「十分近くで〜が成り立つ」のような主張は “存在性” に関する主張です。存在性だけ主張して,「どれくらい近くなければならないか」という具体的情報については何も述べません。
厳密に定義するなら,「x=a の十分近くで f(x)≦g(x) が成り立つ」とは次のことを意味します:
「定数 δ>0 が存在し,区間 (a−δ,a+δ) 上の任意の点 x において f(x)≦g(x) が成り立つ」
f(x)≦g(x) を成立させるために δ が具体的にどれくらい小さくあるべきかは分かりません。が,ともかくも,ある正の幅をもつ区間 (a−δ,a+δ) 上では必ず f(x)≦g(x) が成り立つことを主張します。
同様に「十分大きな x に対して f(x)≦g(x) が成り立つ」も,ある定数の存在について主張します:
「定数 α が存在し,区間 (α,∞) 上の任意の点 x において f(x)≦g(x) が成り立つ」
こちらも α がどれくらい大きくあるべきかは分かりませんが,ある半直線 (α,∞) 上では必ず f(x)≦g(x) が成り立つことを主張します。
極限の議論などをするときは,δ や α の具体値はどうでもよく,ただそれの存在することだけが大事な場合がよくあります。「十分近くで」や「十分大きな」といえば,δ や α のような変数を一々もち出さずに済むので,簡便です。余計な具体性を排して議論するための便利な言い回しといえます。