定された以外の文字は解答に含まれてはいけません。

時刻 t=t3t = t_3 から t=t4t = t_4 では固定壁を通じた気体間の熱の移動は無視できるため,台車と左側の気体の系でエネルギー保存則を考えることができます。したがって

K4+32RT4=0+32RT3 K_4 + \dfrac{3}{2} R T_4 = 0 + \dfrac{3}{2} R T_3

K4=32R(T3T4) \therefore K_4 = \dfrac{3}{2} R (T_3 - T_4)

と求められます。

(2)エネルギー保存則およびポアソンの法則を用いながら,各温度間の関係を比べてみましょう。

まず T0T_0T1T_1 との関係について調べます。

時刻 t=t0t = t_0t=t1t = t_1 で気体が断熱変化することにより

T1V12/3=T0V02/3 T_1 V_1^{2/3} = T_0 V_0^{2/3}

T1=(V0V1)23T0(2-1) \therefore T_1 = \left( \dfrac{V_0}{V_1} \right)^{\frac{2}{3}} T_0 \tag{2-1}

台車の運動の方向より,V0V1>1\dfrac{V_0}{V_1} > 1 なので,(V0V1)23>1\left( \dfrac{V_0}{V_1} \right)^{\frac{2}{3}} >1 であり,

T0<T1 T_0 < T_1

であることがわかります。

次に T3T_3 について考えます。t1tt3t_1 \leq t \leq t_3 では固定壁を通じて気体間で熱の移動があるため,断熱変化の公式を用いることはできません。

時刻 t=t1t = t_1t=t3t = t_3 で,全系でエネルギー保存則を考えて

0+32RT3+32RT3=0+32RT1+32RT0 0 + \dfrac{3}{2} R T_3 + \dfrac{3}{2} R T_3 = 0 + \dfrac{3}{2} R T_1 + \dfrac{3}{2} R T_0

T3=T0+T12(2-2) \therefore T_3 = \dfrac{T_0 + T_1}{2} \tag{2-2}

いま T0<T1T_0 < T_1 であることがわかっていたので

T0<T3<T1 T_0 < T_3 < T_1

だとわかります。

最後に T4T_4 について考えます。t3tt4t_3 \leq t \leq t_4 では固定壁を通じた熱の移動がないため,気体は断熱変化をしたと考えることができます。したがって,左側の気体についてポアソンの公式より

T4V02/3=T3V12/3 T_4 V_0^{2/3} = T_3 V_1^{2/3}

T4=(V1V0)23T3 \therefore T_4 = \left( \dfrac{V_1}{V_0} \right)^{\frac{2}{3}} T_3

ここで,(2-1)式より

(V1V0)23=T0T1 \left( \dfrac{V_1}{V_0} \right)^{\frac{2}{3}} = \dfrac{T_0}{T_1}

したがって

T4=T3T1T0<T0(T3<T1)(2-3) T_4 = \dfrac{T_3}{T_1} T_0 < T_0 \, (\because T_3 < T_1) \tag{2-3}

全てまとめて

T4<T0<T3<T1 T_4 < T_0 < T_3 < T_1

のようになります。>> は解答に使うことができないので注意してください。

(3)

K0=12mv02,U0=32RT0,K4=12mv42 K_0 = \dfrac{1}{2} m v_0^2, U_0 = \dfrac{3}{2} R T_0, K_4 = \dfrac{1}{2} m v_4^2

と表されます。したがって

e2=v4v02=K4K0 e^2 = \left| \dfrac{v_4}{v_0} \right|^2 = \dfrac{K_4}{K_0}

と表されることに注意します。

II(1)の解答より

K4=32R(T3T4) K_4 = \dfrac{3}{2} R (T_3 - T_4)

両辺を K0=12mv02K_0 = \dfrac{1}{2} m v_0^2 で割って

K4K0=e2=32R(T4T3)K0 \dfrac{K_4}{K_0} = e^2 = \dfrac{\dfrac{3}{2} R (T_4 - T_3)}{K_0}

右辺について,分子・分母それぞれを U0=32RT0U_0 = \dfrac{3}{2} R T_0 で割ることにすると

e2=T3T0T4T0K0U0=U0K0(T3T0T4T0) e^2 = \dfrac{\dfrac{T_3}{T_0} - \dfrac{T_4}{T_0}}{\dfrac{K_0}{U_0}} = \dfrac{U_0}{K_0} \left( \dfrac{T_3}{T_0} - \dfrac{T_4}{T_0} \right)

(2-1)式から(2-3)式の結果を使って,温度の比は V0/V1V_0/V_1 を用いて表すことができます。簡単のため

(V0V1)23=α>1 \left( \dfrac{V_0}{V_1} \right)^{\frac{2}{3}} = \alpha > 1

とおきます。

まず(2-1)式より

T1=αT0 T_1 = \alpha T_0

次に(2-2)式より

T3=T0+T12=1+α2T0 \therefore T_3 = \dfrac{T_0 + T_1}{2} = \dfrac{1 + \alpha}{2} T_0

最後に(2-3)式より

T4=T3T1T0=1α1+α2T0=12(1+1α)T0 T_4 = \dfrac{T_3}{T_1} T_0 = \dfrac{1}{\alpha} \dfrac{1 + \alpha}{2} T_0 = \dfrac{1}{2} \left( 1 + \dfrac{1}{\alpha} \right) T_0

これらより

e2=U0K0(T3T0T4T0)=U02K0(α1α) e^2 = \dfrac{U_0}{K_0} \left( \dfrac{T_3}{T_0} - \dfrac{T_4}{T_0} \right) = \dfrac{U_0}{2 K_0} \left( \alpha - \dfrac{1}{\alpha} \right)

α\alphaK0K_0U0U_0 を用いて表すことはできるでしょうか?ここで,まだ使っていない条件として,時刻 t=T0t = T_0t=t1t = t_1 でエネルギー保存則が成り立つことを使います。

K0+U0=0+32RT1 K_0 + U_0 = 0 + \dfrac{3}{2} R T_1

辺々 U0=32RT0U_0 = \dfrac{3}{2} R T_0 で割って

K0U0+1=T1T0=α \dfrac{K_0}{U_0} + 1 = \dfrac{T_1}{T_0} = \alpha

これより

α1α=α21α=(K0U0)2+2K0U0K0U0+1 \begin{aligned} \alpha - \dfrac{1}{\alpha} &= \dfrac{\alpha^2 - 1}{\alpha} \\ &= \dfrac{(\dfrac{K_0}{U_0})^2 + 2 \dfrac{K_0}{U_0}}{\dfrac{K_0}{U_0} + 1} \end{aligned}

これより

e2=U02K0(K0U0)2+2K0U0K0U0+1=12K0U0+2K0U0+1=12K0+2U0K0+U0 \begin{aligned} e^2 &= \dfrac{U_0}{2 K_0} \dfrac{(\dfrac{K_0}{U_0})^2 + 2 \dfrac{K_0}{U_0}}{\dfrac{K_0}{U_0} + 1} \\ &= \dfrac{1}{2} \dfrac{\dfrac{K_0}{U_0} + 2}{\dfrac{K_0}{U_0} + 1} \\ &= \dfrac{1}{2} \dfrac{K_0 + 2 U_0}{K_0 + U_0} \end{aligned}

ee は正なので

e=12K0+2U0K0+U0 e = \sqrt{\dfrac{1}{2} \dfrac{K_0 + 2 U_0}{K_0 + U_0}}

となります。

エネルギー保存則とポアソンの公式をうまく用いる問題です。