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歴史の質問です!

太平洋戦争までの流れとその背景を教えて欲しいです!!

ベストアンサー

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【太平洋戦争までの流れ】


戦前の日本において中国大陸の利権は「明治以来、先人が多大な犠牲と莫大な費用をかけて積み重ねてきたものであり、絶対に手放してはならない」という強い意識がありました。


誤解を恐れずに言えば戦後の日本における「憲法9条は太平洋戦争の多大な犠牲の上で得たものであり絶対に変えてはならない」という意識に近いものだったのです。


このため戦前の日本では米英との関係を重視する国際協調路線もありましたが、結局のところ「満州事変の大成功」がその路線を放棄させ、国際的な孤立を覚悟してでも中国における武力行使を肯定するようになってしまいます。


そしてその「満州事変の大成功」が日中戦争においても戦争拡大路線へとつながり、戦争を泥沼化させてしまいます。


この結果、中国市場を巡って日本と米英の対立は深刻化し、米国の行った経済制裁によって日本は経済が成り立たなくなった結果、インドネシアの油田など東南アジアの資源確保を目指すようになり、そのために日本にとって脅威となる真珠湾の米艦隊を撃破するため機動部隊による真珠湾攻撃へと繋がるのです。


ちなみに昭和期に軍部の発言力が増大すると共に、軍部の望む国家総力戦体制構築のため軍部は経済の統制を強め、この結果として財閥の経済既得権益と衝突するようになったため、軍部と財閥は対立関係となります。


実際、満州国では三井、三菱など既存の財閥は締め出されるなど、軍部はあからさまな財閥の影響力排除に動いており、また国民世論も「財閥の既得権を否定し、その利益を国民に還元するもの」として軍部を支持し、それが軍部暴走を後押しする一因となっています。

質問者からのお礼コメント

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とてもよく理解できました!ありがとうございます!

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太平洋戦争までの流れとその背景について説明します。

1931年に起きた「満州事変」を皮切りに、日本はアジア進出を進めます。1937年には「盧溝橋事件」が発生し、これによって日中戦争が勃発しました。その後、1941年に日本は日米交渉が決裂し、真珠湾攻撃を実行し、太平洋戦争が開戦しました。

このように、太平洋戦争に至るまでの背景には、日本のアジア進出政策やその後の日中戦争の悪化、日米交渉の決裂といった要因があります。また、第一次世界大戦後の不況、日本の軍国主義的志向といった内的要因も太平洋戦争の勃発に大きく関わっています。

なお、太平洋戦争は世界的な大戦であり、多くの国々が関与しています。日本とアジアの周辺国々とのみの問題ではありませんでした。

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